救出へ(終)
第2章の最終話です。他の話に比べて倍近くの文字数がありますが、ご容赦ください。
扉を開けたら、私は真っ先に、泣き腫らしている紫苑が目についた。上半身は下着だけ。かろうじてスカートは履いていたけど、手を縛られていたからいつでも乱暴できるようになっていた。
「な、なんだ!」
案の定、二人はびっくりしていた。この人たち、今の今まで、警察に見つかったこと気づいていなかったのかな。そんなことはどうでもいい。緑さんは、二人の背後に回り込んでいる。幽霊なんだから、堂々と正面からいけばいいのに。
「こんなところに何の用だ? というか誰?」
「……紫苑を助けにきた」
「一人で? 偉いねぇ」
「真白ちゃん! 危ないよ! 早く逃げて!」
「私は、一人なんかじゃない! 『もう一人』いるから!」
「ん? 君何言ってんの。じゃあ見せてよ。もう一人」
撮影していた男は、私に近づいてくる。手には包丁。紫苑の叫び声が聴こえてくるけど、私は不思議と落ち着いていられた。だって男の人と同じペースで、緑さんが後ろから近づいているんだから。
男が立ち止まった。ここまで近いと少し怖いかな? 顔が引きつっているのが自分でも分かる。
「どうした? もう一人、来てるんじゃないの?」
「……いますよ。後ろに。ね? 緑さん」
「は? 何言って……」
私と違って、緑さんはにこにこしていた。すかさず男の首を掴む。男から、血の気が引いていくのが分かった。力が抜けていく。直ぐに手に持っていた包丁を落としてしまった。
≪ほらほら、さっきまでの威勢は何処行った? あれか? 余程年下の女の子にしか強気に出れない感じ? ねえ質問に答えてよぉ≫
じりじりと首を絞めていく緑さん。表情が怖い。さっき言ったこと、忘れないで下さいね? 少し、いや大分不安だけど。というか最初の作戦と違いますよね? もう一人の変態野郎、腰を抜かしているからいいか。私はすんなりと、紫苑の隣に行くことができた。ロープを解いて、身体の傷を確認する。
凄い。どんだけ殴ったんだ。服に隠れているからばれないと思ったんだろうか。赤黒い痣が一面に広がっていた。これ以上見ていたら、二人とも殺してしまいそうだから、急いで服を着せる。
「早く逃げて。裏口は開いてるから」
「でも、真白ちゃんは……」
「私のことはいいから。この二人と片をつける。早く逃げて!」
「……うん!」
未だに動けない男を確認すると、紫苑は直ぐに走っていった。無事に警察に保護されるといいけど……。
さて、ここに残っているのは私とこの変態野郎だけ。ガラの悪い男はすっかり緑さんの手に墜ちたみたい。顔を真っ白にして、泡を吹いて倒れている。良い夢、見てるかな。そんな時、緑さんが汗を拭ってこちらに来た。
「生きてます?」
≪うん。真白ちゃんの言う通り、死なない程度に頑張った!≫
「そうですか。この変態野郎、腰抜かしちゃって動けないみたいですけど、どうします?」
「ちょっと待て! 今、誰と喋ってる!? 何が何だか分からない!」
≪幽霊屋敷の『主人』の癖に、私のこと視えないんだ、残念。あー、真白ちゃん、これだけは伝えておいて≫
「なんでしょう」
緑さんが耳打ちをする。なんで幽霊なのにそんなことするんだろう。周りの人たちには何も聴こえていないのに。まあいいや。今から言うことは大体理解できた。
「これをこいつに言えば良いんですね?」
≪そうそう。お願いしまーす≫
「……なんなんだ?」
「まず、私たちは勘でここに着いたわけではありません。切られていたスマホの電源を、幽霊の緑さんが勝手につけて、位置情報が警察に公表されたからです。なんなら今、校舎の周りには警察が張り付いていますし、いつでも突入できる態勢に入っています。もう観念して下さい」
私の言葉一つ一つを聴く度に、変態野郎は青ざめていく。本当にバレてないと思っていたんだ。駄目だ、笑っちゃう。でも、舐められない為には表情を崩しちゃいけないんだ。
「それと、貴方は私を盗撮した犯人と繋がっていますね?」
「盗撮? 何のことだかさっぱり……」
こいつ。まだしらばっくれるつもりだ。私を子どもだと思って。思わず手が飛んだ。体育館に、ビンタの音が響いた。
「分かってるんだぞ! お前が犯人に指示して、私と、何の罪もない女の子の尊厳をズタズタにしたこと! それだけじゃない。それを変態に売りつけて、お金にしていたことも! お前みたいなのがいるから、私たちも、私たちの親も、安心して暮らせないんだ! 今ここで、謝罪しろ! 今すぐに!」
私は何回も、変態野郎の顔を叩いた。気づいたら、私の手は変態野郎の醜い顔と同じくらい、赤く腫れ上がっていた。いつの間にか汗だくになってるし。傷つくのが楽じゃないことは知っていたけど、傷つけるのも楽じゃない。変態野郎は蚊の鳴くような声で、「ごめんなさい」「すみませんでした」「もうしません」なんて言っているけど、私は許す気にはならなかった。どうせ口だけだ。こういうのは本当に、刑務所とかに入れられなきゃ分からないんだ。きっと。
背中に冷たい感触が伝う。緑さんが後ろから抱き締めてくれていた。
≪気は済んだ?≫
「……まだまだ言いたいことは沢山ありますけど、そろそろ警察来ますよね?」
≪うん。旗本さん、無事に保護されたみたい。警察の突入も時間の問題かも≫
その情報を聞いて、私はようやく笑顔になれた。
「さ、警察が来ないうちに、私たちも出ましょう」
≪いや、私はここに残る。もう少しだけ、二人には罰を受けてもらわなきゃ≫
「……まだ何かするんですか?」
≪うん! 真白ちゃんはちょっと出ていて。直ぐ終わるから≫
「分かりました。それじゃあ、また後で」
やっぱり、まだ顔が怖い。幽霊ってこういうところあるから、自分から近づきたくないんだよな。もう少しで警察の人たちが来るから、私は一瞬の隙を見て体育館の出入り口から出た。
「紫苑!」
バスタオルに包まれ、泣いている両親に抱き締められている紫苑。私の声に気づいたのか、あの子は真っ先に駆け寄ってきた。そして、痛いくらい抱き締められた。
「真白ちゃん! 怖かったよ、怖かったよぉ……」
「もう大丈夫。大丈夫だからね。今はゆっくり休んで」
こっちもぎゅっと抱き締めると、身体を離す。バスタオルで溢れる涙を拭いながら、あの子はパトカーへと連れて行かれた。紫苑を乗せたパトカーが見えなくなると、今度は赤羽くんと椿さんが来た。
「良かった。本当に」
「うん。赤羽くんもお疲れ様」
「僕は、何も出来なかった。誘拐される旗本さんを黙って見ているだけだった」
「そんなことない。赤羽くんが身体を張って頑張ったから、犯人は捕まろうとしているんだよ。それを言ったら、私なんて一人じゃ何も出来ていない。周りの助けを借りてばかりだから」
≪そうそう。真白ちゃんの言う通り。義人が頑張らなかったら、今頃どうなっていたことか……。あと真白ちゃん、中学生なんだから、まだまだ周りの助けを借りてなんぼなのよ?≫
息子の頭を撫でながら、椿さんが語り掛ける。
「それはそうですけど……」
≪確かに、一人で出来なきゃいけないことは増えてきているけど、こういう緊急事態は大人の力を借りなきゃ駄目。まだまだ正常な判断を下せないんだから≫
「はい……」
≪それに真白ちゃん、私、見逃さなかったよ? 犯人に堂々と立ち向かったところ≫
「え! 見てたんですか?」
「……また母さんが話しかけてるの?」
「うん。赤羽くん、独り言みたいになっちゃってごめん」
「別にいいよ。母さんがいるだけで安心できるから」
「それなら良いけど……」
≪話を戻しましょう。あの時は、篠田さんっていう保護者がいたから、私からは敢えて手を出さなかったけど、一歩間違えたらここにいなかったかもしれないんだよ?≫
見られていたか……。感情的になっていて気づかなかった。
「ごめんなさい……」
≪まあ、一番悪いのはけしかけた篠田さんだけどね。これからはもう少し冷静になってね≫
「はい、すみません……」
≪でも、なんだかんだ言ったけど、お友達の為にここまで動くなんて、凄い勇気が要ることだよね。その点は、真白ちゃんや義人にしか出来ないことだと思う≫
「あ、ありがとうございます!」
≪まあ、義人の場合は、『お友達』の為じゃないのかもしれないけど。あははは!≫
「ちょっと、椿さん、義人くんをからかうのはそれくらいにしてください」
≪そういう貴女も笑ってるじゃない!≫
「……また母さん、僕と旗本さんについて何か言ったの?」
「うん。ちょっとだけ」
「母さん! 傍にいるだろうから言うけど、僕と旗本さんには何も無いからな! ただの友達なんだからな!」
赤羽くんのお陰で、少しだけ心が軽くなったような気がした。本当、男の子って分かりやすい。こんなに暗くても、耳たぶまで真っ赤になっているのが分かる。
「……それよりもさ、井坂さん、今日はありがとう。旗本さんを救ってくれたんだろ?」
「直接ではないけど、まあそんなところ。今回は私も赤羽くんも、町田さんもヒーローだよ」
「そうだね。それじゃあ、僕はこれで」
「うん。おやすみなさい」
≪また何処かで会いましょう!≫
「……はい」
二人と別れた私。警察の人たちは、いよいよ突入しようとしていた。そういえば、緑さんは何をしているんだろう。私は少しだけ、待ってみることにした。
※※※※※
さて、仕上げといきましょうか。今までは真白ちゃんが悪い大人を成敗していたけど、ここからは私の番。場合によっては、子どもには見せられないよ! みたいなことになりそう。大家とチンピラはようやく目を覚ましたみたい。二人で無様に身を縮めている。警察ももうすぐ突入してきそうだし、手短にやっちゃいましょう。
でもこれ、結構エネルギー使うんだよねぇ。成功したことも片手で数えるほどだし。まあ失敗したらしたで、私が疲れるだけだし、そもそもこいつらがお縄にかかるのはほぼ間違いないから良いんだけど。
「立石さん! 警察が来ているみたいですよ!」
「どういうことだよ! スマホとか、電源は切った筈だろ! なんで居場所がバレるんだよ!」
「それが、あの白髪のガキが、幽霊が勝手に電源起動したとかなんとか言って……」
「は? 頭おかしくなったか!? どうせお前、いつものようにスマホの電源つけっぱなしにして車運転してたんだろ!」
「そんな! 確かに電源は切った筈……」
≪うん、大家の言ってることは間違ってないよ!≫
「立石さん、だから言ったでしょ……、え?」
「おい、誰だ。今度は何なんだ!」
≪ご紹介が遅れました。私、今話題の幽霊屋敷に居候させて頂いております、現世での名前は篠田 緑という者です。よろしゅう!≫
そう。私はこうやって、実体として出ることも出来るのだ! この能力は町田くんにも見せていない、本当に特別な能力。多分、これを使えるのは本当にごく少数なんじゃないのかな。私もなんで使えるのかよく分からない。
そんな私の能力を見た二人は、震え上がっていた。
≪そんなに怖がらないで下さいよ。傷つくんだぁ≫
「やめろ! 近づくな!」
≪駄目です。貴方たちには、しっかりと罪を償って頂きますからね。真白ちゃんとの約束です!≫
そして私は二人に抱き着いた。こんなキモい連中に触れるなんて金輪際御免だけど、仕方ない。真白ちゃんとの約束だ。いやあ、それにしても、体温を奪う感覚ってどうしてこんなに気持ちが良いんだろう。
≪ほらほら、涼しいでしょう? もっと涼んでいって下さいな。こんな機会、刑務所に入ってからは絶対にないですよ?≫
「た、助けて……」
≪だから、駄目って言ったじゃないですか。しつこい殿方は嫌われますよ? あ、もう嫌われてるか≫
体温を奪って、二人から離れる。まだ意識はあるみたい。おっと、何やら後ろから大量の足音が聞こえてくる。突入の指示を出したみたい。しかしいくらなんでも遅すぎないか? もう私たちが現場に足を踏み入れてから1時間近く経ってるんだけど。まあいいや。あと少しで、目的は達成される。二人は薄く目を開いている程度で、あと少しで気絶してしまいそうだった。
≪これで最後にしてあげます。ほら、私の顔を見て?≫
「あ、あ……」
≪私、綺麗?≫
二人が私の顔を見る。絶叫して失神したのは、そのすぐ後だった。
泡を吹いた容疑者二人が担架で搬送されている。私はそれを見ながら、悠々と体育館から出る。ああ疲れた。当分、金縛りとか悪戯はできないな。あの二人は、少し手当てしただけじゃ傷は癒えないだろうな、色々な意味で。
警察車両は殆ど撤収してしまっていた。残りの警察官は現場検証の為に、校舎の中へと入っていく。もう夜中なのに大変だな。伸びをして、皆のところに行く。
町田くんは車の中でニュースを聴いていた。まさに、誘拐事件のことを報じていた。
≪良かった。本当に良かった≫
「お疲れ様。今日はゆっくり休め。それと、井坂さん送っていくから」
≪はーい。じゃあ私、真白ちゃんの隣に乗る!≫
後席には、申し訳なさそうにしている真白ちゃんがいた。シートベルトもして、真面目なんだ。私は隣に座る。
≪今日はお疲れ様。よく頑張ったね≫
「緑さんがいなければ、私は何も出来ませんでした。そんなに褒めないで下さい」
≪それはそうかもしれないけど、私、この何日かで真白ちゃんが凄く成長したなって感じたんだ≫
「私が、成長?」
≪うん! 旗本さんの為に、今日は家を飛び出したんじゃない? 助けようとして、体育館の中にも入ったじゃない? 数日前の真白ちゃんにそれが出来たかな?≫
真白ちゃんは自分自身に驚いているようで、目を丸くしながらうんうんと頷いていた。私、のほほんとしているようで、意外と見てるんだぞ? 皆のこと。亡くなって何もやることがないから、観察力がついたのかな。自分でも良く分からないけど、兎に角、私が気になる人は目につきやすくなった。
≪真白ちゃんも、自分の為じゃなくて、誰かの為に動くようになったってことだよ。きっと≫
「美談にしようとしているところ悪いが、お前、中学生をあんな危険な場所に入れたのか?」
≪あ、町田くん。やっぱり聴かれてた? 運転に集中しているものかと……≫
「当たり前だ。お前、何回生きている人間に迷惑かければ気が済むんだ! 下手すりゃ井坂さんも大家に捕まったかもしれないんだぞ!」
≪ごめんなさい……。でも、私だけじゃ救えなかった。警察は動くのが遅すぎるし!≫
「だからと言って、中学生を危険なめに遭わせることはないだろう!」
「町田さん、緑さん! 運転中です! 喧嘩は止めて下さい!」
「……済まない。緑、帰ったら説教だからな」
≪望むところだ! 私、簡単に折れませんから。町田くんは何も分かっていないんだ! あの緊迫した現場を見ていないんだから!≫
「そんなこと言っても、お前がその現場に中学生を連れて行った事実は変わらないんだぞ!」
≪あれは真白ちゃんが進んで行きたいって言ったの! どうして何でもかんでも私のせいにするかなぁ!≫
言い合いが白熱していたけど、隣で真白ちゃんが笑っているのは見逃さなかった。私たちのこと、どんな風に思っているんだろう。「バカだな」なんて思ってくれていたら、嬉しい。車の中は、まだまだ騒がしくなりそうだ。
この話をもちまして、毎週月曜日の更新を一旦終了させて頂きます。第3章は2021年1月より不定期連載となる予定となっております。もうしばしお待ちください。




