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身体が勝手に……

※※※※※


 朝のニュースを観て、私は目を疑った。昨日、紫苑と一緒に行った幽霊屋敷で初めて逮捕された人が出たらしい。しかも罪状は盗撮。ミニバンで護送される容疑者の顔が一瞬だけ映ったけど、まさか……。私はがっくりとうなだれた。

「最悪……。ああもう! 最悪!」

 私以外誰もいないリビングで、思わず叫んでしまった。決めた。もうワンピースは着ない。制服の中にも学校のジャージ履く。本当、男ってろくでもない。こんなことして何が楽しいんだ。スマホを見ると、緑のSNSに通知が入っている。紫苑だった。

『おはよう。ニュース見た?本当にごめん。私のせいで、真白に不快な思いさせちゃって。』

 紫苑もニュースを見ていたらしい。相当気に病んでいるようだったけど、なんで紫苑がこんな思いしなきゃいけないんだ? 悪いのは気が緩んでいた私と、盗撮した変態野郎だ。

『謝らなくていいよ!私も不用心だった。視線は感じていたけど、まさか撮られているなんて思わなくて。』

 送信すると、まだ盗撮犯のニュースをやっていた。しかし何やら、盗撮犯そっちのけで別の話題に進んでいる。アナウンサーの口調に、いつもより力が込められているのが伝わる。

「今からお見せするのは、視聴者が投稿してくれた映像です。こちらをご覧ください」

 そのすぐ後、動画が再生される。私は変態野郎の顔をこれ以上見たくはなかったけど、アナウンサーが緊迫している理由が知りたくて、つい映像を見てしまう。そこに映っていたのは、あの変態が地面に突っ伏している光景だった。転んで起き上がれないのだろうか。ざまぁみろ、なんて思っていたけど、観察してみると様子がおかしい。

 うつ伏せで寝ているし、頭から爪先までぴんと伸びている。野次馬が様子を見るために触ったり、肩を叩いたりしているけれど、微動だにしない。でも視線はあちこちを向いている。何が起きたのかわかっていないような顔をしていた。そして、男の人が取り押さえる。あ、幽霊屋敷の前で観光客を捌いていた人だ。この人が気付いてくれたのかな。

 男の人が何かを問い詰めると、変態の身体の緊張が解けた。そのすぐ後に警察官が数人きて、手錠をかけて連行していく。ここで映像は終わっていた。

「今ご覧頂いたのは、逃走中の容疑者の様子でした。何やら走っている途中で突然動きが止まって、いきなり地面に突っ伏したんです。容疑者はあの幽霊屋敷で、被害を受けた女性を盗撮していた経緯があるんですけど、最近の幽霊騒ぎと何か関係があるのでしょうか?」

 コメンテーターやゲストの芸能人は、少し怪しそうに映像を観ているけど、これはまさに金縛りだ。私も時々、通行人に悪戯をしている幽霊に出会うことがある。冷たい風を起こしたり、肩車をして、通行人に体調不良を起こさせたり。私はそういうのが視えるから、やってくる幽霊はいないけど。今回の事件も、幽霊が金縛りをかけて、変態を足止めしたのかな。だとしても、一体誰が?

 私はいつの間にか私服に着替えて、あのアパートに向かおうとしていた。今回は私一人で行く。紫苑にこれ以上、迷惑はかけたくないから。まだ朝早いから、人通りも少ない。流石に観光客も、この時間にはいないだろう。緑のSNSには、紫苑のメッセージが通知されていた。

『テレビ観てた?』

『うん。』

『あの盗撮犯、凄く不自然な倒れ方していたね。』

『そうだね。普通こんな倒れ方しないよね。』

『まさか、あの幽霊屋敷に住み憑いている幽霊が、怒ってそうしたんじゃない?』

『うん。私もそう思っていたところ。』

 やっぱり、紫苑も同じ考えか。まああの子の場合は、オカルトに関心があるから、こういう考えに辿り着くんだろう。コンビニで謝礼のお菓子を買いながら、やり取りを続けていた。


 駅前に着いた。幽霊屋敷までは、ここから少し歩かなければならない。昨日は紫苑と一緒にいたから道程が苦じゃなかったけど、こうしてみると結構長く感じられる。

 でも、私の額からは冷や汗ばかり出て、少しぐったりしてくる。駄目だ。こんなんじゃ。頭では分かっているのに、何分もベンチでうなだれたまま動くことができない。

「はあ……」

 あそこに行くのが怖い。理由は分かっていた。私がしていることは、殺されかけた人が、もう一度犯行現場に出向くようなものだ。私は被害者なのだ。そんな感情が、今頃沸きあがってくる。身体が震えてきた。


 今日はもう、帰ろうかな……。


 顔を上げる。さっきまでまばらだった駅前だったけど、人の行き来が少しだけ多くなっている。どれだけ時間が経ったんだろう。昨日の今頃はこんなに憂鬱な気持ちじゃなかったのに。とりあえず、何か行動を起こさなきゃ。ベンチから立ち上がると、何かおかしい。両肩に重りを乗せられたような感覚だ。気分が病みすぎて、とうとう身体にまで影響してきたか。こりゃ早く帰った方が良さそうだな。今日は止めて、また後日出直そう。引き返そうと、重い身体を引きずる。


 その時だった。何処かから、女の人の声がしたのだ。

≪おーい。幽霊屋敷、行くんじゃなかったの?≫

 びっくりして、周りを見回す。でも、それらしい人は見当たらない。幽霊が視えないってことは、まさか幻聴? 自然とため息が漏れる。精神科の医師になんて言おう。そうだ。今日は本当に疲れているんだ。こういう日は帰って休むに限る。自宅の方向に足を運ぼうとすると、また肩の周りが重たくなった。誰かに後ろからハグされたかのようだ。

≪ちょっと! 私のことが視えないの? 昨日しっかり目が合ったじゃん!≫

 昨日? それに声も何処か聞き覚えがある。まさか……。私は慌てて駅のトイレに駆け込む。施錠すると、私は呟くように話しかけた。

「昨日、アパートに入っていった方ですよね?」

≪正解! ちょっとホッとした≫

 肩の重みが取れる。そして満足した表情で、私の目の前に現れたのは、女の幽霊だった。昨日の朝、公園で憂鬱そうな顔で私の隣に座ってきた人。あの時と変わらず白いワンピースを着ている。違うのは、私のことを物珍しそうに見ていることだった。

≪どうしたの? 私の住処に行こうとしていたんでしょ?≫

「はい。あの男の人にお礼を言おうと思って。でも、なんか疲れちゃって」

≪そっか。真面目なんだね。お姉さん感動しちゃった! あ、そうだ。名前言ってなかった。私、現世では篠田 緑と呼ばれていました! 今も緑でいいよ!≫

 頼んでもいないのに自己紹介をした緑さん。この人も、椿さんと同じようなタイプなのかな。

「私は、井坂 真白です。呼び方はお好きなように」

≪よろしく! そうだ、真白ちゃん。今からでも遅くないからさ。一緒に幽霊屋敷に行こう!≫

「え? でも……」

≪まあ無理にとは言わないけど。真白ちゃん、相当傷ついて、疲れているみたいだから≫

 そうだ。私は今朝、あの胸糞悪いニュースを観てから、精神的な疲労が半端じゃないのだ。ここまで来れたのも奇跡だ。ここはお言葉に甘えて、引き返そうかな。私はトイレから出ると、今度こそ、自宅に帰ろうと歩き出す、はずだった。


 なぜか、あの幽霊屋敷へと歩いて行っているのだ。


 え? ちょっと待って。なんで? 足が勝手に動いているんだけど。制御できない。そこに、私の背後にいた緑さんの笑い声が聞こえた。

≪ちょっと身体借りるね! やっぱり今日、直接お礼を言うべきだ!≫

「え、勝手に何してるんですか! 止めて下さい!」

≪やだ! 今日は観光客がいない、またとないチャンスなんだよ? 若者よ! 今行かないでいつ行くんだ!≫

 人混みの中、器用に避けながら歩く私。だけど、私の意思では歩いていない。私がいくら頑張っても、歩みが止まらない。仕組みは分からないけど、私、操られているんだ。この幽霊、一体何者なんだ? 珍しく、幽霊を怖いと思えた。



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