私は、ちょっと変なのだ。
また、あの夢を見た。
デジタル時計の表示は午前4時。それなのに私は、汗だくになりながら、胸を押さえて、あの忌まわしい夢をかき消そうとしていた。思い出す度に息が苦しくなって、泣きたくなってくる。
父と母の寝室をこっそり通り過ぎて、シャワーを浴びる。まとわりつく汗が気持ち悪い。いや、原因はそれだけではない。私の背中に何かがくっついて離れない感覚が、起きてからずっと続いているのだ。靄がかかったような鏡を手で拭う。そこには確かに、私がいた。そして、もう一人。
「いい加減、私から離れろ。この変態」
≪やっぱりばれてたか。ほなさいなら≫
私の傍を離れず、風呂場に入ってもくっついてきた禿げた親父。奴は謝罪する気など欠片も見せず、私の元から消えていった。私の裸など見て何が楽しいのか。男という生き物は理解できない。さて、ようやく一人になったけど、全然落ち着かない。当たり前だ。鏡を見る度に、自分自身が嫌になる。真っ白な髪、毎日が寝不足で、深く刻まれた隈。しかし、今日は『学校』に行かなければならない。さっきの親父のせいで、ますます憂鬱だ。
私、井坂 真白は、ちょっとおかしいのだ。
少しだけさっぱりしたから、日課の散歩に出かける。この時間帯は人通りが殆ど無いから、個人的には一番落ち着ける。散歩から帰ったら、どうせ『学校』に行かなければならないので、もう制服に袖を通している。今日は時折ひんやりとした風が吹いてくるので、夏服だと少し肌寒いくらいだ。
いつもの公園に到着。ここで少し休憩してから家に戻るのがお約束だ。本来ならばラジオ体操の準備で、近所のおじいちゃんおばあちゃんが来ている筈なんだけど、この日はいない。あ、そういえばニュースで、感染症が流行っているから不要不急の外出は避けるように言われていたんだっけ。でも私には関係ない。外出したとしても、どうせ自宅と『学校』の往復だ。
一人でブランコを漕いでいると、私に近付いてくる人がいる。いや、人かどうか判断するのはまだ早い。ここはいつものように、敢えて無視することにする。逃げるようにベンチへと歩いていく。
≪ねえ君。いつもここにいるね≫
「……」
≪制服可愛いね。近所の学校だね?≫
「……」
≪あれ? 無視? 酷いな。どうせ視えてる癖に≫
私は許可なく隣に座ってきたおっさんを、軽蔑の気持ちを込めて無視する。でも、確認は怠らなった。少しして、確認を終える。やっぱり、普通の人ではなかった。小指のつけねを見れば分かる。
≪君、名前なんて言うの? 良かったら僕と……≫
「あんたみたいな幽霊となんて、死んでも仲良くなるもんか! あんたみたいなのが視えているから、私の人生真っ暗になったんだ。とっとと失せろ! この変態! ロリコン!」
一喝すると、おっさんは無言で睨みつけて、そのまま消えていった。冷静になってみると、私、また頭おかしいことしたな……。誰もいない公園で、幽霊だなんだ言って大声で喚き散らしたんだから。
私は、幽霊が視える。幽霊と話せる。そのせいで、学校の居場所が無くなったのだ。