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もう一人の『視える』人

※※※※※


 1か月振りのチャットは、いつになく緊張した。まさか朝方に、紫苑の方から来るなんて思わなかったから。学校が終わった午後5時、薄暗くなってきた帰り道で、私は少し指が震えながらチャットをしていた。

『お疲れ様。久しぶりの学校、どうだった?』

『お疲れ様! めっちゃ緊張したよーー!! なんだか、少しだけ真白ちゃんの気持ちが分かった気がしたよ。』

『私の気持ち?』

『うん! 私は1か月だけど、真白ちゃんは半年ぶりにフリースクールへ行ったんでしょ? 慣れるのに凄く時間かかったんだろうなぁって。』

 そっか。私は半年かかったんだっけ。フリースクールに入ったのが、濃い出来事が一杯あったせいで、遠い昔のように感じられた。あの時は、自分で入りたいと言っておきながら、直前になって「辞めたい」なんて言ったりしてたっけ。色々な思いがこみ上げてくる。

 そして思わず、通話ボタンに指がいった。


『もしもし……』

「あの、いきなりごめんね? びっくりした?」

『うん、ちょっとね。どうしたの?』

「だって、もう1か月、声を聴いていなかったから。また紫苑の元気な声、聴きたかったから……」


 涙が零れた。友達の声が聴けたから。友達が元気だって、分かったから。今まで他人の為に涙なんて流したこと無かったのに、最近、涙腺が緩い。


『ちょっ、どうしたの? 泣いてるの?』

「そんなことない! 泣いてなんてない!」

『めっちゃ声震えてるけど! 鼻水すする音も聞こえるけど!』


 電話越しでげらげら笑っている紫苑と、それを聴いても涙が抑えられない私。ようやく、普通の日常に戻った気がした。

 少しして、心が落ち着いてきた。ようやく平常心で話せる。


『どう? 大丈夫?』

「もう大丈夫」

『そっか。今日の赤羽くんもこんな感じだったな。私と少し話したら泣いちゃって、それなのに泣いてないなんて、強がって』

「私たち、凄く心配していたんだよ? 紫苑が人間不信になったり、引きこもりになったらどうしようって」

『マジか! そういうことまで考えてくれてたんだ。ここまでくるともう親だね』

「でもこんな感じで、前と変わらず喋れてるから、もう大丈夫だね」

『うん! 大丈夫! だと思う……』

「ん? どういうこと?」

『まだ学校復帰して1日しか経っていないから、これからどうなるんだろうって、ちょっと思っちゃって』


 さっきとは違って、少し自信なさそうに言葉を返す紫苑。内心では分かっていたけど、やっぱり、完全に不安は拭い去れていないんだ。クラスメートとか親の前では、自分は大丈夫だってアピールをしないといけないんだもんね。私もそうだったから、気持ちは凄く分かる。学校から離れた原因は違うけど、私たちは何処か似ている。いや、似なくても良かったのに、似てしまったと言った方が良いのかもしれない。紫苑が吐露する感情を、私は精一杯、受け止めようとしていた。

そうやって話しているうちに、気付いたら、通話時間は30分を超えていた。


『今日はありがとう。一杯話したね』

「だね。そろそろ夕飯の準備しなきゃ」

『今日は何食べるの?』

「野菜室に残っている野菜を適当に使って、何か作ってって言われた。お母さんからはそれだけ。献立のリクエストも無いし」

『そっか。真白ちゃんは偉いね。家の手伝いもしているんだから』

「そんなことないよ。引きこもり生活が長かっただけ」

『あはは。謙遜するのが上手。それじゃ、またね』

「うん。また!」


 電話が切れた。途端に部屋の中が無音になる。でも私の心の中は、充実感で一杯だった。大きくため息を吐くと、台所に向かおうとした。その時だった。私の背中に冷風が過る。振り向くと、あの人が来ていた。

≪ごめんなさい。遅刻しちゃって≫

「椿さん! 大丈夫ですよ。私の方こそ、紫苑との電話が長くなっちゃって、時間忘れてました」

 あの事件以来、椿さんと緑さんに限っては、出入りを許可しているのだ。でも、事件が解決して以来、緑さんとは会っていない。私は気にしていないんだけど、最後に見た緑さんが気まずそうな顔をしていたのは覚えている。

 今日、椿さんに来てもらったのは、料理を教えてもらう為だ。台所へと向かい、野菜室に転がっている野菜と、予め解凍したお肉を冷蔵庫から出す。私は椿さんの指示通りに作業をして、レシピをメモに記すだけ。そうすることで、赤羽家の味を習得できるのだ! 実際に何度か、お父さんとお母さんに振る舞ったことがあるけど、評価は良好だった。

「この素材から何が出来そうですか?」

≪そうだなぁ……。これだったら、アスパラの豚肉巻きとか? 人参とかごぼうとかは、お味噌汁に入れましょう。この時期になると、こういうのが身に染みるのよ。それに昨日は、汁物無かったでしょ?≫

「はい。というかどうして知ってるんですか?」

≪たまに勝手に覗いてるの。幽霊だから真白ちゃんにしかバレないし≫

「まあ、気配は少しだけ感じてましたけど。親は7時には帰ってくるので、少しだけ余裕ありますね。今日もよろしくお願いします、椿さん」

≪一足早い花嫁修業ね。こちらこそよろしく。真白さん≫

 花嫁修業と言われると、なんだかむずかゆい。そういうのは、私なんかじゃなくて、もっと結婚に縁がありそうな人に言うべきなんじゃないかな。例えば、そうだな。紫苑とか? そして椿さん、私に料理を教える時は妙にテンションが高い。娘さんを思い出しているのかな。

 おっと、いかんいかん。集中しなきゃ。時間に余裕があるからと言って、油断したらあっという間だ。私は急いで食材の用意を始めた。


※※※※※


 私、篠田 緑は、本来帰るべき場所に戻っていた。

 そこはとある屋内墓地。夕方だけあって、人はまばら。そろそろ店仕舞いみたい。でもこの中には、私みたいな幽霊がうじゃうじゃいる。このご時世、密を避けなきゃいけないなんて言われてるけど、私たちには関係のないことだ。


 あの事件以来、『幽霊屋敷』は良くない噂で一杯になって、町田くんも退居せざるを得なくなった。石を投げられたり、何処から来たか分からない活動家みたいな人たちが騒ぎ立てたり、退居する直前は滅茶苦茶だった。町田くんもノイローゼ気味になっていたみたいで、毎日のように、死にそうな目で出勤していたっけ。こういう時、私たち幽霊はすぐその場から消えて逃げられるけど、生きている人はなかなかそうもいかないんだよね。

 私も生きている時、辛かったなぁ。介護の仕事していた時とか、聞こえるのは職員とか患者の悪口だったり、誰かが怒られる声ばかり。プライベートでも、女子会では誰かの悪口で盛り上がるし、聞きたくもない下ネタも聞かされて。一人でいることが最大のストレス解消だったな。亡くなってからは、逆に寂しくなって、幽霊仲間とつるんでるけど。


 墓地が閉園する。今日も凄く退屈だったな。真白ちゃんとか、今何しているんだろう。毎日そんなことばかり考えている。すっかり生きている人とコミュニケーション取らなくなったな。町田くんも、今いる墓地の近くに住んでいるってこと以外は情報無いし。あれだけ孤独が好きだった私だけど、今は交流に飢えている。真白ちゃんも変わったけど、私も2年かかって結構変わった気がする。

 その気になれば、真白ちゃんとか町田くんの家に行くことは出来るし、旗本さんの学校に顔を出せる。だけど、それは控えようと思った。そうすると、きまってアクシデントが起ようになったから。あの誘拐事件も、私が調子に乗り過ぎたのが発端だ。助けてしばらく経って、英雄気分になっていた時に、町田くんから言われたことだ。「そもそもお前が騒ぎを起こさなかったら、あの子は平穏に暮らせていたかもしれないんだぞ!」って。

 最初は言い返す余裕もあったけど、冷静になったら、凄く恥ずかしくなった。私、この歳で何やってたんだろうって。子どもじゃないんだぞって。私が幼稚だったから、真白ちゃんは盗撮されたし、旗本さんは誘拐されたんだって思えてきた。

 機会があったら、謝罪しなきゃな……。勿論、真白ちゃん経由で。


 おっと。私らしくないこと考えてたな。気づいたら、周りはすっかり暗くなっていた。もう10月になるからなぁ。日が落ちるのも早くなった。そろそろ寝ようかな……、なんて思っていたら、なんだか墓地の真ん中が騒がしい。この時間になるといつもそうだ。お喋りが好きなおばあちゃん方や、私のお母さんと同じくらいの享年の幽霊が、一日あったことを楽しく話す時間だ。こんな遅いのに元気だな……。いつも感心させられる。せっかくだから、私も混ざろう。どうせ暇だし。

≪あの、私もいいですか?≫

≪あら貴女。随分顔を見せないと思ったら、帰ってきたのね。幽霊屋敷だなんだで騒いでいた時はどうなるか心配だったんだから≫

≪あそこにいたの、皆さん知っていたんですか?≫

≪勿論! 男どもは最近の情報に疎いから知らない連中も多いけど、私らは全員知ってる。あんたが1年以上、人間の男と居候していたってこともね≫

 おばあちゃん方は、幽霊が持ち場から離れることを良しとしていないみたいだ。私に向けられた視線を見れば分かる。

≪私らは本来、ここにいちゃいけない存在なんだ。私だって、今すぐにでも成仏したいよ。それなのに、あんたもそうだけど、最近の連中ときたら、ここから抜け出して、生きている人たちに色々と迷惑をかけているそうじゃないか。ここにはテレビもあるし、情報を得るには事足るはずだ。それなのに、どうして他人様に迷惑かける真似なんてするんだろうねぇ≫

≪ちょっと長谷川さん、そこまで言う必要無いじゃないですか! ねえ、篠田さん?≫

≪……いえ。この方の言う通りかもしれません。私は散々、生きている人に迷惑を掛

けました。私がアパートに住み憑いて、道行く人たちに悪戯ばかりしていたのが切欠で、あの事件が起こったんですから≫

 何も言い返せなかった。全て認めるしかなかった。おばあちゃんの言っていることは、全部的を射ていた。今すぐにでもここから逃げ出したい。でも、ここから出て行ったら、周りから更に白い目で見られてしまう。

≪すみませんでした。私、ちょっと風に当たってきます≫

≪頭冷やしてきな。でも、なるべく直ぐに戻ってくるんだよ≫

 おばあちゃんの声が響く。墓地の出入り口前で、秋の風に当たることにした。やっぱり外に出るのは気持ちが良い。引きこもり続けていると、たまに気がおかしくなりそうになる。おばあちゃん達はこれで満足だと言うのだから、ちょっと信じられない。

 生きていても、死んだ後も、私のような若輩者は肩身が狭い。狭いコミュニティの中で、先輩の顔色を気にしながら生活しなきゃいけない。これが耐えられなくて家出したっていうのに、私の住処はいとも簡単に取り壊された。それも、私が調子に乗り過ぎたせいで。

≪私、馬鹿だな。あはは……≫

 なんだか、自分の馬鹿さ加減に笑えてきた。人を巻き込んでおいて、なんで笑っていられるんだろうって私でも思うけど、なんだか笑いが止まらないんだ。ステイホームしていたストレスでおかしくなっちゃったのかな? とにかく理屈抜きで笑った。

≪あはは! なんで、なんでこんな笑っちゃうんだろう!≫

 涙が出てきた。それでも笑った。声に出して、思いっきり。周りの幽霊からは変な目で見られているけど、そんなの関係ない。今は私だけの時間だ。邪魔なんてさせない。頬っぺたに冷たい感触が流れる。笑い過ぎて出たものなのか、それとも悔しくて出たものなのか、もはや私には分からなかった。


 日が沈んだ。もう一生分笑ったんじゃないかってくらい笑った。力が出ない。私は大の字になって寝そべっていた。

≪あー、面白かった!≫

 強がりで出てきた言葉じゃない。本心からの言葉だ。私は馬鹿だ。馬鹿だから、生きている他人を巻き込んで、迷惑をかけるんだ。でも、犯罪者を逮捕する手助けも出来たんだ。その点は、町田くんも褒めていたのを思い出す。「やる時はやるな」って。

 町田くん、近くにいるんだったら、たまにはここに寄って行けばいいのに。私が手厚くもてなしちゃうんだから。心の中に、小さな穴が空いているような感じがする。むずむずするというか、そわそわするというか……。ああ、また私らしくないことを考えてしまった。周りも真っ暗になりそうだし、そろそろ戻るか。おばあちゃん達はもう寝る準備に入っているだろうし、ここからは私たち若者の時間だ! 私は墓地に戻ろうと起き上がった。

≪よっと!≫

 少し身体が軽くなった気がする。下向いてばっかりじゃいられないな! 勢い良く顔を上げた。私の目に映ったのは、誰もいない駐車場……、ではなかった。


 目の前に、一人の女の子が立っていた。それも、私の方を視ている。

≪うわあぁぁ!!≫

 薄暗くてよく見えないけど、まだ生きているってことだけは分かる。「なんで幽霊が人間に腰を抜かしているんだ……?」という突っ込みをしたそうに、女の子はこっちを視ている。

≪あ、貴女、視えるの?≫

「……はい」

 マジかよ。どんだけ視える人多いんだよこの地域。女の子の困惑している顔が、暗闇の中でもはっきりと分かった。



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