点と点が線になる
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ようやく仕事が終わった。月末は色々書類仕事が立て込んでいて本当に嫌になる。今日も肩が凝ってたまらない。
車に乗る。今日は勝手に入り込んでいないようでホッとする。たまに助手席や後部座席に、子どもの幽霊が乗り込んでいることがあるから油断できないんだよな。しかしなんでここは、こんなに幽霊が多いんだ? 地元じゃあまり視なかったのに。
幽霊屋敷、もとい俺の住処に到着。駐車場に、車は停まっていなかった。大家、またパチンコ行ったな? 自然と溜め息が漏れる。ここが幽霊屋敷と騒がれて以来、入居者は続々と去っていった。今や数人ほどしかいない。それなのに大家は毎日のように外出して、高そうな煙草を咥えながら帰ってくる。無理していないか? 心配する柄ではないが、思わずそんなことを思ってしまう時もある。
部屋に入ると、そこには既にあいつがいた。
≪おかえりなさい≫
「ただいま。思ったより早かったな。今日は外出していたんじゃなかったのか?」
≪ついさっき帰ってきたところ。それよりも、今日はいつにもまして疲れてるね≫
あいつにさえも、俺の疲労は伝わっているようだった。あいつ、最近は変に空気を読めるようになったような気がする。幽霊屋敷だって騒がれたからか? 何にせよ、事態が収束するまでこのままでいてほしいものだが……。
「まあな。働いていると色々あるんだ。お前はあの白髪の女の子と会ってきたんだっけ?」
≪うん! いい意味で中学生じゃなかった!≫
「……どういう意味だよ」
≪なんか、常に落ち着いているの。私の話、真剣に聞いてくれるし、冷静にツッコミ入れてきたし。なんか、去年の町田くんを見ているような感じ≫
まあ、あの子も俺と同じく、視慣れているタイプだからな。俺は夕飯の支度をしながら、あいつの話に耳を傾ける。奴はいつにもまして笑顔だった。
≪それでさ、遂になっちゃった! お友達に!≫
「ほお、それは良かったな」
≪あれ? リアクション薄くない?≫
「お前のコミュ力は化け物だからな。その程度で驚かないさ。俺を驚かせたかったら、もっとインパクトのあることをやってくれ」
そうは言ったが、少しだけ嬉しかった。俺以外の人間の友達ができたのは、奴にとってもプラスになると思う。何より、部屋に引き籠る時間が減ってくれるから、近隣とのトラブルの頻度が減ってくれる。トラブルとは言っても、俺が一方的に謝るだけなんだけど。
≪なんだ、つまんない。じゃあ、もっとインパクトのある話してもいい?≫
「どうぞ」
≪……ここからは真剣に聞いて。手を止めて≫
奴の声色が変わったと思うと、急に俺の身体が勝手に動く。そして数秒後には、手に調味料を持ったまま、座椅子に正座していた。正面には奴がいる。さっきとは打って変わって、深刻そうな顔をしていた。
「いきなりどうしたんだよ」
≪まず結論から話すと、これは私の憶測なんだけど、前あった盗撮事件、大元の犯人はあの大家なんじゃないかって思っている≫
「……は?」
何を話すかと思えば、本当にいきなり過ぎて、本当に憶測過ぎて、話の内容について行くのに少し時間がかかった。そんな俺を察してか、奴はさっきよりも表情を崩して話し始める。とはいえ、真顔であることに変わりはない。
≪町田くんは大家に、『下にいる客を追い払ってくれ』ってよく言われるよね≫
「ああ。そうだけど」
≪あれって法則性みたいなものがあって、女の子がいない場合だけ、これを言っていたの≫
「……あ、きっとそうだ。そう言われれば確かに、俺が相手していたのは男ばかりだった!」
ハッとした。幽霊屋敷の騒動以来、観光客が絶えなかった時期があった。特に休日はクソ暑いのに、大家に引っ張り出されることが多かった。あの時、対応していた人たちの顔が少しずつ思い出される。大学生っぽい人、仕事帰りのサラリーマン、そして目立ちたがりの動画配信者。数えたらキリがないけど、どれも男性だった。幸い、誰もが簡単に引き下がってくれたから安心しきっていた。
でも、ここで安心しちゃダメだったんだ。女の子だから変なことを起こさないというのはないし、男だけを追い払う理由がなかったんだ。
≪たまに部活帰りの女の子が、通りすがりにここに立ち寄っている時もあったんだよ。あの事件が起こるまでは。その時、大家は外にこそ出たけど、追い払うことなんてしていなかった≫
「そうだったのか……。でもこれだけじゃ、大家が犯人だって証拠はない」
≪盗撮犯捕まえたじゃん。あの時、スマホのロックを私が解除して、フォルダ見たよね?≫
「そうだな。確か、日付毎に写真やら動画やらが分けられていたような。あれも大家の指示?」
≪これだけだと証拠が薄そうだから、もう少し掘り下げてみる。撮られた写真も変だったんだよ≫
「変って、具体的には?」
≪フォルダの中に入っている写真、怒りに任せてよく見たと思うけど、スカートの中身、だけじゃなかったよね?≫
「……被害者の全体像もあった!」
≪案外記憶力あるね。流石若者。私より10くらい歳下の女の子しかいなかったよね?≫
「……ああ」
あの時のことを思い出してみた。スカートの中身だけじゃなくて、確かに被害者の姿も盗撮されていたんだ。しかも、まだあどけない顔立ちの女の子ばかり。
「井坂さんは、偶然被害に遭ったってわけじゃなかったんだな」
≪うん。なんで中学生くらいの子どもを狙うのかは私も分からないけど≫
「あのさ、俺もちょっと心当たりがあるんだ。大家について」
≪え? 何? なんか犯人になりそうな証拠があるの?≫
奴が真剣な表情で食いついてくる。あくまで仮説の域を出ないかもしれないが、ここは言ってみるしかない。
「幽霊屋敷とみなされてから、退居した人が多いよな?」
≪そうだね。私のせいだけど≫
「大家って、基本的には家賃収入で暮らしているんだよ。退居した人が多ければ、それも少なくなる」
≪まあそうだよね。で、何が言いたいの?≫
「どうして大家はこんな状況になっても、パチンコに毎日のように行けるのかってこと」
≪そういえば。今週はほぼ毎日行ってると思う≫
それは奴も分かっていたみたいでホッとした。更に突っ込んだ話をしてみる。
「どうやって、パチンコ代を捻出しているのか分かった気がするんだ」
≪盗撮と何か関係あるの?≫
「大あり。多分だけど、盗撮で得た写真や動画を誰かに売って、それで稼いでいたんだと思う。あの盗撮犯と大家は繋がっていたんじゃないかって思う」
≪……最低≫
点と点が、徐々に線で繋がってくる。でも、全部が全部、想像の範疇でしかない。これでは信憑性がない。と、駐車場に車が停まる音が聞こえてきた。
≪ちょっと人来たから、ごめん≫
「分かった」
奴が身を隠す。少し冷静になってみると、幽霊と陰謀論を語っているようにさえ感じる。俺は今まで何をやっていたんだと思うが、どうにも内容や今まで起こったことが生々しくて、嘘や机上の空論とも言いづらい。もしもまたこの幽霊屋敷で事件が起こったら……。なんだか急に不安になってきた。
※※※※※
廊下に出ると、大家がいた。なんだか凄く深刻そうな顔をしていて、スマホ片手に自分の部屋へと入っていく。何を話すのだろう。私はこっそり、大家の部屋に入った。まあ、幽霊だからこっそりも何もないんだけど。
後ろをついていく。リビングは綺麗に片付けられていて、テレビと食卓テーブル、そしてパソコンが置かれているだけだった。でも彼はそこ素通りして、寝室へと入っていった。そこで見たのは、信じられないものだった。
パチンコや競馬、エッチな雑誌が雑に積まれていて、何に使うか分からないスマホが複数台、充電器に繋がっていた。そして大家は私の存在に気づくことなく、赤いスマホの電源を入れる。おびただしいほどの通話履歴。そこには消費者金融の名前で登録されていた。この人、パチンコに行っていたけど、生活には全然余裕が無かったのか。家賃収入だけじゃダメだったのかな。
と、今度は別のスマホが光りだす。別の人が連絡してきたみたいだ。大家はこの世の終わりのような顔で電話に出る。消費者金融の電話は無視するのに、この人の電話には出るんだ。ちょっと関係性が怪しそう。名前には『赤石 藤吾』と登録されている。私は内容を聴いてみることにした。
『さっきからずっと電話してるんだけど、何処行ってた?』
「ちょっと、あの……」
『どうせパチンコにでも行ってたんだろ? これで稼げるなら苦労しねえって。で、ブツは手に入ったか?』
「それが、あの事件以来、みんなのガードが固くなってしまって……」
『ふざけんな! 言い訳ばかりしやがって! あいつがいなくなってから、全然稼げてないじゃねえか!』
男の怒声が寝室に響く。あいつっていうのは、件の盗撮犯のことか? 赤石っていう人が主導していたのかな。大家の顔から脂汗が滲む。
『売れるブツ持ってこれなきゃ、お前どうなるか分かってるよな?』
「……」
『自己破産、いや、もっと悲惨なことになるかもな。こっちは住所とか色々押さえてるんだ。その気になれば、何でもするからな?』
「どうか、それだけは……」
『じゃあブツ持ってこい! 女の裸でも、ハメ撮りでもなんでもいい。とにかく市場で売れるものな。2日やる。それまでに送ってこないと、どうなるか分かるな?』
「はい、分かりました。必ず用意します」
そこで、電話は切れた。大家は覚悟を決めたような顔で何か準備を始める。私、とんでもないことを聴いてしまった。やっぱりあの盗撮犯と大家は繋がっていたんだ。一刻も早く伝えたいけど、実行に移していないから、本当かどうか疑われるかもしれない。私は今更ながら、自分の不便さを呪った。
でも、伝えられる相手には伝えなきゃ。先ずは町田くんだ。私はすぐに、彼の部屋へと戻った。




