戦神シャラザールは黒死病を浄化しませんでした
「ウィル!」
ジャンヌは病室の入り口からウィルを呼んだ。
「何ですか?」
赤い目をしてウィルが振り返る。
「クリスが確実に治る策をジャルカから授かってきた」
「策を?」
「そうだ。だから少し出てこい」
ジャンヌが呼び出す。
渋々ながらウィルが出てきた。
「策って何ですか?」
「シャラザールを復活させる」
小さい声でジャンヌが言う。
「シャラザールを!」
息を飲んでウィルがジャンヌを見る。
「そうだ。ジャルカが言うにはシャラザールが復活すると同時にクリスは黒死病から回復する」
「確かに」
ウィルは喜んで頷いた。確かにシャラザールになれば黒死病なんて一発だ。
「ただ、復活した場合、シャラザールは黒死病を殲滅するためにこの村を我々もろとも消滅させかねない」
「確かに」
ジャンヌの言葉に今度はウィルは青くなった。
あの圧倒的なパワーを全開させたら一瞬で村は兵士もろとも消滅するだろう。
「そこでお前の出番だ。そんなことをしたとクリスが知ったら自殺しかねないとシャラザールに泣き込め」
「私がですか?」
驚いてウィルがジャンヌの顔をまじまじと見た。
「一番クリスの性格判っているのはお前だろう。当然私も一緒に願うがお前にも泣いてもらわないと」
「まあ、俺の言う事を聞いてくれるとは思えませんが…」
「ジャルカ言うには、シャラザールの力をもってすれば黒死病菌だけを浄化するのも容易いのだ。
ただ、そうするのが面倒だと感じるはずだと。シャラザールにとって村一つ消滅させる方が楽だと」
「なるほど。そこを頼めばよいのですね。この前のGAFAに対する暴走の時でさえ、姉様は相当悩まれました。もし今回自分がシャラザールと化して1万人以上の人を殺したとなると本当に自殺しかねません」
「そう、そこを一緒に頼むぞ。今回は失敗は許されん」
「判りました」
ウィルはクリスが助かると知って元気になった。
「で、どこで行いますか」
「村の広場に大半の兵士を集めて行おうと思う」
ウィルの問いにジャンヌが応えた。
クリスを移動するというジャンヌらに反対するアデリナらを、ジャルカの魔法で治すからと言いくるめて、クリスをベッドごと広場に転移させた。
「お姉さま?」
クリスはぼうっとした顔でジャンヌを見やる。
「大丈夫か?」
ジャンヌが問いかける。
クリスは頷いた。
「さあ、クリス。これがジャルカが送ってくれた特効薬だ。これを飲めば治る」
ジャンヌはアルコールの入ったグラスをクリスに勧めた。
周りの兵士たちが固唾をのんで見守る。
アレクはいつものごとく一番後ろの端の目立たないところで震えていた…
クリスの体を起こして、クリスの口元にグラスを近付ける。
クリスはそのグラスの中身を少し口に含んだ。
「お姉さま、これってお酒じゃ…」
真っ赤になったクリスが物を言おうとした時だ。
ズンっ
すさまじい存在感がクリスを包んだ。
この存在感が嫌なのだ。アレクは恐怖に震えた。
そして、そこには戦神シャラザールがいた。
「戦神シャラザール」
ジャンヌは拝礼した。
それに倣って全員が拝礼する。
「んっ。どうしたジャンヌ。かしこまって」
鷹揚にシャラザールは立ち上がった。
病の弱弱しい様子は全くなく、いつものシャラザールだった。
「実は黒死病が流行りまして、クリス嬢も今まで黒死病に苦しんでおられたのです」
「ふんっ。クリスとて所詮人間じゃからの。病にもなろう」
シャラザールは言うや、手に魔力を込め始めた。
「国法では黒死病にかかった村は一人残らず焼き払うだったな」
シャラザールの頭は更にとんでもない事を言いだした。
「違います。病が納まるまで村を封鎖するです」
ジャンヌが即座に訂正する。
「なんと悠長な。そんなせせこましい事をしていては敵が来てしまうではないか。
病にかかった人間を全員燃やせば即座に流行は納まろう」
とんでもない事を言いだす施政者がここにいた。
「そのような事をしたとクリスが知れば悲しみましょう」
「本当じゃな。この娘は優し過ぎる。魔人と化した者もかわいそうだと人間に戻すし、施政者としては失格ではないか。ここは現実を見せた方が…」
「そんな事を自分がしたと知れば自殺しかねません」
慌ててジャンヌが止めた。
「そうじゃの。この前のGAFAなどという法を犯した商人を懲らしめた時でさえ泣いて居ったからの。
自殺できるかどうかは別にして、大変な事になりそうな予感もする。修道女なんかになられても厄介じゃ」
いやそうにシャラザールは言った。
「そうか、クリスを出家させればシャラザールは出て来れないのか」
いい事を聞いたとばかりにアレクが喜ぶ。
「アレク!何か言ったか」
シャラザールは地獄耳だった。
「いえっ、何でもありません」
慌てて真っ青になりながら後ろからアレクが叫ぶ。
(いつ見てもシュールだな。あの傲慢な赤い死神があんな態度をするなんて)
ウィルは思った。
「で、どうすれば良い?」
シャラザールは面倒くさそうにジャンヌを見た。
「戦神シャラザールのお力ならば大したことではございません」
ジャンヌはニコッと笑った。
「黒死病菌のみ浄化して頂き…・・」
「浄化だと、またまどろっこしい」
あっという間にシャラザールは不機嫌になる。
「しかし、かの生意気なカーンにシャラザール様のお力を見せつけるにはちょうど良いかと思いますが」
「カーンか。この地に黒死病菌をまき散らかした張本人だな。
何なら今から転移して消滅させに行くか。そのモルロイとか言う国ごと消滅させても良いな」
戦神シャラザールは更にとんでもない事を言いだした。
モルロイとて人口50万人はいよう。
それを殲滅するなど虐殺に過ぎない。
50万人の虐殺は確実に歴史に残る。
「戦神シャラザール。それはおいおい考えるとして、とりあえず、浄化して頂けると幸いなのですが」
「先に元凶を殲滅してそのあとで浄化した方が楽だとは思うが」
シャラザール的思考法でシャラザールは言う。
「愚か者のカーンはシャラザール様が浄化など出来ないと思っているのです。
まずシャラザール様のお力をかのものに見せつけてやっては頂けないでしょうか」
ジャンヌは珍しく更に下手に出る。
ここで言葉を間違えると何十万もの人の命がかかっているのだ。ジャンヌは慎重にも慎重を期した。
「うーん、止むを得んな。では」
シャラザールは手のひらに力を集めようとした。
そして、はっと何かに気付く。
そして憤怒の形相になると
「ジャンヌ!」
叫ぶと同時にジャンヌを殴り倒していた。
下手に下手に出たのに
シャラザールは浄化する代わりに思いっきりジャンヌを殴り倒しました…








