クリスは大国の騎士を自分の部下にします
オーウェンは結局翌朝早く王宮を出発した。
クリスの姿を見る事も無く。
挨拶することも無かった。
一方クリスはそれからの5日間も怒涛の如くスケジュールを入れられて、大変だった。
軍部のいろんな人に紹介されて、自分の戦いの事をどれだけ知っているか聞かれたり、訓練を見学させられたりした。
お茶会にも母ともども何度も呼ばれたし、王立学院の見学にもガーネットと一緒に駆り出されたりした。
どこでもクリスは人気者だった。
女の子の関心は皇太子との恋愛がどこまで進んでいるのかが大きかったが・・・・
侍女たちとも仲良くなり、侍女の息子の面倒を見た等の噂が本当かとかよく聞かれた。
残り5日間の滞在が終わり、クリスは皆に惜しまれながらマーマレードへの帰途に就いた。
皇太后らには無理やり次のクリスマス休暇の訪問を約束させられたりしていたが…・
オーウェンにお別れの挨拶が出来なかったのが、唯一の心残りだった。
馬車の中からはイエーナの街並みが見えた。
オーウェンに連れて行ってもらった広場の傍を馬車は通った。
生まれて初めて市井に遊びに行けて楽しかったなとクリスは思い出していた。
生まれて初めてクレープなるものも食べられたし、食べ歩きもした。
冗談交じりに跪いて手を差し出すオーエンの姿を思い出していた。
でも、最後は手を差し出してくれたオーウェンを振り切ってしまった。
マーマレードの学園の3年生の1学期はエドに無視されてとても寂しかった。
でも、いつも勉強しているオーウェンが傍にいた。
今よく思い出してみるとそのオーウェンがいたからやって来れたという面もあった。
でも、そのオーウェンも来学期はいない。
そう考えると無性にクリスは悲しくなった。
涙が一筋、落ちてきた。
「姉様」
ウィルは慌ててクリスを見た。
オーウェンと何かあったのは判っていた。
でも、姉が泣くなんて。
「ううん、何でもないわ」
クリスが慌てて涙を拭いて笑った。
「姉様。誰かが姉様を泣かしたのならただではおかないけど。」
ウィルが剣に手をかけて言う。
「ううん、今回悪いのは私なの。オウは何も悪くないわ」
クリスが思わず言う。
シャーロットはウイルを見て首を振った。
ウィルはどうしていいかは判らなかったが、
オーウェンが必死に姉にアプローチしているのは知っていた。
それを姉が断ったのは当然だとは思っていたが、姉が悲しいのならば、また話は別だった。
姉がもしオーウェンを選ぶのならば、その時は諦めよう、
この時ウイルは心に誓った。
馬車の中は静かだった。
クリスは車窓から近衛の中に知っている顔を見つけた。
近衛の中でも優秀と言われているアルバート・バーミンガムがわざわざ送りの部隊の中にいるなんて。クリスは公爵の好意を感じた。
近衛隊に送られて、ハイリンゲンの港街に帰ってきた。
侯爵家の船の前で別れる時に、アルバート・バーミンガムが一人クリスの前に進み出た。
代表で挨拶するのだろうとクリスは思ったのだが、
いきなりクリスの前に跪いてクリスを驚かせた。
「アルバート・バーミンガムはここに、クリスティーナ・ミハイル様に永遠の忠誠を捧げる事を誓います」
と突然騎士の誓いを立てたのだ。
「えっ何をおっしゃっていらっしゃるの?」
クリスは驚いた。というか訳が判らなかった。
だってアルバートはドラフォード軍の中でも前途洋々の若者だ。
それがマーマレードの一侯爵令嬢の騎士になるなどあり得なかった。
「今より、クリス様の騎士になりました。」
アルバートがしれっと言う。
「おい、姉様の騎士は俺だけだぞ」
ウィルが横から言う。
「ウィリアム殿は軍属の身、なかなかクリス様の側にはいらっしゃれまい。これからは私が学園でもクリス様に添わせていただきます。」
「あなた、ドラフォードの近衛騎士でしょ」
クリスが言う。
「なんで私につくの?」
「失礼ながら最初お会いした時は、こんな小娘に父は誑かされてと、耄碌したなと思いました。でも、お話ししているうちに、私でも存じ上げない自国の戦いの事をすらすら話されてドラフォードの誇る将軍たちを魅了された事に驚きました。そして、マーマレードにて、兵士や侍女たちになされたことに、その努力していらっしゃることに感動した次第です。
私の忠誠を捧げる人はあなたしかいないと」
「一介の侯爵の娘に、それも婚約破棄されて今後どこも行く予定はないのよ。ドラフォードの皇太子殿下とも何もないのよ。単なる行き遅れの娘の騎士になってどうするの?」
現実をクリスがはっきりと言う。
「それは単にマーマレードの皇太子に見る目がなかっただけで、
ドラフォードの皇太子があなたに気に入られなかったら、ドラフォードもそれまでの国。
あなた様が今後なされる事のお手伝いが出来たら騎士として、騎士冥利に尽きます」
「例えあなたがそう思ったとしてもよ。私は全然思わないけれど、あなたはドラフォードの王族に忠誠を誓って騎士になったんでしょう。それはどうなの」
「私は騎士の誓いは戦神シャラザールに忠誠を誓ったのであってドラフォード王国に忠誠は誓っておりません」
「でもそれは建前でしょ」
「建前という事でしたらドラフォードの皇太后さまから、クリス様の騎士になるお許しをいただきました。そもそも、我が公爵家は父がクリス様に忠誠を誓わせていただいております。父と皇太后さまの命により、クリス様に添わせていただくことになりました。
更には既にミハイル侯爵様の許可も得ています。」
アルバートは次々に決まった事を述べていく。
「いや、でも、」
クリスは途方に暮れた。
皇太后と公爵が決めていて、それも父もすでに認めている。
外堀は全て埋められていた。
「既に王立学園の入学の許可も頂いております。
赤い死神には勝てないかもしれませんが、それなりの力はあります。」
アルバートは更に言いつのる。
「クリス、お父様もうちは侯爵家でしかないから公爵家の方を護衛などにできないとお断りなされたのだけれど、どうしてもという事で認められたの。だからクリスあなたももう認めてあげるしかないわ」
シャーロットがダメ押しの言葉を添える。
クリスの前にもう一度アルバートは跪く。
「クリス様、ご承認を」
アルバートは下から真摯な視線をクリスに向ける。
「判りました。アルバート・バーミンガムを私の騎士として認めます。」
クリスはアルバートの手を取った。
「でも、いやになったらいつでもやめて良いからね」
「申し訳ありませんが、既にクリス様の騎士となりました。今後は行かれるところはどこへでも、たとえ地獄まででもお供します」
アルバートはクリスの初めての専属騎士となった。
それをウィルは嫌そうに見ていたが何も言えなかった。








