救出へ(2)
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私、今何処にいるんだろう。何をしているんだろう。
無理矢理、車に乗せられて、もう何分経つんだろう。
もう叫ぶのも疲れた。暴れるのも疲れた。泣くのも疲れた。何もかも疲れた。だってそんなことしたら殴られるんだもん。今もほっぺたが痛い。何回殴られたんだろう。数えてないや。
これから何をされるかなんて、分かるわけがない。凄く嫌なことをされるんだってことは、はっきりと分かるけど。今はそんなこと、考えたくもない。
誰か助けて。
誰か助けて。
誰か助けて。
誰か助けて。
誰か助けて!
助けてよ!
もう一生分泣いたはずなのに、また涙が零れる。お父さん、お母さん、真白、赤羽くん……。色んな人の顔が浮かんでくる。
お父さんとお母さん、今どんな気持ちなんだろう。真白は心配してくれているかな。私のこと、捜しているのかもしれない。そして赤羽くん、私のこと、必死になって守ってくれた。殴られても、蹴られても、凄い顔して縋っていた。でも、私は男の人から逃げられなかった。
ごめんね、赤羽くん。私がもっと早く行動していれば……。
と、頭に何か当たるような感触がした。真っ暗で何も見えないけど、ろくなものじゃないことは分かる。それにしても、運転が荒い。急にハンドルをきったり、急ブレーキしたり。その度に現実に戻される。怖さも増えてくる。私は差し詰め、出荷される家畜だ。
なんだか運転席で、私を攫った人が何か話しているけど、今の私にとってはどうでも良かった。スマホは没収されたし、声を出したらまた殴られる。今はこうしているしか、ないんだ。でもこうやって聴いていると、この人、凄く怯えてる。私のことについて色々話しているけど、怒鳴り声みたいなのがちらほらする。また車が動く。
私、これからどうなっちゃうんだろう。
※※※※※
結局、私は自宅へ帰っていた。テレビのニュースを観ていても、誘拐事件はない。そりゃそうか。さっき分かったことなんだから。テレビとまな板を交互に見ながら、夕食を作る。
包丁を握る力が強くなる。今まで感じたことのない思いが、野菜を切る力に変わっていく。今の私に何も出来ないことなんか分かってる。出来るのは、無事を祈ることと、このどうしようもない感情を食材にぶつけることだけ。だけど、凄く悔しくて、凄く怖くて、凄く不安。こうしている間にも、紫苑は危ないめに遭っているのかもしれないんだから。早く手掛かりを見つけて、犯人を捕まえて欲しい。そして、犯人には罰を受けて欲しい。
夕飯の支度を終わらせる。まだお父さんとお母さんは帰ってこない。時計を見ると、7時になろうとしていた。テレビでは全国のニュースが終わったみたいで、地元のニュースに切り替わっていた。そんな時、アナウンサーが少し早口でニュースを読み上げる。
『速報です。今日午後4時頃、この地区に住む14歳の女子中学生が、何者かに誘拐される事件が発生しました。警察によりますと、現場は閑静な住宅街で、一緒にいた14歳の男子中学生が、顔や胸を殴られるなどの怪我を負っています。警察は周辺に検問を敷いて、捜査を強化しています。そしてこちらが、男子中学生の証言を基に描いた似顔絵です。容疑者の名前は、金田 敦彦。この顔に見覚えがありましたら、こちらの電話番号にご連絡お願いします。繰り返します、今日午後4時頃、……』
ようやくテレビでも報道してくれた。子どもの誘拐事件になると、対応が早い。容疑者の本名も分かったことだし、これで少しは進展するのかな……。そこに、両親が帰ってきた。二人とも、不安そうな顔をしている。
「ニュース聴いた? この地区で誘拐事件だって」
「うん。紫苑、誘拐されちゃった」
「紫苑って、真白の友達の?」
「うん。クラスメートだった赤羽くんが言ってた」
二人とも相当驚いていた。でも一番不安なのは私だ。今でも頭の中は、紫苑のことで一杯だ。私の友達が、命の危機にあるんだから。
夕食の最中も、テレビから目が離せなかった。食事が喉を通らないけど、無理矢理押し込む。だけど、長くはもたなかった。
「……ごちそうさまでした」
「もういいの?」
「うん。なんか食欲無くて」
テレビを観ても、下らない番組ばかりで、一向に続報が流れてこない。緑さんは何をしているんだろう。もう犯人を見つけて、追い詰めているのかな。
スマホが震える。赤羽くんからだった。
「ごめん、ちょっと部屋行ってる」
「分かったよ」
電気もつけないで自分の部屋に籠る。赤羽くん、こんな時間にどうしたんだろう。メッセージを読む。
『さっき町田さん? から連絡が来た。旗本さんのスマホの位置情報がわかったって!』
ということは、紫苑の場所が分かったってこと? ますます緊張してきた。
『今どこにいるの? 私も行きたい!』
『市立朝露小学校!一昨年廃校になったところ! 道分かる?』
朝露小学校……。あ、思い出した! 去年、紫苑に連れて行ってもらった所だ! 「肝試しやろうよ!」なんて言って、本当は「不登校になった真白ちゃんと、久しぶりに一緒に話したかった」なんて言ってたっけ。懐かしい思い出が蘇るけど、こんなことしている暇はない。直ぐに行かなきゃ!
『うん! 大丈夫! 今から行く!』
『僕も! 町田さんには来るなって言われてるけど』
そりゃそうだ。私たちの出る幕はない。だけどせめて、紫苑の無事な姿は見たい。私はスマホだけ持って、階段を駆け下りる。
「行ってきます!」
「どこ行くの? こんな夜遅くに」
「朝露小学校! 紫苑が見つかったって!」
「ちょっと、待ちなさい!」
あっという間だった。私は走っていた。本当に、ここまで他人の為に動いたことがあるのだろうか。お母さんの声が届かなくなったのは、それから間もなくのことだった。




