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俺以外にも

 駅から歩いて15分。遂に幽霊屋敷に到着した。紫苑は見るからにしてテンションが高い。周辺には休日だからなのか、それなりに人が集まっていた。そこで、男の人が一人、申し訳なさそうに対応しているのが見える。

「すみません。これ以上集まらないでください! 周辺住民の迷惑になりますので!」

 大抵の人たちは写真を数枚撮って帰っていくだけだったが、中には動画投稿SNSに投稿するために、実況じみたことをやっている男性の姿もある。立札には『動画撮影禁止。写真は数枚まで』って書かれているのに。日本語分からないのかな。

「凄い人だかりだね」

「うん。私たちも、写真撮ったら帰ろうか」

「そうだね……」

 紫苑のテンションがみるみるうちに下がっていく。見れば見るほど、普通のアパートだ。やっぱり、幽霊屋敷というのはテレビが作ったありもしないものだったのか。私はそれほど信じていなかったからダメージは少ないけど、紫苑の横顔を見ると、少し心が痛む。あの子はきっと、私を『学校』以外の外に連れ出すために、わざわざ誘ってくれたんだと思う。緊急事態宣言も解除されたし、SNSで文字のやり取りしかできてなかったっていうのもある。

 列の先頭になった。私たちはスマホを向けて、幽霊屋敷を写真に収める。後ろのおっさんの視線が気になるが、気にしたら負けだ。私はいつでも、好奇の目で見られる。

「ごめんね。何の変哲もないアパートで。でもこれが本当の姿なんだよ」

「分かってます。夢を見られただけで、私は幸せですから」

 紫苑が笑顔で、先程から観光客の対応している男の人と話している。私もこうやって、知らない人とも分け隔てなく話したいな。ため息が出る。すると、男の人の後ろを、一人の女性が通った。

「あ……」

「どうしたの? 真白」

「今、女の人がアパートの中に」

 それを聞いた紫苑の目が、輝きを取り戻した。しかし、声は小さい。分かってらっしゃる。

「マジ? あそこに?」

「うん。私のこと、じっと見てる」

 私と目が合った女の人は、呆然としながらそこで立ち尽くしていた。そこに、男の人が血相を変えて割り込んでくる。

「さっきから変なこと言ってるけど、もう制限時間オーバーだよ! 列から離れてください!」

「あ、はい……」

 やむなく私たちは、列から離れた。幸い、後続の人たちには私たちの会話は聞こえていなかったらしく、何事もなかったかのように幽霊屋敷の観覧は再開された。


※※※※※


 おいおいおいおい、嘘だろ? あいつのことが視える人なのかよ。「私のこと、じっと見てる」だって? いや、出鱈目言ってる可能性もゼロではないけど、あんな若いのに真っ白な髪していたし、きっと変わった人っていうのは間違いない。とんでもないこと言ってたもんだから、つい動揺しちゃったよ。今も冷汗が止まらない。

 俺、視える人だから、あの女の子にヒットマーク出しちゃったかな……。でもここはなんとしても、意地でも、幽霊屋敷ではないことを伝えてお客さんに帰ってもらわねばならない。そんな時、緑が俺のもとへ寄ってきた。

≪やばい。視られた。あの視線は本物だよ。水治くん以来だよこんなの≫

 水治くん以来? そんな怪奇現象がぽんぽこ起こってたまるか! 俺は緑を無視して客を捌く。そんな俺の態度に納得がいかなかったのか、奴はまた話し始めた。

≪ねえ。あそこにマナー違反のお客さんがいるんだけど。これにも耳を貸さない気?≫

 列から離れても、まだスマホでアパートを撮っている中年男。確か、あの女の子の後ろにいたよな? だとしたら、もう30分近くここにいることになる。どんだけだよ。流石にこれは駄目だ。俺は男に注意を呼びかけようと、一旦列から離れる。

「あの、すみません。申し訳ないんですけど、もうここで写真撮るのは止めて頂けませんか? 近隣住民の迷惑になりますし」

「あ、ああ。すみません」

 やっとわかってくれたのか、スマホをポケットに入れる。すると、緑がまたも、俺に耳打ちしてきた。お前の声なんて誰にも聞こえないから、もっと大きな声で話せばいいのに。

≪あ、そうそう。このエロ親父、女の子のこともスマホで撮ってたよ。列に並んでいる間≫

「……マジ?」

≪うん。私が見たから間違いない。なんか適当に言い訳して、フォルダ見せてもらえば?≫

 女の子の何を撮っていたかというのは容易に想像がつく。緑も男を見下すような眼差しを向けていた。確かにこの男、さっきまで執拗なほど写真を撮っていたのに、俺の要求にはすんなり応じた。まるで何かを隠したがっているように。俺は意を決して、帰ろうとしている男に話しかけた。

「あの、すみません」

「はい。まだ何か?」

「さっきの写真なんですけど、住民が写っている可能性があります。何の関係もない人を撮影すると、プライバシーに関わる可能性があります。私の方で確認しますので、一度スマホを見せて頂けませんか?」

 俺はあくまでも落ち着いた態度で対応する。こうしているうちにも、男の顔から笑顔が消えていくのがわかった。なるほど、これはクロだな。俺は確信した。

「見せて頂けないのであれば、それ相応のことを致しますが……」

 なんとか穏便に済ませようと説明していたが、男は急に走って逃げだした。やっぱりな。この変態野郎。俺はほぼ同時に走り出す。

「待て!」

 男は人通りの多いスポットへ、身を隠すように走っていった。人混みを縫うように追いかけるのはなかなか気を遣う。しかし奴はもう目と鼻の先だ。そう思っていた。

 奴は地下鉄の駅へ逃げようと、階段を駆け下りていた。俺もそうしようと下りていったが、捕まえる目前で、足を踏み外してしまった。

「あぁ!」

 間抜けな声が、階段周辺に響く。そのまま階段の角に尻もちをついた。骨は折れていないけど、立つのに少し時間がかかってしまった。それに案外痛い。このままじゃ奴を取り逃がしてしまう。俺の視界から、奴がどんどん小さくなっていく。

 これまでか。まあ落ち着いたら警察に出向いて、情報提供でもしよう。そう思っていた矢先、緑が俺の目の前に現れた。相変わらず余裕の表情を浮かべていて、俺のことを小馬鹿にするように笑っている。

「笑いたきゃ笑え」

≪凄く勇敢だったね、水治くん。あとは私に任せて≫

 どういう意味だ? 俺は身体を引きずりながら、緑について行く。少し歩くと、改札前に人だかりができていた。みんな一斉にスマホを向けて、不思議そうな表情でいる。一体何が起こっているんだ?

「すみません、ちょっと通して……」

 最前列に来た俺は、言葉を失った。あの男が、わけがわからないと言わんばかりの表情で、身体を硬直させて地面に突っ伏していたのだ。立たせて、腕を動かそうとしても全く動かない。身体が麻痺したんじゃないかと疑うくらいだ。あ、そうだ。スマホ確認しなきゃ。

「暗証番号は?」

「教える、もんか!」

 どうやら口は動くらしい。最後まで意地を張っているようだった。どのみち、このまま警察の世話になるんだろう。そう思っていると、再び男の声が聞こえた。

「……3」

「ん?」

「1、9、0、3」

「1903だな?」

「なんで、口が勝手に……」

 男の言った通りに暗証番号を打ち込む。ホーム画面が出てきた。写真のフォルダを見ると、そこにはうちのアパートの写真に混じって、女性のスカートの中を盗撮している写真が十数枚出てきたのだ。ご丁寧に日付ごとに整理されていて、今日は3枚、昨日は2枚。奴の狙いは、幽霊屋敷なんかじゃなかった。盗撮の常習犯だったのだ。俺は殴りたくなる気持ちを抑えて、警察に身柄を引き渡した。


 夕方、俺はぐったりとしていた。今日は一日、色々なことがありすぎた。

≪ほら、そこの尻もち男子! ボロ雑巾みたいになっていないで、私に感謝すること。金縛りも、たまには役に立つでしょ?≫

「そうだな。というかパスワードはどうやって吐かせた」

≪それは内緒。乙女は秘密が多い方がそそられるでしょ?≫

 何言ってるんだこいつは。呆れるのを通り越して、なんだか笑えてくる。でも今回は正直、緑がいないと駄目だったかもしれない。初めてこいつの能力が役に立ったような気がしたから。

「……ありがとうな」

≪それだけ? お供え物、豪華にしてもいいんだよ?≫

「俺がいつお前にお供え物なんてやったよ」

≪ない。それにしても薄情なんだ。いつも私のこと邪険に扱ってさ≫

「普通の人なら、こんな邪険に扱う前に除霊を頼むさ。ここに留まらせてくれるだけマシだろ?」

≪うーん、それもそっか。ありがと≫

 そう言うと、緑は満足げに消えていった。今日も消えるのが早い。そして俺の言うことを聞いてくれている。あの女の子に見つかるまでは黙ってくれていたし。余程除霊されるのが嫌なのか。変わった奴だな。今更だけど。

 あ、そういえばあの女の子、本当に緑のことが視えるんだろうか。そんな疑問を頭の片隅に残して、俺の瞼はゆっくりと閉じていった。



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