クリスは大国の文官の娘を助けました
バルトルトの娘エルゼは、ドラフォードの首都イエーナの貧民街のとある建物の中で両手を縛られて転がされていた。
パレルモ王国の影と名乗る男達に昨日誘拐されて、このボロ屋の中に連れ込まれたのだ。
いずれは影の子供を孕まされると男達には脅されていた。
今はこの部屋には誰もいないが、夜になったら今夜こそ貞操の危険が迫っていた。
なんとかしたかったが、縛られて転がされていればどうしようもなかった。
そのエルゼの前に男たちが帰ってきた。
エルゼは怯えて男たちから離れようと後ずさった。
「助けて父様」
思わずエルゼは口走っていた。母は5年前に病気で他界していた。今のエルゼにとって唯一の肉親が父だったのだ。
「よう姉ちゃん。そのお父様だが、きちんとスカイバードとともに爆発してくれたぜ」
「うそ」
エルゼは男の言うことが信じられなかった。
父娘の二人だけでこの5年間生きてきたのだ。父は忙しいことも多かったが、出来る限り一緒にいるようにしてくれていた。
その父が死んでしまったなんて。
「これでお前も犯罪者の娘だ。二度と地上には出られん。オレたちと仲良くしようぜ」
男が手を伸ばしてきた。
「いやあ」
両手を縛られたエルザには悲鳴を上げるしか手がなかった。
「触るな、下郎!」
その時どこからともなく、大声が響いて、エルザに触れようとした男は一瞬にして黒焦げになっていた。
ピキピキとスパークを飛ばしながら黒焦げの男が倒れた。
他の男達は唖然とそれを見ていた。
エルザの手の戒めもいつの間にか切られていた。
そして、エルザの首元からお守りのネックレスが飛び出していた。
「ごめんなさいね。遅くなってしまって。本来ならば私が転移して行けば良かったのだけど、あなたの所の皇太子が煩くて」
お守りのネックレスから声が響く。
「何奴だ」
男の一人がネックレスに触れようとして
「ギャーーーーー」
絶叫するとともに黒焦げとなって倒れた。
他の男達はそれを見て何も出来なくなった。
「本当に馬鹿な男達ね。これに触れるとどうなるかさっきの男が黒焦げになったの理解できなかったの」
呆れてクリスが言った。
「で、オーウェン様。兵士たち全然踏み込んでこないんですけど。どうなっているんですか」
閣議室の中で魔導電話片手に叫んでいるオーウェンにクリスが尋ねた。
「すまん。なかなか場所を特定できないみたいで」
慌ててオーウェンが言う。
「すいません。私の説明が下手で」
クリスが赤くなって謝る。感覚では場所がどこか判るのだが、地図でどこだと説明しろと言われても中々きちんと説明できなかったのだ。
「いや、悪いのはクリスではなくて」
オーウェンも焦った。本来ならばこのタイミングで兵士たちが踏み込むはずだったのだ。
しかし、兵士たちが踏み込んだ場所が全然違ったみたいで、密輸現場に突入したらしい。
現地で戦闘が起こっているとのことだった。
「だから私が行くと言ったのです」
「いや、だから筆頭魔導師自ら行くなんてダメだから」
今にも飛び出しそうな勢いのクリスをオーウェンは必至に押し留める。
「じゃあウイルお願い」
「えっ、嫌だよ姉様。ドラフォードのことなんだからそこの皇太子に活かせればいいだろう」
クリスの無茶振りに心底嫌そうにウィルが拒否する。
「大国の皇太子殿下をそのような危険な目に合わせられるわけ無いでしょう」
「俺なら良い訳」
不満そうにウィルが言う。
「だってあなた私の弟じゃない」
「でも、何千キロも転移させられるのは嫌だよ」
「お願い、時間がないの」
争う声だけ聞こえて影の男たちは戸惑った。
「何やってんだ」
「馬鹿なんじゃないのか」
男の一人がそう言うとナイフを取り出した。
「クリス様。時間がございません。ここは私めをお送り下さい」
クリスの前にアルバートが進み出る。
「待った姉様。行けば良いんだろ。行けば」
慌ててウィルが諦めた。アルバートなんかに行かれた日には、後で散々自慢されるのが落ちだ。それなら自分がやったほうが百倍もマシだった。
「おいおいおい、ぎゃあぎゃあ言っているとこの女を殺すぞ」
男はナイフを振りかざして言った。
兵士たちに踏み込まれるならば女を殺してこの場から逃げ出したほうがマシだ。
その男の正面にウィルが転移してきた。
「ギャッ」
男は転移のショックで地面に叩きつけられた。他の男達も壁に叩きつけられる。
エルザはもう殺されると思った時に白い騎士服を来た少年に助けられたのを知った。
「大丈夫?」
少年はエルザを背にして颯爽と剣を構えて立上った。その姿はエルザにとって憧れの騎士の姿だった。
「おのれ、ガキが」
男の一人が短剣を構えて斬りかかるが一瞬でウィルの剣で切られて壁に叩きつけられていた。
「おいおいおい、パレルモのカビかゴミかなんか知らないけれど、俺に一対一で勝てると思うなよ」
「ふんっ、生意気なクソガキめ。筆頭魔導師に伝えよ。俺たちはお前の大事なものを次々に犯して殺していくとな。そして歴代の施政者と同じように恐怖に…………」
魔導爆弾を抱えた男は最後まで言えなかった。
「やめて姉様」
恐怖に震えたウィルがエルザを抱えて転移する。
次の瞬間、空が裂けて特大の雷撃がその部屋を直撃していた。
その爆発音は遠く離れた宮殿まで聞こえた。
20分後に通報で駆けつけた別の兵士たちは、その地に開いた巨大なクレーターを見て唖然と立ち尽くすのみだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
一言
クリスの力は万能です。
広告の下の☆マークの評価頂けたら幸いです。
今日も後2話ガンバって更新します








