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廃校舎で

 家に帰っても、僕の頭の中は真心のことが忘れられないでいた。でも今はテストにも集中しなきゃいけない。明日の教科は国語、体育、そして数学。この日さえ乗り越えられれば、あとはだいぶ楽になる。今日は全力で復習して、早く寝なきゃ。

 でも、やっぱり身体が疲れている。復習していても、頭に入ってくる気がしない。真心は僕に気を遣ってくれているのか、チャットを飛ばしてこない。でも、分かっているのに、気になってスマホに手を伸ばしてしまう。ああ駄目だ。集中できない! よりによってなんで、今日なんかに会いに来たんだろう。テスト期間中ってことが分かっているなら、せめて日にちをずらすとかして欲しかった。それとも、今日どうしても会いたい理由があったのかな……。おっと、これ以上考えたらドツボにはまる。今は目の前のことに集中しなきゃ!


 勉強を再開して1時間ちょっとで、姉さんが帰ってきた。

「お帰りなさい」

「ただいま。テストどうだった?」

「うーん、普通」

「それ前も言ってたけど、結構散々じゃなかった?」

「今回こそ本当に普通なんだって!」

「そこ、誇る所? まあいいや。夕飯の準備するから。今日お父さん遅いって言ってたし」

「分かった」

 姉さんが珍しく、僕のテストのことを気にかけてくれていた。姉さん、本当は自分のテストとか受験のこととか、色々抱え込んでいるのに、今は僕に気を遣ってくれている。いつか倒れるんじゃないかって不安になることもある。

「どうしたの? 私のことじっと見て」

「え? あ、ああ。姉さん、疲れてるのかなって……」

「珍しい。心配してくれるんだ。そうだな、疲れてないって言えば嘘になるね。めちゃくちゃ疲れてる」

「そ、そっか……」

「でもさ、母さんが近くにいると思うと、そんな弱音、吐いてられないって思って。義人は、私の勉強の邪魔さえしなければそれでオッケー。あとは私と父さんがなんとかするから」

 姉さんは、こんな状況でも笑っていた。口から思わず「ありがとう」が出てきた。

「どうしたのさっきから。義人らしくない」

「テスト期間で疲れてるだけ。じゃあ、夕飯できたら呼んで」

「了解」

 部屋に戻ると、クラスのグループチャットに新着が入っている。青野の話題だった。正体が分からないものなのに、テストそっちのけで話している。それに既読をつけると、もう一度、僕は机に向かった。姉さんや父さん、そして母さんの頑張りを無駄にしてはいけない。母さんと僕が話してから、大げさかもしれないけど、家族全員が少しずつ変わっていくような感じがしていった。


※※※※※


 墓地は今日も退屈だ。よっぽどのことが無い限り、ここから出るなと先輩方には言われているけど、1か月ぶりの真白ちゃんとの再会が、どうしても頭から離れない。どうして幽霊も、人間と同じように『自宅待機』しなければならないのか。私にとっての『自粛期間』は、現世からいなくなってから、無くなった筈なのに。刺激が無いというのは、おばあちゃん連中は安心出来るのかもしれないけど、私ら永遠の若者にとってはこの上ない苦痛なんだ。

 私は墓地をこっそり抜け出して、薄暗くなった街へと溶けていく。今日は中学生の姿が少ない。真白ちゃんもテスト勉強してるって言っていたし、きっとこの辺の学校みんなそうなんだろう。それにしても、こうやって漂っていると、おばあちゃん達の小言を忘れられる。

≪あー、めっちゃ解放感!≫

 街のど真ん中でこんなに叫んだら、普通の人だったら「おまわりさんこいつです」案件だ。でも2年前からは違う。普通の人なら視ることは出来ないし、視える人に遭ったとしても、真白ちゃんや町田くんのように対処すれば良い。うっかり実体化しないように、少しは慎重にならないといけないけどね。つくづく、都合の良い身体だなと思ってしまう。あ、別にあっち方面の意味で言ったわけではないので、悪しからず。


 でも、幽霊屋敷の一件以来、視えない人にちょっかいをかけることはもう止めた。私が余計なことをしたから、視えない旗本さんは不幸になったし、幽霊屋敷の住人は全員が退居。旗本さん、今も心の傷は深く残っているだろうな。謝りたいけど、どうしたらいいんだろう。まさか実体化するわけにもいかないだろうし。真白ちゃんに頼んで、憑依して謝罪しようかな。

 あれこれ考えているうちに、随分遠い所まで来てしまったみたいだ。私は導かれたかのように、あの場所にいた。

 旧朝露小学校跡。今でも警察が『立入禁止』のロープを張っている。でも、私には関係のないこと。あっさりすり抜けると、真っ暗な校舎内へと足を踏み入れる。墓地で聴いた話によると、今まではあまり幽霊がいなかったらしいんだけど、あの事件を機に、住処として利用する人たちが増えたんだそうだ。まあ、居心地が良いのは分からないでもない。秋だからなのか、妙にひんやりとして、湿気もあまりない。墓地にいるよりも、ここの方が喧しくないのかもしれない。

 1年生の教室を覗き見する。そこでは、二人の女の子の幽霊たちが楽しそうに話して……、いなかった。何やら深刻そうな顔をしていて、近所の状況を話している。私が出る幕はなさそう。スルーしようとした時だった。

≪そこにいるのは誰? 分かってるんだから≫

≪あら、やっぱりバレてました?≫

 薄々分かってはいたけど、やっぱり幽霊っていうのは常人と比べて感覚が研ぎ澄まされている感じがする。

≪貴女、どっかで見たことある……≫

≪そうですか? あ、自己紹介した方がいい? 最近、近くの屋内墓地に引っ越してきた篠田 緑といいます。享年24。よろしゅう……≫

≪篠田……、ああ。あの幽霊屋敷の≫

 少し近寄りがたい雰囲気の女の子がぽつりと呟く。身なりは清潔で、縁なし眼鏡をくいっと上げ、如何にも『出来る女』の空気を出している。制服越しにも分かるセクシーなボディー。この娘が先輩なのか、彼女が話し始めると、私に話しかけてきた幽霊はスッと身を引いてしまった。あちゃ~、私、また地雷踏んじゃったかな? 冷汗が、額を伝う。

≪初めまして。私、白崎 サラと申します。享年17。今までは私も墓地にいましたけど、今は居心地が悪くて、彼女らと一緒にここに住み始めました。よろしく≫

 凄い。17歳なのにこんなにしっかりしてる。亡くなってから長いのかな。まあいいや。今はここから早く出ないと。私の正体も割れちゃってるし……。

≪うん、よろしく。それじゃあ、私はこれで……≫

≪待って下さい。話はまだ終わってないんですよ≫

≪……ですよねぇ≫

 年齢不相応な眼光が、私へと飛んでくる。気圧された私は、諦めてさん白崎さんのグループに留まることになった。こじんまりした椅子に座る。

≪幽霊屋敷では凄い活躍だったみたいですね。愚かな盗撮犯を捕まえたり、大家が犯罪の元締めであることを突き止めたり≫

≪あれは、町田くんあってのものですから……。というかどうして知ってるんですか≫

≪ああ、私が墓地にいた頃に、彼女から聞いたんですよ。ねえ、水月≫

 水月と呼ばれた幽霊が、薄暗闇の中でこくこくと首を縦に振っている。さっき話しかけてきた娘だ。中学校? の制服を着ている。でもこの制服、どっかで見たことあるような……。

≪この近辺の幽霊の間では語り草ですよ。ましてや、ここは犯行現場。幽霊は好奇心旺盛なものですから、事件や事故があったらそこに住み憑きがちになります。それに、幽霊というものは神出鬼没です。いつ、何処に、誰がいるのか、少しは目を光らせておくべきではないですか?≫

≪……はい≫

 耳が痛い。まるでおばあちゃん連中の説教を聞いているような感じだ。

≪そうそう。住み憑いていると言えば。篠田さん、今日こんな話を聞いたんです≫

≪何ですか?≫

≪今日の午前中、この近くの中学校で、ちょっとした騒ぎがあったんですって。なんでも、今まで病気とは無縁だったような男の子が、テスト中に突然高熱を出して、病院に搬送されたそうですよ?≫

≪……そうですか。貴女がそれを言ったら、何か大きな不安が湧いてきたんですけど≫

≪まあ、それで間違ってないですけどね。貴女が助けた人間が通っている中学校で起きたことなんですもの。あと言い忘れていたけど、学年は2年生、だったはず≫

≪……2年生?それって、旗本さんとか赤羽くんと同じじゃん! まさかその男の子って……≫

≪大丈夫です。倒れたのは不良っぽい格好の男の子だったらしいので、貴女が助けた男の子ではないでしょう。水月、自分で見たんだから、いい加減自分で説明しなさい≫

≪……ごめん≫

 白崎さんが苦笑いしながら、小さな女の子に目を向ける。おずおずと前に出てきた女の子は、私に向かってぺこりとお辞儀をする。目を合わそうとはせず、常に下を向いている。話すタイミングを自分で図っているのかな? 私は敢えて、話を急かそうとはしなかった。

≪ごめんなさいね。水月は昔からこういう性格なんです。少しイライラするかもしれませんけど、大目に見て下さい≫

≪……はい≫

≪あの、私、柏葉 水月と言います。享年14。旗本さん? と赤羽くん? と同じ学校通ってました≫

 既視感あると思ったらそれだったか。私は一人で納得した。

≪それで、その、さっきサラさんが言っていたことなんですけど、赤羽さん? のクラスで起こっていました。多分、もっと被害者は増えると思います≫

≪あの、いきなり過ぎてちょっとびっくりしているんだけど、それはどうして?≫

≪……幽霊の仕業だから≫

 ちょっと想像してはいたけど、やっぱりそうだったか。この町内、どんだけ幽霊が悪さしてるんだよ……。私も他人のこと言えない立場だけどさ。

≪ちょっと、私だけの力だけじゃ手に負えなさそうだったので、その場から離れました。きっと、いや絶対、悪さをした奴はあの教室に残っています≫

≪連れて行って≫

≪……え?≫

≪私を今すぐ、現場に連れて行って。私なら、どうにかできるかもしれない≫

≪あの……≫

≪白崎さん、良いでしょう? 下手したら、旗本さんや赤羽くんに危害が及ぶかもしれないんだよ!≫

≪……分かりました。私も一度、犯人がどれほどのものか見てみたかったものですから。その代わり、無茶はしないで下さいね。まあ、例の件から察するに、貴女に言っても無駄でしょうけど。水月、案内して≫

≪はい……≫

 このままじゃ、また旗本さんにトラウマを植え付けることになってしまう。幽霊に理解がありそうな数少ない人なのに、こんなことをしたら、彼女が壊れてしまう。それだけは絶対に避けたい。柏葉さんは壁をすり抜けて校舎をふわふわと降りる。私たちもそれに続いた。


 今回はどんな敵が待っているのだろう。前のように、簡単に捻ることは出来なさそうだ。地面に足がついても、私はどこかふわふわしているような感覚になっていた。



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