シャラザールは王妃を恐れて現れずクリスは部下を褒めまくりました
「も、申し訳ありません」
慌てて蒼白になったアレクが平伏した。
クリスに戦神が憑依していることを知らない母親連中はアレクが平伏したことに目を剥いていた。未だ嘗て傲岸不遜なアレクが平伏したなんて聞いたことがない。
あの赤い死神が平伏している・・・・・・・
それは何も知らない者にとって驚愕以外の何物でもなかった。
「おい、オコト、あの赤い死神が平伏しているぞ」
チャドウィックは側近に目を剥いて呟いていた。
オコトにしても傲岸不遜な赤い死神が何故自らが筆頭魔導師をせずに外務卿なんて部下を演じているのか理解していなかった。
赤い死神は筆頭魔導師を恐れているのか。
ならばクリスに婚姻を申し込むことはサウス国にとってとんでもないプラスになる。
馬鹿なチャドウィックに任せるのではなくてもっと真面目に考えたほうが良いのではないか。オコトは必死に考えだした。そして、チャドウィックへの監視が緩んだ。その事をオコトは後で大変後悔することになる。
「どうされたんですか。アレク様。平伏なんかして。たかだかシャンパンがかかっただけではないですか。私は全然平気ですよ」
クリスがヘラヘラ笑って言った。
「えっ?」
おかしい。絶対にシャラザールが怒って出てくるはずなのに。ボフミエの連中は不審がった。
「クリス。着替えに行こう」
慌ててオーウェンが立ち上がって言う。
「オウ。大げさです。たかだかシャンパンが少しかかっただけじゃないですか」
そこにはハイテンションなクリスがいた。
「えっ、クリス様大丈夫ですか」
不審に思ってアレクが聞く。
「だから全然問題ないですよ」
クリスが笑って言う。
そしてその前には興味津々とクリスを見るエリザベスがいた。
そうか、エリザベス王妃は前世がシャラザールの教育係だった。
アレクは気づいた。シャラザールはエリザベスの前には出てきたくないのだ。
「それよりもオリビアおばさま」
クリスの視線がいきなり女王に向かった。
「せっかくアメリアお姉さまにいい人が出来たのに、認めないなんて酷いじゃないですか」
扱いにくいオリビアにクリスの文句が炸裂して一同ヒヤッとした。特にキャロラインとエリザベスは絶句した。
「しかし、クリス、ヘルマンは罪人の息子だぞ」
オリビアが反論する。
「何おっしゃっているんですか。親の罪を子供が背負わなければならないなんて法はどこにも存在しません」
「そうは言ってもだなクリス」
「私、マーマレードの王弟殿下に言われたんです。貴様は母エイミーの仇のエルフリーダ前王妃の血縁だから許さないって。女王陛下は私が悪いと思われますか」
「いや、それはそうは思わんが」
「そうでしょう。その時は私はまだ影も形もなかったですから。
テレーゼの法に女王の王配の条件にその父親が清廉潔白である必要性は書かれていないですよね」
「それはそうだが・・・・」
「ひょっとしてヘルマン様が今は平民だからですか」
「いやまあ、それもある」
うるさい貴族がいるのは事実だった。
「しかし、平民を王配にするのを禁ずるなどという法はありません。だってそもそもシャラザール様ご自身が平民出身でいらっしゃいますから。すなわちシャラザール3国の王族はもともと平民です。それを禁じれるわけはないんですから」
言うや、クリスはヘラヘラ笑った。
さすが天下無敵のクリスだとジャンヌは感心した。自分なら絶対に叔母にはその言葉は言えない。
「クリス、あなた飲みすぎではなくて」
シャーロットが横から口を出した。
「そうですね。この国に来て初めてアルコールを飲んだのかもしれません。いつもは皆さんに飲ましてもらえませんから」
周りからしたらシャラザールがその度に来臨したらたまったものではないのだが、アルコール慣れしていないからかクリスが酔い易いのも事実だった。
「最後に一つだけご親族の皆様にお話しておくことがございます。ここに働いていらっしゃる皆様は誰ひとりとして親の七光りで今の地位にいらっしゃる人はいないということを。
例えばヘルマン様は、王子ではなくなっても自棄になることはなく、このボフミエのために一生懸命に頑張って頂いているんです。オウの無理難題にも文句を言いながらきっちりとこなしてくれていますし、並み居る個性的な大国の皇太子連中の強引な意見を上手く、まとめて頂いております。下にも個性的な人間が多くいる内務をうまい具合にまとめていただいているんです。今は内務次官を務めていただいておりますが、我が国には絶対的なスペシャリストのオウがいるから仕方がないんです。他国では十二分に内務卿の仕事を務めて頂ける人材だと自負しております」
クリスの言葉にヘルマンは呆然とした。今までクリスには意地悪もした。クリスの誘拐犯の息子だ。それをシャラザール3国の要人の前でここまで褒めてくれるとは思ってもいなかった。
「アメリアお姉さまも今のボフミエになくてはならない人です。最初はわがまま皇太子だって言う人もいてどうなることかと心配したんですけど、今は教育卿として国民の皆さんのお話をきちんと聞いて精力的に各地を回っていただいているんです。その保守的なお考えは、暴走勝ちになるジャンヌお姉さまやアレク様の重しとして十二分にご活躍いただいています」
アメリアも目を見開いた。クリスにはいつも愚痴や文句を言っていた。そのアメリアを母を前にここまで褒めてくれるなんて。アメリアは目を赤くしてクリスを見た。
「ジャンヌお姉さまも・・・・」
キターー、ジャンヌは喜んだ。母の前で褒めてくれるのか。さすがクリス。とジャンヌの心の中は大喜びだった・・・・
しかし、そのクリスの前に突然チャドウィックが現れたのだった。
「クリスティーナ殿!」
彼は部下思いのクリスにとても感激していた。そして、彼の癖で感激を躰で表現しようとして・・・すなわち抱きついてハグしようとした。彼の国では許されたかもしれないが、この国では許されるわけもなく、気づいたオコトが必至に止めようと思ったが、間に合うわけはなかった。
「きゃっ」
酔ったクリスは咄嗟にそのまま魔術を発動した。転移させる魔術を・・・・
転移させる魔術で幸いだった。爆裂魔術ならば多くの犠牲者が出ることは確実だったから・・・・
チャドウィックは王宮の前の噴水に頭から突っ込んでいた・・・・








