赤い死神と大国皇太子 誓約書に署名させられる
「お姉さま」
「クリス」
馬車がついてクリスは本陣にジャンヌを訪ねた。
「しかし、中央師団の大隊を降ろしたことと言い、ホーエンガウ城の無血開城と言い、お手柄だな」
「お姉さまの魔導中隊戦との特殊部隊戦に比べれば全然ですわ」
クリスが謙遜する。
「ここからは私がやる。ここまでご苦労だったな」
ジャンヌがこれ以上クリスを危険な目に会わせたくないと言い切った。
「何をおっしゃるんですか!
ドラフォードの皇太子殿下と同じことを言われるんですね」
クリスが不機嫌そうに言う。
「何、私のどこがあの陰険皇太子と同じなのだ」
ジャンヌがクリスの思い通りに引っかかる。
「殿下も私が役立たずだから後方で待機しろとおっしゃいましたから」
いや、危険だから後方にいてほしいって思ったんじゃ無いのかと横にいたウィルは思ったが、
「いや、役立たずとは思っていないぞ」
慌ててジャンヌは言う。
「じゃあ、私も王弟殿下のところに参ります」
クリスが申し出た。
「乗り掛かった舟です。
ホーエンガウ城の皆さんに王弟殿下を無事に返したいんです」
クリスがニコッとして言った。
「でも、クリス王弟は反逆だぞ」
言い辛そうにジャンヌが言う。
「確かにジャンヌお姉さまのおっしゃる通り、反逆は大罪です。
しかし、人殺しも大罪なのでは無いですか?
私、王弟殿下の母上エイミー様が亡くなった件については本来殺人罪が適用されてしかるべきだと思います」
昔の事を持ち出してクリスが言う。
「そんな昔の事を持ち出されても困るだろう」
「困るのは王家と私のミハイル家だけですが」
クリスがあくまでも拘る。
「ミハイル家は別に謹慎でも何にも困りません。
お父様が出仕しなくて困るのは王家の皆様のようですし、国外追放させられたら、何処かの国に拾っていただけるとは思いますので」
何か不穏な事しか言っていないクリスを見てジャンヌはため息をついた。
「ああ、判ったクリス。何を望む」
「エイミー様殺害事件の真相と王弟殿下の再生の機会を」
クリスが言い切る。
「何故お前がそれを求める。お前も王弟に殺されかけただろう?」
訝し気にジャンヌが聞く。
「ホーエンガウの城には王弟殿下に殉じようと500名もの方々がいらっしゃいました。
極悪人に500人もの方が命を預けないです」
クリスは理想を言う。
「私はその人たちに約束したのです。王弟殿下を必ず無事に皆さんの元に帰すと」
クリスが宣言した。
「えっ、そんな勝手な約束をしたのか」
ジャンヌが驚いて聞いた。
「申し訳ありません。
処罰ならばいかようにもお受けいたします。
国外追放ならば即座にお受けいたします。」
あっさりとクリスは何でもないように言い切った。
「・・・・・・」
ジャンヌは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
クリスの周りからジャンヌに冷たい視線がブンブンぶつかってくる。
特にクリスの弟からの視線が怖かった。
「判った。前向きに考えよう」
ぼそりとジャンヌが言う。
「ありがとうございます。殿下」
嬉しそうにクリスが言った。
文句たらたらの顔をしたジャンヌがいた。
こんな事がしれたら、あとで司法長官のブリエントや王妃から何を言われるか判ったものでは無かった。
そのはるか後ろでは突っ伏して涙にむせるホーエンガウからただ一人ついて来たゴードンがいた。
彼はただひたすら泣いていた。
そしてその軍のはるか後ろに、頬を腫らしたアレクと呆然としているオーウェンがいた。
「何も殴らなくても良いのではないか。こちらは何も知らなかったのに。」
アレクは二度と何もしないよう皇帝に念押しし、自軍にも再度2度と手を出さないように念押ししたあと、やっと追いついたのに、
「貴様、責任とって殴らせろ」と周りが止める間もなく思いっきりジャンヌに殴られていたのだ。
「クリスはひどい。せっかく徹夜で追いついたのに、
前線は危険だからって注意しただけなのに、傍に寄らせてくれない…」
二人はうじうじと愚痴を言い合っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ、どうされたのですかな、お二人とも振られましたか」
笑ってジャルカは言う。
「そんなに笑いたいんですか。あっちに行ってください」
アレクが言う。
「なんと冷たい。あなた方が、姫様方にメチャクチャ感謝される案をお持ちしましたのに」
「どのみちろくでもない案なのだろう」
アレクは受け付けない。
「そうですか。じゃあウィル殿とアルバート殿にでも振りますかな」
ジャルカは他に行こうとした。
「ちょっと待った。その案とやらをお話しいただきたい」
「私も聞こう」
二人の名を出した途端にアレクとオーウェンは食いついた。
「いやしかし、ろくでもない案だとおっしゃいましたな」
ジャルカがいじわるそうに言う。
「あの二人で出来るなら私の方が良いだろう」
「そうだ。剣の腕は私の方が上のはずだ」
二人が慌てて言う。
「でも、他国の皇太子殿下を危険にさらすわけには」
ジャルカが言いよどむ。
「ふんっそんな危険なことなど戦場に比べればましだ」
「暴風王女の側にいる事に比べたらましだ」
二人はそれぞれ言い合って無理やりその役を取った形になった。
そして、
ジャルカ様が危険だからやめろと言われましたが、無理を言って譲っていただきました。
何があっても責任は自分で取ります。
という内容の誓約書まで書かされていた。








