大国皇太子は東方の王女を勧誘しました
管制室から魔導師が5人がかりでスカイバードに乗ったクリス達を一瞬で空の上に放り上げていた。いつ乗っても感動の瞬間だったが、クリスの頭はそれどころではなかった。
オーウェンが女性と手を握り合っていた。
その現実がクリスには信じられなかった。確かに大国ドラフォード王国の皇太子の隣に立つ未来なんてクリスには思い描けなかった。クリスがマーマレードの皇太子のエドから王立高等学園のサマーパーティーで婚約破棄されてから、まだ1年もたっていなかった。いわば傷物令嬢だ。そんなクリスが大国ドラフォードの皇太子の婚約者なんて無理だと思っていた。それに最近のオーウェンのクリスを構い倒す態度は迷惑だと思っていたはずだった。
しかし、自分以外の女性と手を握り合っているオウの姿はクリスには衝撃だった。
だってエドと婚約破棄された時も、オウは慰めてくれた。GAFAの商館をメイが殺されそうになって怒りのあまり雷撃攻撃して多くの人を殺してしまったと判った時に慰めてくれたのもオウだった。
でもあの女性も「オウ」って呼んでいなかったか。確かこの名前を言うのは自分一人だったはずなのに。クリスは何故か胸が痛んだ。
その考えこんでいるクリスの目の前に湯気のたった紅茶の入ったコップが差し出された。
はっと見るとアデリナが温かい紅茶を入れてくれたのだった。
「はい。クリス様」
「ありがとう。アデリナ」
クリスはその紅茶を一口飲んだ。
少し心が落ち着いたような気がした。
アレクはオーウェンと依然が手を取り合っている風景に驚いて見入っていた。何しろオーウェンはクリス以外の女性から声をかけられても邪険にしかしたことがなかったのだ。王宮で開かれる夜会でもクリス以外の女性と踊ったのは、ジャンヌやアメリアなどの皇太子のみで、基本的に皇太子どおしで婚姻するわけにはいかないので、安全パイと思われる面々のみだった。
それがいま二人は手を取り合っていた。
「オーウェン、依然王女と知り合いだったのか」
「えっ、いや、依然とは幼馴染なんだ」
アレクの問いにオーウェンが応える。
「小さい頃迷子になった依然を助けたことがあるんだ」
「まあ、オウったら。その時にあなたも迷子になっていたでしょ。自分だけいい子になって」
オーウェンの言葉に依然が突っ込む。
「えっ、そうだっけ」
オーウェンは誤魔化す。
「誤魔化しても無理よ。その後護衛騎士に怒られていたくせに」
「君も侍女に怒られていただろ」
二人は親しそうに言い合っていた。
「ふうん。さっきは王女の名前を淫乱王女って言っていたのに」
ボソリとアレクがバラす。
「インラン?」
「いや、何でも無いよ。それよりも何しにボフミエに」
不審そうな依然にオーウェンは話題を変える。
「最新のボフミエの技術を学びに魔導学園に留学に来たの」
「そうなんだ」
「オウはわざわざ私を迎えに来てくれたの?」
若干の期待を込めて依然は言う。
「いや、筆頭魔導師様の見送りにだけど」
オーウェンはハッと気付いて後ろを見るとスカイバードはもう無かった。
しまったいつの間に。オーウェンはクリスを見送れ無かったことを残念に思ったが、クリスにオーウェンと依然が手を取り合っている所を見られたとは思ってもいなかった。
「オーウェン、依然王女と知り合いならば、アメリアの所への案内任せてもいいかな」
「えっ?お前はどうするんだ」
「お前ん所からのレポートまだ終わっていなくて、帰っていい加減にやらないとペトロにどやされるんだよ」
「判った」
オーウェンは久しぶりの依然と話もしたかったし、アレクがいれば何を依然に言われるか判ったものではなかったし取り敢えず、依然を送ることにした。
「宜しく」
言うやアレクは転移した。
「転移って便利よね」
「本当だよな」
転移の使えない二人が望ましそうに言った。
「オウは相変わらず、転移は使えないんだ」
「君もだろ。まあ転移使える奴の方が圧倒的に少ないし」
楽しそうに話す二人の後ろで咳払いがした。
見ると10名ほどの異国の服装をした男女が立っていた。
「姫様。そろそろ移動しませんと」
侍女の梦蝶が言う。
「あっごめんなさい。侍女の梦蝶なの。護衛騎士の词语と護衛魔導師の悠然。後は留学生の魔導師達よ」
依然の紹介に皆順繰りに頭を下げる。
「内務卿のオーウェン・ドラフォードです。皆さんようこそボフミエ魔導国へ。魔導学園で授業することもあるから私のことも覚えておいて下さい」
言うや依然に向きを変えて
「それと依然、相も変わらずいい加減すぎ。陳国の留学生ということは将来の幹部候補生だろ。私にも紹介してほしいな」
「そうかな、オウもお忙しいと思って」
そう言いながら依然は一人ずつ留学生を紹介した。
オーウェンは一人一人と握手した。これには他の留学生も感激した。
「オーウェン様。アレクサンドル様は?」
あまりにも来るのが遅いので、外務次官のペトロが迎えに来た。
「あれ、あいつ、私に王女の案内任せてお前の所に帰るって転移していったけど」
「くそ、また逃亡しましたね」
悔しそうにペトロが言う。
「えっ、そうなの」
「皆様。ボフミエ魔導国の外務次官をしております。ペトロ・グリンゲンです。なにかお困りのことあれば私までお知らせ下さい。上司は当てになりませんので」
ペトロが言い切った。本当に今度はどこに逃げたのだか。
そのアレクは、当然の外務省ではなくて魔導師団本部に転移していた。
そこではジャンヌらが訓練場で訓練していた。
「ジャンヌ、大ニュース」
いきなり訓練中のジャンヌの前に転移したのでジャンヌは思わず剣でアレクに切りかかる。
しかし、余裕でアレクは剣で受けた。
二人は剣で切り結ぶ。
「何しに外務卿が来た」
ジャンヌが叫ぶ。
「実はオーウエンに恋人ができた」
「嘘つけ」
「二人で手を握り合っていたのにか」
「えっ。ついにクリスが陥落したのか」
「相手が違うよ」
「それこそ信じられない」
「嘘だと思うのならばアメリアの所に見に行けば良い」
アレクが誘う。
「違ったら殺すからな」
ジャンヌは剣をしまった。
「ザン、ちょっと行ってくる。後を頼む」
「えっ殿下!?」
ザンには見向きもせずにジャンヌはアレクと魔導学園に向かった。
「で、なんで魔導学園なんかに留学を?魔導学園はまだ出来て1年も立っていないし、まだまだ制度は整っていないのに。陳国にも魔術を教える学校はあるだろう?」
「何言っているのよ。今やボフミエ魔導国は世界の注目よ。GAFAの嫌がらせを叩き潰し、魔王までやっつけたんだから」
「それと学園は関係ないんだけど」
「かもしれないけれど、大国の皇太子が4人もいるんだもの。人脈づくりにも最適だし、というか、我が国も少しはいないと完全に仲間外れにされかねないじゃない」
「でも、今は忙しくて、学園にはテレーゼのアメリアしかいないぞ」
「えっ、ノルディンとマーマレードの皇太子殿下と筆頭魔導師様がおられるんじゃないの」
「それはこの3月まで。最後は忙しくて殆ど出られなかったし」
「えっ、そうなの」
依然はがっかりした。
「情報古すぎるだろう」
オーウェンが突っ込む。
「だって誰もこの国に陳国の人間があまりいないんだもの。前の皇帝とは国同士が対立していたし、うちはGAFAに結構投資していたから。GAFAが瓦解してもう散々よ」
「じゃあ王女殿下。宜しければ外務に入られませんか。人がいなくて大変なんです」
ペトロが横から言う。
「えっ、私なんか部外者がそんな国家機密の場所に入っていいの」
依然が驚いて聞いた。
「国家機密も何もないよ。そもそもボフミエ魔導国の閣僚自体が大半は外部の人間なんだから」
「そうですよ。アレク様からは早く独り立ちしろとか言われていますけど、アレク様のようにするなんて無理ですよ。周りの国々を平気で脅迫して、クリス様に怒られているし」
「えっ、ノルディン皇太子殿下でも筆頭魔導師様には頭が上がらないの」
ペトロの話に、驚いて依然が聞いた。
「それがよく判らないんですけど、あの人を人とも思っていない方が、一目置いています」
「へえええ、そうなんだ」
それが判るだけでも、外務に入るのは良いのかもしれない。陳国の上層部は赤い死神の弱点を掴んだと喜ぶだろう。
「でも、依然さえ良ければ内務に入って欲しいんだけど」
「えっ内務卿。それは酷いですよ。スミスとかロルフもそっちが引っ張りましたよね。最近学園から3人内務に引っ張ったって聞きましたけど」
「やること多いから仕方がないだろ。お前のところもアレクに一本釣りさせろよ」
「そうですよね。外務卿も戦闘ばかりでなくて、外交もやってもらわないと。依然王女殿下。ボフミエの次の最大の交渉国は貴国なんですから、外務次官の地位あけますから、真面目に考えてくださいね」
ペトロが言う。
「えっでも、外務次官はあなたでは」
「良いんですよ。外務次官と言っても今は外務卿の雑用係ですし」
依然の疑問にペトロが答えた。。
「えっ、私に外務卿の雑用をしろと」
「王女殿下にはそんな事はさせないんじゃないですか」
ペトロはそう言ったが、依然は赤い死神なら絶対にやらすと思った。








