警告
公園に到着。もう遅いのか、公園に子どもたちの姿は無かった。私はいつものベンチに座ると、ほぼ同時に緑さんが腰掛ける。その間にも、私はどうでもいいことを考えていた。死んだらどうなるのか。緑さんのように、浮遊霊としてこの世を彷徨うのか、はたまた、あっさり天国やら地獄やらに飛ばされるのか。私にとって、死というのはまだまだ先のことだとは思えなかったから。
≪さ、話そうか。何から知りたい?≫
最初は質問に答えたらさっさと帰ってしまおうと思っていたけれど、あともう少しだけ、緑さんと話すことにした。この人には謎が多すぎる。興味を持ったと言えば不謹慎なのかもしれないけど、色々聞かずにはいられなかった。
「……町田さんが視える人だって、なんで分かったんですか?」
≪お? 早速聞いちゃう? 私と町田くんの出会い!≫
「そういうつもりで聴いたわけじゃないですけど、まあそうですね」
≪死んでから1年ちょっと経った頃かな? あのアパートが建ったの。私が一人暮らししていた所と雰囲気が似ていたから、ここに居たいって思ったんだ。で、建ってすぐにここに居着いたってわけ≫
「それって不法侵入じゃないですか」
≪冷静なツッコミをありがとう。でも幽霊だから良いの! さて、あれから1月経ったかな? 町田くんが引っ越してきたの。私は、どうせ視えない人だろうと思ったから、少し悪戯をしてみたのよ≫
「テレビを勝手につけたり、金縛りにかけたり?」
≪流石に金縛りにはかけなかったよ。まず手始めに、水道を勝手に開けてみたんだ。そしたら町田くん、当たり前だけどびっくりしちゃって! その時の顔ったら、今も忘れられない!≫
緑さんが笑っている。心から笑っている。死んでもなお、生きている人のように笑っている。私なんて、生きているのに死んでいる。いつか紫苑が言っていたけど、「浮遊霊っていうのは、現世に未練とか後悔とかを残しているから存在できる」っていうのは、本当のことなのかもしれない。きっとこの人にも、現世で未練があるから、今でもアパートに居候しているんだ。心から笑うっていうのも、現世への未練を少しでも無くすきっかけになるのかな。また私らしくないことを思ってしまった。
「緑さん、死んでも本当に明るいですね。私、そんな幽霊に会うなんてあんまりないです」
≪そうかな? 私の知り合いなんてみんな明るいよ。みんな、亡くなってから変わったんだよ、きっと。私もそう。最初はどうしていいか分からなかったから、ただただ泣いてた。でも、そんなことしても一向に迎えなんて来ないし、何より開き直れた。これから色んなことができるんだって≫
「色んなこと……」
≪幽霊の仲間と一緒に、色々やったよ。誰にも気づかれないからタダで飛行機乗って旅行したこともあった。でも、視える人は見つからなかったなぁ。おっと、話が脱線しちゃった。ごめんごめん。何話してたっけ?≫
「手始めに水道を開けたところまで」
≪そうそう。サンキュー。で、気づいていないと思ったからめっちゃ調子に乗っちゃって、暖房とかテレビとか、もうしっちゃかめっちゃかにやっちゃって≫
ああ、この人ならやりかねないな。でも、気持ちは分かる。だって驚いてくれたら嬉しいから。自分のしたことに反応してくれるのが、どれだけ感動することなのか。普通の人たちには分からないだろう。
「そうだったんですか」
≪お? 真白ちゃん、ようやく笑ってくれた! 私嬉しい! それでね、怖がって逃げるのかと思っていたの。でも、町田くんは違った。「最初から分かっていたんだよ」って≫
「話しかけてくれたんですか?」
≪そう。その言葉を聞いた私、生きた心地しなかったなぁ。あ、もう亡くなってたか!≫
一人でボケてツッコむ緑さん。私とは正反対だ。これじゃどっちが幽霊か分からないよ。
「それから、どうしたんですか?」
≪そりゃもう泣きついたよ。視える人に見つかったら、何されるか分からないから≫
「それで、今のアパートに置いてくれることになったんですね」
≪鋭いな。流石若者。頭の回転が早い。他の人たちに迷惑をかけないという条件付きで、一緒に住むことになったんだ! まあ、結構迷惑かけているけどね≫
「町田さん、心が広いんですね」
≪まあ、彼にも色々あったみたいだし。それこそ真白ちゃんみたいに≫
それから、緑さんはどんどん町田さんとの話をしてくれた。
≪私、居候してしばらく外に出ていなかったの。幽霊屋敷だって騒がれた時かな? 町田くんに言われたの。「お前がいると厄介なことになるから、席を外してくれ」って≫
「凄く最近ですね」
≪だって居心地良かったんだもん。危うく地縛霊になるところだったよ。最初はめんどくさかったけど、今は良かったと思っている≫
「幽霊の仲間に会えたから?」
≪それもあるけど、何より視える人に会えたこと。真白ちゃんと目が合った時、最初はびっくりしたけど、本当に嬉しかった。今でも生きている感じがしたから≫
そう言って、緑さんは私を後ろから抱き締めてくれた。妙な涼しさが身体全体に広がるけど、それがとても心地良かった。
「……私なんかでいいんですか? こんな変わり者なのに」
≪そんなのどうでもいいよ。私にとっては、本当に貴重な人間の友達なんだから!≫
「……あの、いまなんて」
≪聞こえなかった? 友達だよ。私にとっては、本当に久々の人間の友達。真白ちゃんにとっては、きっと初めての幽霊の友達!≫
身体から離れる緑さん。少しだけ、笑顔に照れが混じっているような気がした。私も、自然と笑えてくる。なんだろう、この気持ち。まだ片手で数えるくらいしか会っていないのに。友達ができるっていう感覚をまた味わった。身体は涼しくなったけど、胸が熱くなっている気がした。
そろそろ門限なので、私は緑さんと別れることになった。幸い、私たちが話している間は人がいなかった。外出自粛してくれている人たちに感謝だ。
≪今日はありがとう! また話そう!≫
「機会があればいつでも良いですよ。こちらこそ、ありがとうございました」
私は一礼して、公園から立ち去ろうとした。
≪あ、そうだ! 大事なこと忘れてた!≫
そこに、緑さんが慌てて近づいてくる。私の耳元に顔を近づけて、不安そうな顔で。
「どうしたんですか?」
≪いきなりなんだけどさ、あのアパートには、今後絶対に近づかないで≫
「え……? どうしてですか?」
≪まだ断定はできないけど、とにかく近づかないで。このこと、真白ちゃんの友達にも言っておいて! 分かった?≫
どういうことだろう。さっきまで凄く柔らかい物腰だったのに、急に焦ったような感じになっている。でも、何か良くないことが起ころうとしているのは直感で分かった。私は無言で首を縦に振った。
≪……絶対だよ?≫
「はい。あの子なら、きっと信じてくれると思います」
≪じゃあ、頼んだ!≫
緑さんは、私の前から姿を消した。そして私はすぐに、紫苑へ連絡する。緑さんの言ったことをそのまま伝えれば良いはずだ。フリックする指が少し震えているけど、なんとか送信することができた。
それにしても、なんで警告したんだろうか。心の中にもやもやを収めて、私は帰路につく。空は紫色になっていた。




