クリス 赤い死神にとりなしの電話をする
「で、手がすべって誤って自国の皇太子殿下にワインをかけてしまったと」
クリスが聞いた。
「ええ、そうなんです」
しおらしくボリスは頷く。
「でも、ワインぶっかけられたくらいで赤い死神が自国の王子を北極送りにするか」
「当たり前だろ。兄さまはそれは怖いんだから。
君らを助けた後に2年間北極に送られていたし」
「えっごめんなさい。私たちの為に、2年間もそんなひどい目に遭わせて苦労させたの?」
涙目になってクリスが言う。
「それはおかしいだろ。あの時はわき目もふらず皇太子も逃げたって聞いたぞ。皇太子は全然罰を受けていないじゃないか」
ウィルが言う。
「まあ、お兄様と一緒のところには行きたくないって言った事も影響しているけど」
「でも、そんな恰好で逃げてくるなんて余程のことでしょう」
クリスがボリスのボロボロの服装を見て心配する。
「私たちで出来ることあったら何でもおっしゃって」
「本当ですか?
出来れば、兄上にとりなしていただくとありがたいのですが」
嬉々としてボリスはお願いした。
北方師団の駐屯地では今日もジャンヌが悶々としていた。
「これはこれはジャンヌ王女殿下に置かれてはご機嫌麗しく」
転移してきたアレクが機嫌よく言う。
「嫌味はやめて。
で、何。嬉しそうなところ見たらオーウェンの邪魔する算段できたの」
「そんなにうまくいくわけないでしょ。
外務卿通して、何とかドラフォードの王都で面談予定立てているところ」
「外務卿ってそんなに暇なの?」
「最悪、行くのが無理なら私が行く予定。
こちらは転移ですぐ行けるけど、オーウェンは地上をちまちま動くしかないから。
何としてもこの夏はオーウェンをドラフォードの王都に止めてクリス嬢と合わせない予定ですよ」
「よくやるわ。そこまで暇なの?」
「帝国の今後の威信にかかってるからね。
どんなことをしてもクリス嬢はドラフォードには取られたくない」
「いい気なもんね。こちらはそのクリスに話もしてもらえないのに」
「ふふん」
自慢そうにアレクは懐から手紙を取り出した。
「えっ、それクリスの手紙じゃない。
なんであなたが」
「うーん、自分の代わりにワインをかぶらせてしまって申し訳ないって。
お詫びとかばって頂いてありがとうってお礼状」
「ちょっと待って!
それってボリスにワインでもぶっかけてオーウェンを止めろって命じたのに
そのワインを自分がかぶってしまったっていう笑い話でしょ」
「まあ、それで直筆の礼状もらったんだから、オーウェンに自慢できるかもしれないし、
良かったかなって」
「よく言うわ。一時期ボリスを北極送りにするって喚きまわっていたのに」
「そう言えばボリス、どこにいるのかな?
もう許していると伝えてやろうと思ったんだけど」
都合が良くなるとその存在自体をアレクは忘れていた。
部下たちは今も必死にボリスを探してているはずだ。
鬼畜な皇太子である。
「本当にいい加減な兄貴ね」
「それをあなたに言われたくないんですけど」
「おっ噂をすれば影」
魔導電話が光る。
「ボリス今までどこに…」
いきなり魔導電話にクリスの画像が出てアレクは固まった。
「これはミハイル嬢」
「ノルディン帝国皇太子殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく存じます。
すみません。いきなり弟御のお電話お借りしてお話しさせていただいて」
「クリス、元気にしていた?」
いきなりアレクを弾き飛ばして画面にジャンヌが出る。
「お姉さま。何故皇太子殿下のお電話に出られるのですか?」
「いや、奴がたまたま駐屯地に遊びに来ていて」
「皇太子殿下と本当に仲が宜しいですのね」
ジャンヌは、藪蛇だったかと最悪の予感がしたが、
「いや、この度は本当に申し訳なかった。
母の面倒をクリス一人に任せて、馬鹿弟がとんでもないことをしでかしてしまって
それを事前に止められず、本当に申し訳なかった」
ジャンヌがひたすら謝っているのを見て周りの人間は呆然としていた。
「姫様が他人に謝られるなんて、これは大地震も近いですな」
慌てて机の下にもぐろうとするジャルカめがけてジャンヌは石を投げる。
「えっ、お姉さま。謝るなんてお姉さまらしくありませんわ。
先日は私も突然の事でついひどいこと言ってしまって申し訳ありませんでした。
私の方が謝らないといけませんのに」
クリスは恐縮した。
「えっじゃあ許してくれるのか?」
ジャンヌはぱっと喜んだ。
「許すも何も私の方こそ、許していただかないと」
「良かったですな。姫様。
クリス様、この姫様この1週間ずうっとうじうじしていらっしゃって、本当にうっとうしかったのです。お許しいただいて本当にありがとうございました。
姫様が元気無くすと喜ぶのは隣国の皇帝陛下くらいですからの」
「ちょっと、人の電話で親の悪口言うのはやめて頂きたいのですが」
そこへアレクがやっと入れる。
「これは皇太子殿下。申し訳ありません」
「いやいやミハイル嬢は良いんです」
「そうですぞ。泣く子も黙る皇太子殿下もクリス様の前では震える子羊ですからの」
「ジャルカ爺。余計なことは良いので。ミハイル嬢、何かご用件があったのでは?
そもそもこの電話はボリスのものではないかと思うのですが。
ひょっとしてボリスがそちらに御厄介になっておりますか?」
「はい。何でも皇太子殿下のご不興を買われたとか」
「アッそれはもう良いから。
良いことがあったから許すと言っていたぞ」
ジャンヌが゜強引にアレクを押しのける。
「本当ですか?」
クリスが喜んで確認する。
「私が保証する。もしなんかあれば私を訪ねるようにボリスに言ってくれ」
「ちょっとそれを勝手に決めるな」
アレクが文句を言おうとするが
「まあまあ皇太子殿下。
陰気な姫様がやっと元気になったのですぞ、
ついでにお二人でドラフォードへバカンスでもして来られたらいかがですかな」
ジャルカがにやけて言う。
「まあ、本当にお二人は仲が宜しいのですね。
私もとてもうらやましいです」
クリスはうらやましそうに二人を見る。
「いや違うぞ。クリス。これはジャルカが勝手に言うだけで・・・」
-余計な事を傷心のクリスに言うな!-
きっとして王女はジャルカを王女は睨むが、ジャルカは明後日の方を見ている。
「そうだ、そちらにいるウィルに夏の間はクリスにつくように伝えておいてくれ」
前回の二の舞になる事を恐れて、ジャンヌは強引に話題を変えた。
「本当ですか。王女殿下」
途端に、喜んで画面にウィルが出てくる。
「許す。今回の件の余波でクリスに何かあってもことだからな。
クリスを守れ!
今度は例え叔父上が襲ってきても、叩っ切ってかまわん。
何にしろブリエントも認めたそうだからな。
むしろ叩っ切れ」
話題が変わって喜んでジャンヌが言う。
「お姉さま。さすがにそれはまずいです。
先日もお母様にたしなめられたところですし」
クリスが止めるがジャンヌにはあの叔父を許すつもりはなかった。
次に会えば問答なしに叩っ切ると決めていた。
「では皇太子殿下。ジャンヌお姉さまの事、よろしくお願いいたします」
「お任せ下さい。この身に代えましても」
アレクは優雅にお辞儀をした。
「ちょっと勝手に人の事を決めるな」
「では失礼します」
クリスは叫んでいるジャンヌをあっさり無視して電話を切った。
「クリス…本当にどいつもこいつも」
ジャンヌはぶつぶつ文句を言う。
「まあ、姫様。良かったではないですか。クリス様と仲直り出来て」
「良くないわ」
ジャンヌはブスっという。
「皇太子殿下も宜しかったですね。
戦神シャラザール様の承認を得られて」
「戦神シャラザール・・・・」
そうだった。彼女は戦神シャラザールの化身・・・・
アレクは少し青くなった。
「これで姫様を裏切ったらどうなる事やら」
ジャルカの言葉に固まるアレクだった。








