クリスは大国の皇太子に馬車で案内される1
クリスは国外に出るのは久しぶりだった。
船に乗るのも初めてで、デッキに出て潮風にあたるのが気持ちよかった。
青い空と紺碧の海は見ていて気持ちよかった。
エドが皇太子廃嫡になった事は船の上で母から聞かされた。
10歳の時に婚約者になって8年間、お互いに皇太子教育に王妃教育を頑張ってやっていたはずだった。昔はたまには気を使ってくれたエドが最近は冷たかった。
というか、ほとんど話す事も無くなっていた。
クリスが忙しすぎたという事もある。
たまには手紙でも出せばよかっただろうか。
ここ1年は公式行事以外はほとんど会った事も無かった。
「ふうっ」
またクリスはため息をついた。
「姉様。ほら、あの先」
心配して見に来たウィルが声をかけた。
「えっ何か見えるの」
ウィルの指さす先に何か光った。
よく目を凝らすと何か陸地のようなものが広がってきた。
「あれがアゾレス岬です。」
「えっあれがそうなの」
中海を挟んで対岸にあるドラフォード王国。
アゾレス岬はその先端だ。
昔、建国の戦神シャラザールが統一戦争の最後を飾ったアゾレス海戦の舞台でもある。
今日からしばらくお世話になるドラフォードの山並みが徐々に大きくなる。
とりあえず、終わった事はしばらく置いておこう。
今からも大切な事なのだから。
マーマレードのために動く大切な一歩になるはずだから。
期待と不安に心をどきどきさせるクリスだった。
岬の根元にある交易都市ハイリンゲンは大都市だった。
首都イエーナまで馬車で1日の距離にあり、ドラフォードの海上交易の中心だった。
巨船が次々にすれ違っていく様は圧巻だった。
港は喧騒の真っただ中にあった。
帰りの替え馬を探していたオーウェンらは近衛の部隊が港に来ているのを知って一部馬を代えてもらおうと彼らに近づく。
「トマソン。」港に着いたトマソンを探し出してジェキンスが声をかける。
「ジェキンスという事は皇太子殿下」
後ろにいる皇太子に慌てて敬礼する。
「すまん、トマソン、馬を4頭代えてくれないかな」
「えっしかし、それでは任務に支障が。」
トマソンが渋る。
「すまん緊急なのだ。ノルディンの赤い死神が王都に来ていてな」
「皇太子殿下!」
「ミハイル嬢!」
かわいい声をかけられて、思わずそちらを見てオーウェンは絶句する。
「これ、クリス。殿方にいきなり声をかけるなんてはしたない。
失礼いたしました、ドラフォード皇太子殿下。
マーマレードのミハイルの妻シャーロットです。」
「これはミハイル夫人。お久しぶりですね。
こんなところでお会いできるとは想像だにしていませんでした。」
オーウェンは驚きを隠して礼を返す。
というか、クリス嬢がなぜここにいるのかオーウェンには判らなかった。
「王妃様にお招きにあずかりましたの。」
「えっ母にですか。」
なんで私に黙っているのかなとオーウェンは一瞬ブスッとするが
「それよりも皇太子殿下。
先日は娘をお助けいただき感謝の言葉もございません。」
シャーロットは頭を下げた。
「ありがとうございました。」
クリスも礼をする。
「何。当然のことをしたまでです。」
胸を張ってオーウェンは応える。
「ところで何か急いでおられた様子。」
「いやいや、そこまで急いではいないのです。」
何しろ目的の方は目の前にいらっしゃいますし、
心の中でオーウェンはつぶやくと、
「本日はどちらに?」
トマソンに聞く。
「このまま王宮までご案内するように仰せつかっております。」
「判った。ジェキンス、お前はトマソンの部隊の誰かと交代。
残りの俺の護衛は今日はここで休め。
明日1日かけて王都に帰還でいい。
俺はこのまま馬車で侯爵夫人ご一家を王宮にご案内する。」
「宜しいのですか。ノルディンの皇太子殿下は」
「あいつはどうでもいい。
そんなに大きな時間の違いはないだろう。
今日の夜が明日になるだけだ。」
「しかし、うら若きご令嬢と同じ馬車に乗られるのは」
「その母親と同乗だぞ。問題は無かろう。」
と言うと笑顔で侯爵夫人に向き合う。
「王宮まで私がご案内いたします。」
「しかし、皇太子殿下もお忙しいのでは」
シャーロットは慌てたが、
「何をおっしゃいます。侯爵夫人には小さい頃に大変お世話になりました。
せっかく我が国に母がご招待したのに、私がご案内せずにいかがします」
そう言うと馬車の扉を開けてシャーロットを馬車にエスコートする。
次にクリスに手を貸す時には、溢れんばかりの笑顔だった。
「ありがとうございます。」
上気した顔でクリスが礼を言う。
ウィルも奥に入れるとオーウェンはクリスの真正面、一番端の席に着く。








