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帰り道で

「おはよう」

 一声かけるけど、部屋には誰もいない。どうやら私が一番乗りだったみたいだ。自分の席に座って、開始を待つ。ここに来て3か月、ここまで居心地が良いとは思わなかった。授業中にもひっきりなしに現れては消える、幽霊を除けば。ほら、ここにも一人。

≪やあ! 毎日大変だね≫

「何だようるさいな。これから授業なのに」

 学校に来るといつもつるんでくる、女の子の幽霊。彼女によると、住んでいたアパートで火事があって、そこからの記憶がないとのこと。きっと焼け死んだんだろう。そうでなきゃこんなところにいない。私の周りをグルグルと走り回りながら、女の子は話しかけてくる。

≪真白お姉ちゃんは大変だよね。学校に行かなきゃいけないんだから。なんて言うんだっけ? こういうの≫

「不要不急の外出。というか、君と話せるっていうことが、もっと大変なことだけどね。ねえなんでここにいるの。君には関係ないでしょ!」

≪だって、暇なんだもん。誰も構ってくれないし≫

「構ってくれる人がいないのが普通なの! 少しは幽霊らしく……」

 一人で口論していると、廊下から足音が聞こえてくる。やばい。聞かれたかも。実のところ、私は幽霊が視える、幽霊と話せることを、クラスの人達には秘密にしているのだ。私の居場所を壊されたくないし、言ってもどうせ信じてなんてくれないだろうから。私は慌てて無言になると、扉を見つめる。一人、また一人とクラスメートが入ってくる。

「おはよう、井坂さん」

「……おはよう」

 いじめられていたからなのか、今でも上手く笑えない。口元はようやく緩むようになったけど、目が笑えない。たまに鏡の前で笑顔の練習はするけど、幽霊が頻繁に私をからかいに来るから止めていた。

 幽霊といえば、彼女はまだ私の背中に張り付いている。悪戯に笑いかけながら。ああ、なんで私だけこんな体質になってしまったんだろう。毎日のように思う。


 と、突然、私のスマホが震えた。そろそろ授業始まるけど、一体誰? 緑のSNSアプリの通知では、『しおん』と書かれていた。

『おはよう! 元気?』

『元気。ありがとう』

 旗本 紫苑。私の元クラスメート。私がいじめられていた時も、不登校になっても見放さなかった数少ない人。そして何より、私の言うことを信じてくれた。幽霊がいるなんて言ったら、大抵の人は頭がおかしくなったんじゃないかって思うだろう。でも紫苑は違った。 

 この子、幽霊を信じているのだ。オカルトや幽霊の類が大好きらしくて、家に遊びに行った時は、幽霊や怪奇現象に関する本を色々読ませてくれた。髪が真っ白なことも個性として受け入れてくれた。この子がいなかったら、私は本当にこの世にいなかったかもしれないほどだ。大げさに言っているわけではない。

『今日は眠れた?』

『全然。4時に目覚めちゃった。』

『昨日もそうだったよね……。大丈夫?』

『大丈夫じゃないかも。また病院行って薬出してもらう予定。』

『そっか……。辛いんだね。』

『そろそろ学校始まるから、またね!』

『はーい! また会いたいな…』

 だけど、私に対して幽霊のことは質問しない。同じクラスだった頃、幽霊が見える見えないでクラスメートに色々言われていたから、紫苑からは話題に出さないようにしてくれているんだ。本当に優しい。そして、本当に申し訳なく思う。

 自意識過剰かもしれないが、紫苑は本当に、私に会いたがっているのかもしれない。あの子は純粋だ。真っ白な髪で、頭のおかしいことを口走る私のことを信じているくらいだから。私が自殺をしようとして、病院に運ばれた時も、クラスメートで唯一、お見舞いに来てくれたから。

 スマホを鞄に入れると、秋田谷先生が入ってきた。

「皆さん、おはようございます。今日から分散登校となりますが、授業でやることはあまり変わりません。皆さんには、うがい、手洗い、手指消毒をより注意して、念入りにやってください。それでは授業を始めますが、その前に窓を開けてください」

 クラスメートが窓を開ける。日差しが直接入ってきて、少し暑くなってきた。もしかして昼休みまでずっとこんな感じ? それだったら少し嫌だな……。そんなことよりも、まだ彼女は私の周りをぐるぐると回っている。よく飽きないな……。

≪これからお勉強? 頑張って! 隣で応援してるから!≫

 呑気なものだ。痺れを切らした私は、荒々しくメモに殴り書きして、あの子に見えるように置いた。

『頼むから黙ってて』


 結局、午後1時には授業が終わった。時間差登校の上に短縮授業とは。他の学校もそうなのかな。そしてあれ以来、私に無言で張り付いていた女の子はどこかに行っちゃったし。と思ったら、いた。天井に張り付いていた。みんなが帰るのを確認すると、女の子はふわふわと降りてきた。

≪退屈。先生何言ってるか分からなかったし≫

「そりゃ君みたいなお子様にわかるわけないものね。これ、中学生の勉強だから」

≪お子様じゃないもん! もう結構ここにいるもん!≫

「結構って、具体的にどれくらい?」

≪うーん……。時間測ってないないから忘れた≫

「ほら忘れてる。具体的な時間で言えなきゃ意味ないんだ!」

 独り言のように会話していると、奥から秋田谷先生の声が飛んできた。

「そろそろ教室閉めるから、早く出なさい!」

「はーい!」

≪もう行っちゃうの? つまんない≫

「感染するの怖いからね。じゃあまた明後日」

≪なんで明後日なの? 明日学校ないの?≫

「話せば長くなるから。とにかくさよなら!」

 あの子から逃げるように教室から出ていく。秋田谷先生は出入り口の前で立っていて、私のことを少し怪しげに見ていた。あの会話、聞かれてたかな……。

「井坂さん」

「はい……」

「最近独り言が多いけど、何かあった? 昔のことを思い出して、気分が重くなったとかない? 無表情なことも多いし」

「ああ、そういうことですか。大丈夫です。元々、独り言は多い方でしたし。無表情なのもいつものことです。私はもっと笑いたいんですけどね……」

 嘘と本当を混ぜながら、先生に話す。先生は納得したようで、一言二言話してから、手を振ってその場から離れていった。

 独り言、もとい幽霊と会話するのは多いし、もっと笑いたいというのも本当だ。『大丈夫です』というのが嘘なんだ。先生とかクラスメートの前では、少しでもまともに見られたいから、頑張って会話するし、笑おうとする。上手くいかないけど。

 だけど今の状態が大丈夫かと言うと、それは違う。眠れないし、眠れたとしても、あの日のことが夢に出てきてすぐに目覚めてしまう。不登校になってからほぼ毎日、こんな感じだ。睡眠薬を処方してほしかったが、精神科の先生に止められた。あ、そういえば、次の外来の予約いつだっけ。家帰ってから確認しなきゃ。

 朝、キモいおっさんに話しかけられた公園に立ち寄る。自粛に疲れたのか、小さい子どもたちを連れたお母さんたちがいる。みんなお手製のマスクして、最近のニュースを話している。私、政治とか経済とか分からないから、この人たちが何で総理大臣を非難しているのかが分からない。やっぱりみんなストレス溜まってるのかな。

私がここにいても邪魔なだけだ。帰ろうとすると、お母さんグループの少し後ろに、女の人がいるのが見えた。でも、何かがおかしい。

 その女の人は、何かを探すようにふらふらと歩き回っていていた。お母さんグループの目の前を通っても、気付かれていない。まさか……。だけど私は、その様子をじっと見ることしかできなかった。だって、ここで声を掛けたら、変な人に思われるから。

 そうこうしているうちに、お母さんグループは子どもたちを連れて帰っていった。ここにいるのは私とあの女性だけ。私、この状況をどうすればいいの? もじもじしていると、女の人……、いや、女の幽霊と目が合った。

「あ……」

≪貴女、私が視えるの?≫

 気付かれた。幸いにもここには二人だけだったので、あっさり白状した。

「……はい。そういう体質なので」

≪ああ、良かった……。私の思い違いだと思った。視えていなかったらどうしようかと≫

 一安心したかのようにベンチに座る。本人の前では言えないけど、見たところ、さっきのグループの人たちと比べて、ちょっと老けている。大分くたびれた表情をしていて、痩せているというよりもやつれている。こっちが心配になるくらいだ。

≪私、去年亡くなった、赤羽 椿と言います。突然、頭が破裂するみたいな痛みが出て、そこから先の記憶が無いんです。そして気付いたら、こんなところに……≫

 なんか勝手に自己紹介し始めたぞ? 初対面の相手にそこまで話すか? そう思いながらも、私は彼女の話を聞いていた。それに赤羽っていう苗字、どこかで聞いたことがあるぞ。暗闇の中で糸を手繰り寄せるように、関連性を見つけようとする。

「そうだったんですね。いきなりこんな姿で、こんなところに飛ばされて、戸惑いますよね」

≪分かってくださる? 嬉しいわ≫

「薬指のそれ、結婚指輪ですか?」

≪そうなの。主人とは結婚して25年。子どもも2人いたの≫

「お子さんはおいくつですか?」

≪18歳の女の子と、14歳の男の子。貴女はおいくつ?≫

「……14です」

≪じゃあ息子と同い年ね! ひょっとして、義人はご存じ?≫

「義人、義人……、ああ! 知ってます! 私と同じクラスでした!」

 私は一人で叫んでしまった。私が1年生の時、一緒のクラスだった男子だ。あの時はクラスの半分くらいが私をいじめていたけど、赤羽くんはこの中にはいなかった。そして、紫苑とよく話しているのを見た記憶もある。紫苑に「付き合ってるの?」って聞いたら、ガチめに叩かれて否定されたっけ。そういえば、緑のSNSに友達登録してたかな。よく覚えてない。これも家帰ったら確認しなきゃ。

≪あら、そうだったの! 今は違うの?≫

「今は、その、私の方が色々あって、別のクラスなんです」

≪まあ、クラス替えとかあるものね。仕方ない≫

 何か勘違いしているが、話せば長くなるのでこのままにしておこう。

≪真理、義人、元気にしているかな……≫

 真理とは長女の名前だろう。椿さんは活き活きした顔になったかと思えば、今は憂鬱そうな顔になっている。溜め息ばかりな椿さんに対して、私は少しずつ言葉をかけることしかできなかった。


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