交渉決裂!?
自慢話を話すことに満足した奴は、一息ついて椅子に座る。私の後ろには、いつの間にかサラさんがいる。私はもう、笑顔を作るのも限界に近づいていた。胸が悪くなるような話を延々と聞かされて、奴を持ち上げる言葉もいよいよ見つからなくなっていたところだった。まさか、若い頃の武勇伝をずっと語り続けるおじいちゃんおばあちゃんよりもイライラするとは思っていなかったんだもの!
≪……藤くん、そろそろ気が済んだ?≫
≪まあね≫
≪お姉さん、さっきから思っていたんだけど、もうそういうことするの、辞めよう? 藤くんをイジメた人たちは、みんな不幸になってるんでしょ? どうして、君と無関係な人にこんなことをするのかなって……≫
≪さっき言っただろ? 僕はイジメをなくす為にここにいるって。いじめっ子を地獄に叩き落すのが僕の仕事なんだ。今の僕は無敵だ。誰も邪魔できない! このチャンスを無駄にしちゃいけないんだ!≫
あー、完全に自分に酔ってる。私は呆れて笑うしかなかった。同時に焦りも出てくる。こういうタイプは、見境なくやる。現に奴のイジメに全く関係ない生徒たちを巻き込んでいるんだから。エスカレートすると、何の罪もない赤羽くんたちまで巻き込みかねない。それだけは絶対に避けたかった。と、サラさんが私を除けて、奴と向かい合う。
≪貴方がこの学校に迷惑をかけていたんですね。呆れる≫
≪あんた誰?≫
あ、ヤバい。この子、今風に言うと、イキり散らしてる。サラさんが誰なのかも分からないのにこの態度。まあ、私もよく分かっていないのに接しているんだけど。でも彼女は、普通なら立腹するような場面でも、表情一つ変えずに対応した。
≪私は藤池 サラ。貴方みたいな人を監視する為にここにいる≫
監視? 確かに異変にいち早く気付いたのはサラさんと水月さんだ。私はサラさんの真意が分からず、ただ聞いていることしか出来なかった。
≪監視? こんな良いことしている僕を?≫
≪いじめっ子を懲らしめると言ったら聞こえが良いかもしれません。ですが、貴方のやっていることは明らかに度を越している≫
≪ちょっと、サラさん……≫
≪貴女は黙ってて。これ以上、人の命を脅かすようなことをしてみなさい。貴方、本当にろくでもない現世の消え方をしますよ……?≫
現世から、消える? 確か、いつもいる墓地のおばあちゃん方から聞いたことがある。「私たち幽霊は、現世での未練が無くなったら、逝くべき場所へ逝けるのだ」と。私は、私を殺した犯人を見つけて、然るべき罰を受けさせなきゃならないから、まだここに留まっているけど。
そんなことより、サラさん何やってるの! せっかく私が軌道に乗せていたところだったのに、全部ぶち壊しにしようとしている! 私の制止も空しく、どんどん正論で攻めていく。いつの時代も、正論っていうのは相手を怒らせる。奴の顔がどんどん真っ赤になっていくのが分かった。
≪いきなり出てきてなんだよ。僕はいじめっ子の撲滅を止める気はないよ≫
≪私は貴方の為を思って言っているんです。このまま人殺しを続けると、全部貴方に返ってきますよ! 私が言っているんだから確実です!≫
暫く横で聞いていたけど、駄目だ。お互い一方通行だ。どうして子どもの喧嘩ってこんなイライラしてくるんだろう。よし、かくなる上は……。
≪はいはい二人ともストップ! どっちの言い分も分かったから、これ以上私を怒らせないで! サラさん、今日はもう帰りましょう! 埒が明かない≫
≪……はい≫
サラさんは悔しそうに顔を歪ませて、教室から出て行った。奴は完全に不貞腐れている。この調子だと、否定的な意見は一切耳に入っていないんだろうな。それでも、私は辛うじて理性を保って、もう一度奴を見つめる。
≪君も、もう辞めよう。こんなこと無意味だよ。今は楽しいかもしれないけど、こんなことしたって何も変わらないんだよ。私も似たようなことされたから分かる。これ以上、他の生徒に危害を加えたら許さないんだから≫
≪……≫
≪分かった。もう行くね。今回はこれくらいで勘弁してあげるけど、次も今日みたいなことが耳に入ったら、説教だけじゃ済まないと思っていいから≫
軽く脅して、教室を後にする。校門まで出ると、二人が待っていてくれていた。サラさんは申し訳なさそうな顔をしていて、今回の事の重大さを再認識しているようだった。
≪サラさん、そんな顔しないで下さい。私だって、サラさんの気持ちは痛いほど分かりますよ? 水月さんも心配していますよ?≫
≪少々、いえかなり、頭に血が上ってしまいました。今になって、どうして貴女があの男の子を褒めちぎっていたのか分かったような気がします≫
≪こういうのは、勉強だけじゃ身につかないものですよ。今までは正論でねじ伏せてきたんでしょうけど、今回ばかりは、イレギュラーです≫
正直、私もサラさんのように正論でまくし立てて、立場を優位に持っていきたかった。でも、奴のブクブクに膨れた自尊心は風船より脆い。爆発したら、何をされるか分からない。大人の対応で様子を見るしかなかったのだ。
≪緑さん、今日は本当に申し訳ありませんでした。次からは気を付けます≫
≪うん。その気持ちです。ところで、監視してるって、どういうことですか?≫
≪……その話は、水月の件も含めて、ゆっくりできる時に話しましょう。今日はもう遅いので≫
≪それもそうですね。それじゃあ、おやすみなさい。今日はありがとうございました≫
二人がふっと姿を消す。それにしても、やっぱり年齢相応なんだな。いくら大人ぶっても、肝心な所でぼろが出る。私が大人っていうことは決してないけど、今回は少し気分が良い。このことは、事件のことも含めて真白ちゃんに伝えなきゃ。身体は疲れていたけど、吸い込まれていくように真白ちゃんの家へと向かっていくような気がしていた。




