クリスは皆に化け物扱いされました
「聖女クリス様は魔王カーンがもたらした黒死病を自らのお力によって浄化された」
と言う噂が世界各地を駆け巡った。
しかし、魔王カーンはボフミエ侵攻を諦めていなかった。
2週間もたつと「魔王カーンがボフミエ侵攻を企てている」
と言う噂が国境を中心に広がり、ボフミエ国民の動揺を誘っていた。
その噂におびえた領主たちの一部が王都に詰めかけれてもいた。
一方ボフミエ国内ではジャンヌとアレク中心に逆侵攻を唱える者たちもいた。
が、侵略戦争にはクリスは頷けなかった。
「クリス、やられたらやり返さないと」
「最近のモルロイの驕り様は看過に耐えない物がある」
ジャンヌとアレクが主張する。
「しかし、飢饉もまだ去ったわけではなく、ここは防衛に徹するべきだ」
「そうです。それにボフミエが侵攻すれば、世界各国に恐怖を与えかねないのではありませんか」
オーウェンとアメリアは慎重論を展開する。
「しかし、オーウェン、やられたらやり返さないと敵は更に増長するぞ」
ジャンヌが言い返す。
「当然、逆侵攻の噂はこちらから流している」
「しかし、口先だけでは中々皆信じまい」
「それに、ジャスティンが敗れており、カーンが魔王で、聖女クリスと言えども勝てないという噂もあるぞ」
「そうは言っても、今の状況では逆侵攻なんて出来る情勢にはないぞ」
「それにもし、魔王を倒してしまったら、各国がボフミエ自体を警戒してしまうのではないですか」
4人はお互いに譲らない。
「アメリア様はカーンが魔王だと信じられるのか」
横から宮内卿のグリンゲンが尋ねる。
「ジャスティン様が敗退された件で、その可能性は高いかと。
今までの温厚だったカーンの性格が変わったという報告もあります」
アメリアは言う。
「しかし、相手が魔王ではいくらクリス様でも難しいのではないですか」
常識的な質問をオーウェンがする。
それは多くの国民や臣下も思っていいた。
「何しろクリス様は見た目は華奢で可憐。到底魔王相手に勝てるとは思えないのですが」
「ふんっ何を言っている。クリスは無詠唱で一瞬でシャラザール山を弾き飛ばしたんだぞ。
魔王と言えども出来るかどうかだ」
「そうだ。見た目と魔力量は関係ない」
クリスは二人の言葉に落ち込んだ。
だからそんな事はやりたくなかったのだ。
母がやれと言うからやっただけで。
やはりやるべきではなかったと後悔した。
「そうはおっしゃっても…」
「オーウェン、お前は魔力で山を吹き飛ばせるのか」
「いや、それは…」
オーウェンは首を振った。
その様子に、クリスはまた落ち込む。
「それに、世界に恐怖を与えた赤い死神が唯一恐れるのはクリスだぞ」
「まさか」
オーウェンは否定した。
周りの者も実際見ていない者は信じなかった。
「そんな事無いですよね」
クリスも慌ててアレクに聞く。
「……」
が、アレクはクリスと目を合わせようともしない。
「そんな馬鹿な」
オーウェンは信じられなかった。
「アレク様。冗談ですよね」
クリスが立ち上がってアレクの方を見ようとするがアレクは視線を躱す。
そう、クリスはいいが、その後ろのシャラザールは絶対に無理。
戦場でにやりと笑った後に発する気だけでなりふり構わず、逃げ出したくらいなのだ。
クリスにも遠慮は当然あった。
「まあ、それは置いておいて」
アレクは話題を変えようとする。
「えっ?」
クリスは混乱した。何故目を合わせずに話題を変える。
(赤い死神がクリスを恐れる?赤い死神自体が化け物と恐れられているのだ。
その赤い死神に恐れられるって化け物の上?ひょっとして魔王クラス??)
「ロルフ。お前は魔王とクリス様の両方を見たよな。どちらが魔力が多い?」
「同じくらいかと」
アレクの問いにロルフが言う。
「そう、同じなら、私とアレクとジャスティンで勝てよう」
ジャンヌが言う。
「敵はカーンを除けば雑魚だ」
「しかし、魔王は百戦錬磨。対するクリス様は実戦は乏しいのでは」
オーウェンは不安げに言う。
それにオーウェンとしてはクリスを戦場には出したくない。
何故愛するものを戦場に出さないといけないのか。
この前のワットでもそうだったが、相手が魔王だと判るとさすがに躊躇する。
「クリスは3年前のノルディン戦よりノルディンの大軍相手に戦っている」
実際に戦ったのはシャラザールだが、本人も少し戦っている。
「そもそも、シャラザール山を1撃で消滅させたのだぞ。それが出来る者はこの世にいまい」
「しかし、魔王相手には」
クリスはオーウェンがクリスをかばってくれるのがうれしかった。
皆化け物みたいに言うのはやめて欲しい。
「ヘルマン、お前は魔王とクリス様ならどちらが勝つと思う」
「クリス様です」
一瞥もせずにヘルマンが言う。
ヘルマンは戦神シャラザールにボコボコにされた事があるのだ。
あの恐怖はいまだに忘れられない。
クリスはボフミエ元王子のヘルマンがそんなことを言うとは信じられなかった。
傲岸無比だったヘルマンがクリスの方が強いと言うなんて。
「シュテファンは?」
「私もクリス様かと」
(えっシュテファンまで)
クリスはクラスメートの裏切りに青くなる。
「グリフィズは?」
「はい、私もクリス様かと」
もうクリスは倒れてしまいたかった。
何故実戦部隊の者までそう言う。
「ジャスティンは?」
「クリス様かと」
クリスは目を剥いていた。
まさか、自分を守る騎士からそう言う言葉が出るとは思わなかった。
「賢人ジャルカ爺は?」
「儂もクリス様に1票を投じますぞ」
「えっそんな」
クリスは裏切られた気持ちだった。
(何故ジャルカまで認める。これではみんなに魔王扱いされているのと変わらない)
クリスは泣きたかった。
「まあ、それよりも、そろそろ恐怖に震えている領主たちに筆頭魔導師様の雄姿を見せなくても宜しいのですか。あれこれ1時間以上も待たせておりますが」
笑ってジャルカが言った。
クリスらは慌てた。そう言えば待たせたままだったことに気付いた。








