筆頭魔導師の侍女 誘拐計画
ボフミエ魔導国の国都ナッツァ、その場末の酒場で男たちがたむろっていた。
「クソーーー、あのボフミエの小娘、よくも我らがザールを併合してくれたな」
酒を飲んでいたトムが言った。
「本当だ。それさえ無ければ今頃はきれいな女の子をはべらせて過ごせたのに」
ケンも頷く。
二人はザール教の暗部だった。
シャラザールがザール教国の騎士達を一瞬で殲滅、ボフミエに潜伏していた二人はその瞬間に無職となっていた。
今はフリーの情報屋をやって生計を立てていた。
「二人はまだいいわよ。私なんて教師を首よ。首。今はあなた達にかろうじて食わしてもらっている今日このごろよ」
アデリナらの教師だったピローネンも管を巻いていた。ピローネンはザールの工作員として認定されて諭旨退職になっていたのだった。
前は教師として給与も良かったが、今はこの情報屋で事務の仕事をしてほそぼそと生活していた。
「くっそう、どこかで金のなる木はないかな」
その隣の席で飲んでいる二人組の一人が叫んでいた。
「そんなのあるわけ無いだろう」
「しかし、このボフミエ魔導国にも魔導学園とかいうご立派な学園があるんだろう。そこに通っている女の子らとお知り合いになってその婿に迎えられれば逆玉の輿も可能だろう」
男が口角泡を飛ばしてもう一人の男に話しかける。
「お前のその顔で誰が引っかかってくれるんだよ」
「何言ってんだよ。いざとなれば強引に迫れば案外頷いてくれたりして」
「なわけ無いだろう」
ジョッキを傾けて男たちは言い合っていた。
「でもよ、真面目な話、この前王宮と学園の間で馬車止めてみていたらよ。可愛い女の子が歩いていたぜ」
「そんな所に入れるのか」
「ああ、そこは公道だからな。自由に馬車も止められるし。なんでも、アデリナって子で筆頭魔導師様も可愛がっているって子がいてさ」
「あの聖女クリス様の侍女のか」
「そうさ。その侍女の女の子なんだけど、ちょっと俺が立ちくらみがしてしゃがんだら心配して寄ってきてくれてよ。おじさん大丈夫って声かけてくれたんだ」
「それは本当かよ」
「ああ、その間近で見られた顔が本当に天使でよ。思わずそのまま攫って連れて帰りたくなったよ」
「おいおい、そのまま連れて帰ったら犯罪だろうが」
「本当だぜ、思いとどまれて良かったよ」
二人は笑いあった。
その様子を隣の3人は青い顔をしてお互い顔を見合わせていた。
「ねえ、本当にやるの?」
翌日学園の方に向かって走っている借りた馬車の中でピローネンは聞いた。
「ふんっ、やれるかどうかまずは下見さ」
ケンが言った。
「そうとも、もし、そのアデリナっていう侍女を拐えるなら身代金がたんまり貰えるんだぜ」
「でも、あの赤い死神とか暴風王女がいるのよ。うまくいくわけ無いわ」
ピーロネンが言った。
「その時はその時さ。うまく行かなけりゃ、そのアデリナっていう女の子をじっくりといたぶってやるまでよ」
トムが言う。
「そうさ、死んでいった奴らの仇も取れるし、ボフミエの小娘にも一泡吹かせられる」
「あのツンとすました顔を涙に暮れさせてやれれば溜飲が下がるというものさ」
男たちはニタニタ笑った。
「そんな、あの子には責任はないわ」
「何言っている。ピーロネン。お前あの年齢で既に娼婦の役をやらされていたろうが。あのガキも向こう側の人間なのさ。十二分に責任はあるぜ」
ケンは真面目な顔で言った。ケンは王宮の関係者というだけで敵認定をしていた。
「それはそうだけれど」
ピーロネンにも若干の良心は残っていた。アデリナは自分の元生徒だ。それを誘拐して良いとは思えなかった。
しかし、生まれてから今までザールの下で自分の事などボロ雑巾のように道具として扱われてきたのは事実だった。貧しいこのボフミエの地で生まれた孤児のピーロネンには命を救ってくれた教会の関係者には頭が上がらなかった。関係者に仕えるのはいつものこと、性の摂待も普通にさせられていた。貧しい、アデリナが侍女として真っ当な生活が送れているのに対して若干の嫉妬心もあった。
王宮と学園の間には両方の通用門があって多くの馬車が行き来していた。その脇に馬車を止めていてもそんなに目立たなかった。
両方の出入り口には多くの人々が出入りしており、馬車の影とかをうまく使えばみんなに気づかれない間に人一人をさらうなど簡単にできそうに、ザール教の暗部としてやってきたケンらには思えた。
「おい、あれ」
御者台にいたケンがトムに顎で指した。
そこには女の子たちがいた。
「アデリナ。またね」
中等部のアデリナに友達が手を降って別れていく。
アデリナも手をふるとゆっくりと横断歩道を歩いて王宮の通用門に入って行った。
両方の距離は200メートル。間に馬車が数台止まっていて、人が忙しそうに行き来していた。王宮への納品の準備だろうか。荷物の積み替えをしている馬車もあった。
果てはお菓子を売っている露天商までいる。
これなら、周りにバレずに拐うこともできるだろう。
男たち二人は頷きあった。
アデリナの誘拐を計画するザール教の残党ですが、果たしてうまくいくのか
明日朝更新予定です。








