戦神はムチを持った王妃に追いかけ回されました
そこにはさっさと来臨しろとオーウェンが必死に祈っていたシャラザールが仁王立ちしていた。
瓦礫と化した壁の中からオーウェンは立ち上がった。
確かにシャラザールに早く出て来て欲しいと祈りはした。
しかし、何も、全て終わって危険が去って、今にもクリスとキスしようとした、この時に出てくることはないではないか。
シャラザールの意地悪な行動にオーウェンは泣きたくなった。
「オーウェン。貴様、余にキスしよとするとはどういう料簡だ」
激怒してシャラザールが言った。
「いえ、あなたにしようとしたのではなくて」
「無理やり、クリスとしようとしたのか」
シャラザールは更にヒートアップする。
「なわけ無いだろう。やっとクリスからキスしてくれたのに」
わなわなと震えてオーウェンは文句を言う。
「姉さま!」
そこに束縛から解放されたウィルらが飛び込んできた。
しかし、そこには姉ではなくてシャラザールが立っていることをみて一同驚く。
更にオーウェンをいじろうと思ったシャラザールは対象を変える。オーウェンなどいつでもからかえる。今は全然力を使えず、ウズウズしているこの憤りを何とかしたかった。
「遅いぞ。今まで何をしていたのだ」
自らの事を棚に上げて戦神は言い切った。
「申し訳ありません」
アルバートらが謝る。
「もう少しで小僧にキスされるところであったわ」
ブスッとしてシャラザールが言う。
「はっ?」
アルバートらは意味がわからず、
「オーウェン!」
シャラザールの言葉にウィルが切れる。
「どのみち単細胞のその方らのことじゃ。甘い言葉に騙されて、今まで眠らされていたのであろう」
シャラザールの言葉に、一同何も返せずただ俯いた。
「で、魔王はどこじゃ。余が今度こそ決着をつけてやるわ」
戦神は嬉々として周りを見渡した。地獄では檻が勝手に暴れただけでというか、シャラザールがクリスに惹きつけられて檻ごと動いただけで、何も暴れられなかった。戦神は欲求不満だった。この欲求不満を解消するにはあの生意気な魔王を叩き潰すに限る。
キョロキョロとシャラザールは周りを探した。
「魔王なら、クリスが浄化しましたけど。見ていなかったんですか」
ふてくされてオーウェンが言う。
「な、なんと、魔王を浄化したのか」
戦神には衝撃だった。千年前のシャラザールでも魔王を封印することしか出来なかったのに。
それを浄化するとは。
シャラザールには思いもしなかった方法だった。
力には力で単細胞なのはシャラザールも同じだった。
そもそも魔王はシャラザールの欲求不満の解消先だった。弱すぎもせずに、戦える、ゼウスを除くとただ一人、手加減せずに戦える対象だったのに。
それが浄化された。
シャラザールはショックを受けた。
とするともう地界には対等に戦える相手がいない・・・・・
シャラザールは折角地獄から帰還できたのは良いが、今回は檻が勝手にクリスに引き寄せられて地獄を破壊しただけで、戦神には全然物足りなかった。でもその欲求不満を解消する相手が浄化された……・
「致し方ないの。また、負けたジャンヌやアレクにも稽古をつけてやるか」
戦神は諦めていった。
まあ今は弱いがこれから鍛えれば魔王並みになろう。
シャラザールは気分を切り替える。
遅れてやってきたジャンヌとアレクはぎょっとして部屋の前で立ち止まっていた。
アレクは完全に失敗したことに気付いた。
これならばもっと気絶していれば良かった。
「よし、行くぞ」
シャラザールが剣を構えようとした時だ。
「シャラザール様」
地獄の底から届いたような声が部屋に響いた。
全員は貴固まる。
誰だこんな声を出すのは。その声は魔王並みの破壊力を持っていた。
シャラザールはゆっくりと声の方を振り向いた。
「シャラザール様。思い出しました。前世の記憶を」
そこには、黒い笑みをした王妃が立っていた。
「貴方様はまた、か弱い侍女の私に暴力をおふるいになったのですね」
地獄の底からの声もどうかという恐ろしげな声が響く。
「えっ、いや違うぞ、エリザベス」
シャラザールの目が恐怖に引きつっていた。
シャラザールの唯一の天敵、ジャルカによってつけられた礼儀作法の教師兼侍女だったエリザベス。彼女にはシャラザールは頭が上がらなかった。
前世が侍女のエリザベスだとシャラザールは気付いていたのだが、王妃は気付いていないようだった。それでも、前世の記憶を思い出されていは面倒なので、その王妃の前には出ないようにしていたのに。
それがついにバレてしまった。
シャラザールは蒼白となった。
慌ててクリスと代わろうとするが、
「お待ち下さい。今日という今日は許しませんよ」
エリザヘスは手に持ったムチでシャラザールを打とうとした。
シャラザールがかわす。
全員目が点になった。
シャラザールが悲鳴を上げて逃げ惑っているのだ。
シャラザールを鞭打つ人物を見るのも初めてなら、慌てて逃げ惑う戦神を見るのも初めてだった。
「おい、待て、エリザベス。今回やったのは余ではなくてクリスだ」
「何を申しておられるのですか。クリスが私にそんな事をしないのはよく知っております」
「いや、ちょっと待て」
「お待ち下さい。待てって言っているでしょう」
逃げ出したシャラザールを追って王妃は走りだした。
皆その後ろ姿を呆然と見送っていた。
ついにシャラザールの天敵登場です。
魔王でも全能神でもなく、無力な侍女・・・・・
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