東方王女はクリスの目の前で大国皇太子と手を握り合いました。
皆さん、この話ここまで読み進めて頂いて本当にありがとうございます。
ついにクリスの恋敵登場です。
国都ナッツアは春を迎えていた。春と言っても南国なので、日中は下手したらマーマレードの真夏並みに暑い。
クリスはその郊外にあるボフミエ魔導国の叡智を集めたスカイバードの空港に、南部の農業視察に行くために来ていた。
今回は侍女のアデリナと補佐官のフェビアンとイザベラ、護衛はアルバートとメイとナタリーだった。
「本来は私も行きたいんだが、どうしても片付けなければならない仕事が立て込んでいて、申し訳ない」
そのクリスにつきっきりでいるオーウェンをクリスは少し鬱陶しく思っていた。
「今回は王太后様に農業の実際を色々見せていただくだけですので、オーウェン様のお役には立ちませんし」
クリスがやんわり言うが、
「いやいや、国の基本は農業だろう。本来ならば内務卿である私も一緒に行かないといけないんだが」
今まで農業なんて全く興味のなかったオーウェンがこう言う所を祖母の王太后が聞いたら、どこの口がそう言うと怒るに違いないなかった。
「オーウェン様には王都に残って色々やって頂かなければいけないことがありますから」
「クリスは冷たい。3日も会えないのに」
「たかだか3日です」
クリスがバッサリ言う。
「オーウェン。しつこい男は嫌われるよ」
後ろからアレクが言った。
「いつも、ジャンヌに付き纏っているお前には言われたくない。というかなんでここにいるんだ」
「俺は仕事で来たんだよ。お前もさっさと仕事に戻れ。皆白い目で見ているぞ」
オーウェンにアレクが言う。
「仕事?空港で俺をからかうことがか?」
「馬鹿か。そんな暇がどこにある。陳王国から留学に王女が来るんだよ。そのお迎え」
「ああ、インランだったか言う名の王女か」
「あのな。名前はイーランだ。間違わないように」
クリスを向いて全く聞いていないオーウェンに呆れてアレクが言った。
「ではアレク様。オーウェン様。後はよろしくお願いいたします」
クリスが頭を下げる。
「えっ、クリス。呼ぶのは俺が後なの」
オーウェンがクリスの手を取って文句を言う。
「オウ、ちゃんと仕事してくださいね。ヘルマン様には連絡入れておきますから」
「えっなんでヘルマン」
「ヘルマン様が内務次官だからです」
文句を言うオーウェンにクリスが言う。
「はいっ、殿下邪魔です」
クリスの手を掴んで引き止めているオーウェンをアルバートが横にどける。
「アルバート、貴様主君に」
「何度も言うように今の私の主はクリスティーナ様です」
そう言うとアルバートはクリスにスカイバードの中に入るように促した。
「では、オーウェン様。行ってまいります」
「あっ、クリス」
クリスはオーウェンの言葉を聞かずにスカイバードの中に入って行った。
「殿下通して下さい」
その後ろにドラフォード出身の裏切り者とオーウェンが思っている筆頭魔導師補佐官でナヴァール伯爵令嬢のイザベラとウィンザー将軍の孫娘で騎士のナタリー、バーミンガム公爵の息子で騎士のアルバートがオーウェンを邪険にして入っていく。
「殿下、危険なのでお下がり下さい」
オーウェンの護衛隊長のジェキンスが後ろから叫ぶ。
オーウェンは渋々発射台のスカイバードから離れた。
湖を見るとその上空から一機のスカイバードが湖に降りてくる様子が見えた。
そして、ゆっくりと湖に着水してこちらにやってくる。
アレクは100メートルほど離れた桟橋に向かう。
オーウェンはその桟橋と発射台の間に立ってクリスのスカイバードを見ていた。
クリスのスカイバードは着陸したスカイバードと入れ違いに飛び立つようだ。
ここボフミエとドラフォード、マーマレード、テレーゼの4国の間をメインにスカイバードが飛びつつあり、その成果は着々と上がっていた。
発射台と操縦士の魔導師の需要は大きく、4カ国の学園及びその周辺国からのボフミエ国への留学は盛んだった。今回東方の大国陳王国からの王女含めた留学はその一環だった。
依然は初めて乗ったスカイバードに感激していた。
陳国から南に高速魔導船で南下して、ドラフォードの東の端のエッセンから乗ったのだが、2時間強でこのボフミエ魔導国まで運んでくれたのだ。こんな便利なものがあるなんて、是非とも陳国にも導入したかった。
「げっ赤い死神です」
窓を見ていた侍女の梦蝶が湖岸の桟橋を指差した。
赤い死神、本名アレクサンドル・ボロゾドフ、ノルディン帝国皇太子。北方の国境を侵犯して来て過去何度も陳国軍と戦った相手だ。陳国軍が全滅させられたこともある。嫌な相手だった。3年前のマーマレード侵攻戦の失敗から丸くなったと言う噂だったが、実際は判らなかった。
その赤い死神を王女の出迎えに出すとはこれはボフミエの嫌がらせだろうか。
依然は前途を案じた。
「これはこれは、依然王女。ようこそボフミエ魔導国にお越しいただけました」
アレクが依然の期待に反して紳士的な態度で礼をして手を差し出す。
「ありがとうございます。アレクサンドル皇太子殿下」
依然はアレクの手を取って桟橋に降り立つ。
「依然王女殿下。私は本日はノルディンの皇太子ではなくて、ボフミエ魔導国の外務卿として貴方様をここへお迎えに上がったのです」
「えっ、それは申し訳ありません」
笑って注意するアレクに慌てて依然は謝る。
「いや別にそこは謝っていただかなくても良いのだが」
アレクの照れたような態度に依然は驚いた。血も涙もない赤い死神が照れるなんて。
「それにこの国は至る所に皇太子がいる。現に後ろにもドラフォードの皇太子がいるし」
アレクは後ろを指差した。
そこには依然が何度も会いたいと思っていたオーウェンがいた。
オーウェンはアレクがこちらを指差して話しているのを見て、また冴えない男だとか悪口を王女に話しているのだろうと思った。
しかし、
「オウ!」
その女性がクリスしか口にしないその名前を叫んだのに驚いて女性を見た。どこか出会ったことがあるだろうか。女性は陳国の服を着ていた。そして、あろうことかこちらに小走りで走ってくるではないか。
アレクも驚いて口を開けてみていた。
「オウ、私、依然よ。西安の花見で会った」
「依然、あああ、あの陳国のおませな女の子か」
オーウェンは驚いた。
「そう、おませは余計だけど覚えてくれていて良かった」
思わず依然がオーウェンの手を握った。
「まさかこんな所で再会出来るなんて思ってもいなかったよ」
オーウェンもその手を握り返していた。
クリスは通路越しにスカイバードの窓からオーウェンが女の手を取り合って抱きつきそうな様子を見て固まっていた。
「えっ?オーウェン様が女と抱き合っている」
イザベラが声を出して慌てて口を閉じた。
横を見るとクリスが二人を信じられないという風に凝視していた。
「発射します」
その時、スカイバードはクリスの心残りを桟橋に残して、凄まじい勢いで青空に向かって飛び出していた。
人物紹介 クリスの付き人
クリスティーナ・ミハイル18 ボフミエ魔導国筆頭魔術師
メイ クリス付き護衛騎士戦神シャラザールにミラーを教えてもらう。
アルバート・バーミンガム22 親衛隊騎士ジラフォード王国公爵家出身
ナタリー・ウィンザー18クリス付き騎士ウィンザー将軍の孫娘
ミア・フェルト19クリス付きの侍女、ジャスティンと反乱起こしていた。
アデリナ13母親がいなくなった少女で現在クリスの侍女
フェビアン・クライルハイム18平民クリス付き事務官。昔シャラザールに助けられる。
イザベラ・ナヴァール21クリス付き事務官伯爵家令嬢
ビアンカ・ハイニッヒ15 事務官北部の村出身魔力大きい目立つの嫌い細かい事好き薄い金髪大柄。昔奴隷商人に捕まった所をシャラザールに助けられる。
他にクリスの弟の騎士ウィリアムがいる。








