緑、やらかす
いつの間にか、私は女の子の隣にいた。墓地の前にあるバス停に座りながら、どんな話をしてくるのか身構えてしまう。何も悪いことはしなさそうなのに。町田くんと真白ちゃんくらいしか視える人がいなかったから。まだいるとは思わなかったから!
しかしこの女の子、真白ちゃんと雰囲気が似ている。町田くんみたいな所謂『陽キャ』は、視える人にとっては希少なのかな。
「あの……」
≪は、はい! 何でしょうか!≫
思わずかしこまってしまう。あー、なんか調子狂っちゃう。
「さっきはあそこで何をされていたんですか?」
≪何って、ただ笑ってただけ! そういう貴女はなんで私に声かけたの? 私のこと幽霊だって分かってるんでしょ?≫
「あの……。実は私、ある人を探しているんです。私と同い年の男の子なんですけど。この墓地にいる篠田さん? に聞けば分かるって、近くの幽霊さんが言ってました」
≪近くの幽霊さんって……。そうです! 私がその篠田さんです! 篠田 緑です! 貴女は?≫
「……あ、そうだ! 忘れてました! はい! 私、水原 真心と申します! 真心と書いてまこです!」
≪真心ちゃんね、よろしく……。というか、こんな大声で喋って、怪しまれない?≫
「あっ……。そうでした。いつもこうなんだよな、私」
なんだそりゃ。自覚無かったのか! 会って早々、結構強烈なキャラだと思わされた。このままでは脱線してしまいそうだったから、本題に戻す。
≪で、その男の子って? 多分、赤羽、義人? のこと?≫
「そうです彼です。私、彼に会いたいんです!」
≪急に小声になったな……。今日はもう遅いから、学校だけでも教えるかい?≫
実のところ、私も彼の名前については曖昧なのだ。椿さんが「義人」と呼んでいる時と、真白ちゃんが「赤羽くん」と呼んでいる時があった。だから、こうするしかなかったんだ! 間違っていたら済まない、真心ちゃん! 私が学校の住所を教えると、真心ちゃんはメモを取る。なんだか私、またトラブルの種を撒いてしまっているような感じがするけど、そこは一応目を瞑っておこう。
バスが来た。真心ちゃんはメモを書き終えたようで、私に軽くお辞儀をしてバスに乗っていった。あっという間の出来事だったなぁ……。キャラが濃い女の子だったなぁ……。色んな感想が浮かんでくるけど、私はハッとした。
あの子、どんな目的で赤羽くんに会いたいんだろう?
理由によっては幽霊屋敷の二の舞だ。冷汗が止まらない。バスを追跡しようとしたけど、もうとっくにいなくなっちゃったし、あの子が何処に住んでいるのかも聞いていなかった。完全にやらかした。さっきは目を瞑っておこうなんて思ったけど、前言撤回! これはヤバいことになってしまった!
≪ああ、どうして私っていっつもこうなんだあ!≫
誰にも聞こえない叫び声が、虚しく真っ暗な空に響いた。
※※※※※
夕食が終わった。お父さんとお母さんから何を言われるかドキドキしたけど、結構評判が良かった。今回作ったもののレシピは下書きしてあるから、あとは清書するだけ。レシピブック(見た目はただのノートだけど)を開いて、書き写していく。
≪ねえ、どうだった? 『我が家』の味は≫
「笑顔で食べてくれました。本当にありがとうございます」
後ろから椿さんが見ている。私はまだまだ、オリジナルで料理が出来ない。≪今は技術を盗む段階だ≫って、椿さんも言っていた。自分で何も出来ないのはちょっと悔しいけど、今はそうすることが勉強だ。レシピの清書が終わる。いつかこれを自分なりにアレンジして、誰かに振る舞う時が来るのかな……。更新し終える度にそう思う。
≪じゃあ、私はそろそろ帰るね。おやすみなさい≫
「今日はありがとうございました。おやすみなさい」
ゆっくりと消えていく椿さん。さて、そろそろ勉強しなきゃ。と思ったら、また窓から誰かが入ってくる音が聞こえた。
「椿さん、まだ何か……」
≪真白ちゃん! 真白ちゃん!≫
1か月振りくらいに見る篠田さんは、いつにもまして顔が青白かった。再会を懐かしむ時間もなく、篠田さんは早口でまくし立てていく。
≪今日、私が視えるって言った女の子に、赤羽くん? のいる学校を教えちゃった! 全然知らない人に、学校の住所教えちゃった! どうしよう!≫
「……分かりました。いきなりすぎて頭が追い付いてないので、ゆっくり、詳しく教えて下さい」
≪あ、うん。ごめん……≫
それから篠田さんは呼吸を整えて、今日起こったであろうことを説明してくれた。色々気になることが多かったので、私は質問してみる。
「本当にその子は、篠田さんことが視えていたんですか?」
≪うん! 私としっかり会話していたんだから! さっきも言ったけど、赤羽くんと同い年って言ってたし、実際にそれくらいに見えた≫
「話を聞いている限りでは、そこまで悪いことをするようには見えないんですけど……」
≪でも、もしもの事があるでしょ? あの事件だって、大家が犯人だなんて思わなかった≫
「……まあ、それはそうですけど、女の子が赤羽くんに危害を加えますかね? 赤羽くん、そこまで女の子にモテるっていうイメージも無いですし、付き合ったとかそういう経験も無さそうですし」
≪結構はっきり言ったね……。うーん、どうしよう。またあのバス停に来るとも限らないし≫
「バス停?」
≪うん。私、近くの墓地に引っ越したの。元々、私のお墓がある場所なんだけどね。その近くのバス停で会ったの≫
「じゃあ紫苑と赤羽くんの中学校とは違うってことか」
≪うん。ブレザーはグレーだったし、名札も胸についてなかった≫
「分かりました。私が赤羽くんに聞いてみます。女の子の名前、覚えてますか?」
≪……みずはら まこ。まこは『真心』って書くみたい。真白ちゃん、頭の回転早いね≫
緑さんはまるで目から鱗が落ちたような顔をしているけど、最初からそうすれば良かったんだ。でもこの中で直接、赤羽くんに連絡できるのは私だけ。私がやらなきゃ誰がやる。早速、緑のSNSを開いてチャットを始める。
『お疲れ様。ちょっといい?』
返信は数分後に来た。
『どうしたの?』
『いきなりだけど、水原 真心って女の子、知ってる?』
『え? 井坂さん、なんで知ってるの?』
『私の友達の幽霊が、その子に会ったって。そして、話していたって言ってたの。信じて貰えるかな?』
『うん、勿論。水原さんについて話すと、少し長くなるから、通話してもいい?』
『いいよ』
二人に面識が無いわけではなかったようだ。私は赤羽くんからの着信を待った。
そして、着信音が鳴った。
『いきなりごめん』
「大丈夫。それで、水原さんって誰なの?」
『僕の小学校時代のクラスメート。井坂さんと同じで、幽霊が視えるっていう理由でイジメられてたんだ』
私は小学校の頃は、髪の色で標的にされていたな。幽霊が視えるなんて、言えなかったから。中学校に入ってから、あんなことが起きたから、私は……。
『もしもし、聞いてる?』
「ん? ああ、ごめん。そっか。私と似たようなものだね」
また嘘をついてしまった。つくづく嫌な面ばかり出てくる。ところで、赤羽くんと同じ小学校だったんなら、校区の都合で同じ中学校に通っていないとおかしいはず。それなのに、どうして緑さんは、≪制服が違った≫なんて言ったんだろうか。
「あのさ、幽霊が言うには、制服が違ったって。私が通っていた学校のものと」
『……さっきの話には続きがあって、イジメが長く続いちゃって、とうとう水原さんは転校しちゃったんだ。転校する当日も、学校には顔を出さなかった。先生がさらっと言ったから、びっくりしたのを今でも覚えてる』
「じゃあ、転校してから、いじめっ子を避けるために、中学校も変わったってこと?」
『多分そうだと思う。本人から聞いていないから分からないけど』
私が通っていた学校には、今でも私と水原さんをイジメた連中が、また違う標的を探しながら学校生活を送っている。人の未来をめちゃくちゃにするのが、どうしてそんなに楽しいんだろう。私には到底理解出来ない。あのことを思い出して、また嫌な汗が額を伝う。
「そっか。辛い思いしたんだね、きっと」
『うん……。それで、水原さんがどうしたの?』
自分の世界に入り込み過ぎて、肝心の本題を忘れるところだった。私のことを心配そうに、緑さんが見ている。ここは少し空気変えなきゃ。
「そうだった。えっとね、私の友達の幽霊が、水原さんに赤羽くんのいる中学校を教えたんだって。向こうが教えて欲しいってお願いしてきたから」
≪パニクっておりました。本当に申し訳ない≫
『え? マジ? ちょっと心の準備が……。いつ来るって?』
≪……それは言ってませんでした≫
「言ってなかったって」
『分かった。ありがとう。そろそろ切ってもいい?』
「うん。ありがとう。おやすみなさい」
電話が切れた。赤羽くん、本当に分かりやすい。慌てているのが丸わかりだった。緑さんは隣でホッとしている。悪いことはしなさそうだって思っているけど、あの人の行動力は良くも悪くも凄い。びっくりするほど、凄い。
「私が視た中で一番、晴れ晴れした顔していますけど。緑さん」
≪あ、バレた?≫
「水原さんが悪い人じゃなさそうだから良かったですけど、また幽霊屋敷の再来になる可能性だってあったんですよ。というか、緑さんは人の個人情報を話しすぎです。もう少し警戒して下さい。そして大人なんですから、もっと堂々としていて下さい。紫苑を助けた時のように」
≪はい、すみませんでした……≫
まさか緑さんのような大人の女性に、こんなことを言うとは思わなかった。緑さんには相当突き刺さったみたいで、今にも「ぴえん」なんて言いかねないくらい目を潤ませている。幽霊なのに、本当に表情が豊かなんだから。こんな幽霊、今まで視たことなかった。
「……でも、私は緑さんと会えたことが嬉しいです。1か月間、何してるんだろうって思っていました」
≪え! 本当に? 私も嬉しいー!≫
「ちょっと、抱き着かないで下さい! めっちゃ寒い……」
緑さんが私に覆い被さるように抱き着く。なんかいい話っぽくオチがついたような気がするけど、まあいっか。私は暫くの間、甘えてくる緑さんを受け入れることにしたのだった。




