東方王女の護衛はクリスの必殺爺殺しの得意技の前にあえなく撃沈・東方王女は絶望のあまり飛び出しました
すいません。この部分が抜けていました。
クリスと悠然は襄公の件で仲良くなったみたいで、その日の夕食も一緒に食べていた。
「城には襄公書と言われる書物が残っているんです」
「本当なの。それは素晴らしいじゃない。是非とも見せていただきたいわ。もし許されるならそれを執務室にでも貼りたいわ」
「えっこの飛ぶ鳥も落とす勢いのボフミエ国の執務室に張って頂けるんですか」
「そうよ。心の歪んだ皇太子殿下達に是非とも毎日見て心を正して頂きたいわ」
食堂をぐるっと見渡してクリスが言う。
「えっいや、クリス」
青い顔でオーウェンが言う。
「クリス、それは許して。礼儀作法だけは駄目」
頓珍漢な言葉を言うジャンヌは涙目だ。宋襄の仁と儒教を同一視していた。何しろマーマレードの王妃は礼儀作法に煩く、それに耐えられたのはクリスだけだった。
ジャンヌなんて「実戦にはいらない」の一言で逃げ出したくちだった。
「何をおっしゃっていらっしゃるんですか。お姉様。物事は礼に始まり礼に終わるんです」
「いや、それは判るけど限度が」
「アレク様にも是非ともお判りいただきたいですわ。マーマレードに攻撃仕掛けられた時もいきなりの奇襲でしたし、そういう卑怯なことは止めていただきたいんですけど」
「いや、あの、クリス嬢。それ以来、そういう卑怯なことは一切していないよ」
「本当ですか。ノルディンなんて超大国で、普通にやっても勝てるのに、その上更に卑怯なことをするなんて世界常識の上でも許されませんわ」
「いや、ちょっと待って、ノルディンと私は違うからね。私は忠実なボフミエの外務卿だから」
アレクは必死に言い訳した。
これには陳国の留学生やジパグのコレキヨは驚いた。
あの傲岸無比で国王であろうと膝を屈する事の殆ど無いと呼ばれている赤い死神がタジタジになっている。信じられない光景だった。
それもどっちかと言うと絶対にクリスの方が我儘言っているのに、それをアレクが聞き届けているなんて。
「悠然さん。出来たら夏休みに一度お邪魔したいわ」
「クリス様がいらして頂けるならこれにまさる光栄はありません」
「もう、そんなにかしこまらないで。あなたは何千年も歴史のある宋王家の血を引き継いでいるのよ。私よりも高貴なんだから口調も呼び捨てで良いのに」
「そんな恐れ多い事はできません」
悠然は言い切った。
「これまで、祖先の事はどこでも馬鹿にされたことしかがないんです。ジャンヌ殿下みたいに礼なんて形だけで見栄張って負けたら意味がないとか、依然殿下にも祖先が襄公では子孫も大変ねと慰められるくらいで。クリス様のように、私でも知らない先祖の素晴らしいことを褒めていただくなんて初めてで、本当に嬉しかったです」
「何を言っているのよ。悠然さん。襄公のように、人の道にもとる者を正すのは本当に大切なことよ」
「有難うございます。クリス様。そんな風に和褒めて頂けるなんて夢みたいです」
涙目で悠然が感激していた。
それをボフミエの連中はまた、クリスが必殺爺殺しを炸裂させているとなま温かい目で見ていた。
これまで多くの者がこれでクリスに籠絡されて落ちていた。ドラフォードの軍部や王弟の仲間も、ボフミエのジャスティンも皆その口だった。
でも、当事者にとってはそうは取れなかった。
「ちょっとクリス様。うちの悠然にこれ以上余計なことを吹き込むのは止めて下さい」
依然が怒気を持ってクリスに食って掛かった。
「依然殿下。余計なこととは」
クリスが面食らって聞く。
「力のない者が格好つけて襄公のようなことをしても、国が滅ぶだけよ。それにそもそも、悠然は私の護衛魔導師なのよ」
「依然王女殿下。確かにあなたの護衛魔導師と長時間お話させていただいたのは申し訳ありません。しかし、襄公のお考えは素晴らしいと思うのです。確かにそのままこの国で実践できるかというと難しい面もありますが。その素晴らしい理想を蔑むのは止めて頂けてませんか」
クリスが言い返した。
「クリス様!」
そのクリスの様子に悠然は感激した面持ちで見ていた。
「いや、あの、悠然。私は別に蔑んだわけでは」
慌てて依然が言う。
「取り敢えず行くわよ。悠然」
依然が悠然をひっぱって行こうとした。
「すいません。依然王女。もう少しクリス様とお話させて下さい」
「えっ、悠然」
依然は目が点になった。この時に悠然に断られるとは思ってもいなかった。
「あの、悠然さん。あなたも護衛のお仕事があるのに、あなたを独占したのは私が悪いわ」
「いえ、クリス様。出来ましたら私をクリス様の護衛の一人としてお加えいただくわけにはいかないでしょうか」
「えっいや、あなたは依然王女の護衛でしょう」
「でも、アルバート様もドラフォードの騎士だったではありませんか。
私、今まで先祖のことでバカにされこそすれ、こんなに褒めて頂けたことは初めてです。
皆様の足元に到底及びませんが、是非とも貴方様の魔導師にさせて下さい」
「ちよっと。悠然。あなた主の私の承諾もなしに」
依然が慌てて立上って悠然に食いついた。
「依然王女。今までいろいろありがとうございました」
「私は許さないわよ。そんな急に」
「すいません。もう国王陛下の了承も頂いております」
「えっ父上の」
依然は絶句した。いつの間に父まで、というか何故父は私の了解を取ってくれなかったんだ。
「だからクリス様。お願いいたします」
悠然は跪いた。
「ちょっと待って。えっ、そんな急に言われても」
「いいわ、彼女はクリス様に差し上げます」
そう言うと依然は食堂を飛び出した。
「依然王女」
クリスが叫ぶが依然はそのまま飛び出した。
そして、クリスの前では涙をこらえる悠然がいた。
「申し訳ありません。クリス様」
クリスはオーウェンと目を合わせた。
頷いてオーウェンが出ていった。








