再会
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また朝早く起きてしまった。でも今日は、珍しく悪夢を見なかった。何か緊張してしまって、少し落ち着かない。紫苑から外出に誘われるなんて初めてだから。
白いワンピースに袖を通して、日課の散歩に出掛ける。この服で、紫苑は笑ったりしないだろうか。人前で私服を着るっていうのをあまりやっていなかったから、肩に力が入ってしまう。精神科への通院なんて、こんな格好で行かない。
公園に着く。7月までは椿さんがいて、ここでたまに話していたんだけど、8月になるとめっきり会わなくなってしまった。きっと、赤羽くんの家にいるんだろう。帰省ってやつだろうか。≪お盆過ぎたらまた戻ってくる≫なんて言っていたから。そんなことを思っていると、私の隣に女の人が座ってきた。
私と同じ、白いワンピースに身を包んでいる、大人な女性。黒髪を揺らして、悲しげに俯いている。私は念のため、小指のつけねを見る。あ、この人、幽霊だ。あまり関わらないでおこう。そう思ってベンチから離れようとすると、幽霊が数名、こちらに寄ってきた。
≪おはよう! 昨日何していたの?≫
≪ねえ聞いてよ! 最近さあ……≫
どうやらここは、幽霊たちが井戸端会議をする場になっているようだ。しかしここに集まっている幽霊たちは、私よりちょっと年上くらいの人たちばかりだ。こんな若いのに……。もしかしたら、私もここに加わっていたのかもしれない。左手首についた傷が、そう語りかけるように痺れていた。結構深くやっちゃったからなあ……。今でも手首を振ったり、無理に力を入れると痛くなったり痺れたりする。整形外科の定期受診いつだったっけ……。『学校』に通い始めてから、私の頭の中は、今や『学校』と病院でいっぱいだった。それと、夕飯の献立も。
あっという間に時は過ぎ、私は待ち合わせ場所にいた。とはいっても、待ち合わせ時間の15分も前だ。念のためマスクを着けてきたけど、人通りを眺めてみると、マスクをしている人が少なくなっているのが分かった。これがテレビで言われている、『気の緩み』ってものなのかな。中にはカップルでべったりくっついている人もいるし。自粛期間でくっつけなかったのは分かるけど……。
私は、生きている間にこういうことができるのだろうか。ここまでべたべたしなくていいから、もっと、こう、なんて言うんだろう。大人のお付き合い、というか……。
「やっほー! 久し振り!」
「ひゃぁ!」
いきなり声を掛けられて、思わず変な声が出た。顔を上げると、そこには何も変わっていない紫苑がいた。勿論、いい意味で。
「びっくりした? 大丈夫? 凄く険しい顔していたけど」
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
「めっちゃ会いたかったんだよ? 学校来なくなって、フリースクール通い始めてから全然会えてなかったんだから!」
そう言うと、紫苑は私に抱き着いた。
「ちょっと、ここ人いっぱいいるんだよ? 恥ずかしいよ……」
「そんなの構わない! 本当に、寂しかったんだよ……?」
声が震えている。私と会って、こんなに嬉しがっている人は初めてだ。こういうのを、友達、っていうのかな? 悪い気はしなかったので、私は紫苑の背中に腕を回した。短い腕だから、しっかり抱き締められないけど許してね。こういうことするの慣れていないけど、許してね。
幽霊屋敷に行く前に、私たちはコーヒーショップでコーヒーを買った。このご時世なのかテイクアウトしかやっていなかったので、駅のベンチに座って飲むことにする。
「ねえ、幽霊屋敷って、どんな感じなの?」
「見た目とか?」
「そんなところ。私、何も知らないから」
「SNSに写真が上がっているはず……、あった。これ」
青いSNSアプリを開いた紫苑は、私に1枚の写真を見せてきた。これが、幽霊屋敷? 何の変哲もない、新しめのアパートにしか見えない。顔をしかめた私に、紫苑が気づいたようだった。
「今、疑ったでしょ?」
「そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「見た目は本当に普通なんだけど、ここで色んな現象が起こっているんだって。今からワクワクしてるんだ!」
「そっか。でも、そこに住んでいる人に迷惑はかけないでね? いっぱい写真撮ったり、無断で家に入ったり」
「私がそんなことする人に見える? 大丈夫。いくら私の好きな話題でも、一線は越えないから!」
自信満々に言い放つ紫苑。去年もこんな感じで、私に話しかけてくれたんだよな。ミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら、しばらくは取り留めのない雑談を楽しんだ。こういう機会、いつもあるわけじゃないし、またいつあるか分からないから。
「フリースクールに通ってから、真白は何か新しくやっていることとかある?」
「そうだな……。勉強することかな? 色々」
「お、真面目! どうして?」
「学校行かなくなって、勉強についていけなくなっちゃって。フリースクールに入ってから慌てて勉強してるの。でも、やってるうちに楽しくなってきて。今でも大変なことの方が多いけど」
「へぇ! そうなんだ。でも私もわかる気がする。私も色んなこと勉強したいもん!」
「え? 紫苑、頭良いのにまだ勉強したいことあるんだ」
「学校の勉強だけじゃないよ。例えば、野球観戦。ただ打った抑えたって観ているだけでも楽しいんだけど、ルールを勉強して観てみると、もっと楽しめるよ!」
「そうなんだ! 紫苑は本当に勉強熱心なんだね」
「えっへん! そして今回の幽霊屋敷訪問も、勉強のために行くのです! 勿論、真白と一緒に何処かに行きたいなとも思っていたよ」
紫苑はコーヒーを飲み終えていて、ベンチから立ち上がる。私も慌てて飲んで、紫苑について行く。一緒に行くところがそういう場所っていうのも紫苑らしい。あの子の探究心は何処から出てくるのだろうか。意気揚々と腕を振って幽霊屋敷へと向かっていく紫苑の背中を見て、そんなことを思った。




