魔王の使者はクリスの前に雷撃を喰らいました
ボフミエの閣議は今日も紛糾していた。
「だから、このままやられたままでは良くないと思う。絶対に報復すべきだ」
ジャンヌが言う。
「しかし、ジャンヌ。今ボフミエはまだ復興途中だ。さすがに戦争を仕掛けるわけにはいくまい」
オーウェンが言う。
「戦争まですまいとも、やられた分だけでも攻撃すれば良いのではないか。街の1つや二つ破壊すれば」
アレクも言う。
「しかし、敵のカーンの力が判らないのでは。ジャスティンでも対処できなかったのだ」
「ふん。別に街の一つや二つ破壊するのにカーンに会う必要は無いさ」
「そうだ。奴がやってくる前に破壊すればいい」
アレクとジャンヌが言う。
「奴が出てくれば転移で逃げればいいし」
「それは卑怯では無いですか」
ジャンヌにアメリアが喰ってかかる。
「何言っている。アメリア。元々卑怯なのはカーンだ」
「そうだ。試験している街の若者を襲うなど、卑怯の極み。
ああいうやつらはやられっぱなしだ調子にのる。今のうちにその鼻っ柱を叩き折ってやらないと」
二人は言う。
アレクのいう事も一理あった。
「しかし、カーンはよみがえった魔王の可能性が高いとサイラスが言っていましたが」
アメリアが恐れて言う。
「魔王だろうが何だろうが、こちらにはクリスがいる」
「えっ私?」
ジャンヌの言葉にそれまで黙っていたクリスが慌てる。
ジャンヌやアレクの名前が出てくるならいざ知らず、何故クリスの名前を出すのかクリスには判らなかった。
「なあ、クリフィズ」
ジャンヌが副官に聞く。
「姫。私に振らないでください」
無理やりジャンヌの補佐に付けられて雑用を押し付けられているクリフィズが抗議する。
「何言っている。クリフィズはクリスが負けると思うのか」
「いえ、そんなことは」
クリフィズは否定する。
そう、たとえカーンが魔王だとしてもノルディン戦で荒れ狂った戦神シャラザールに勝てるかと言うと甚だクリフィズは疑問だった。
何も知らないクリスはクリフィズにまで頷かれて嫌そうな顔をする。
「ほら見ろ」
調子に乗ってジャンヌが言う。
「ちょっと待て。クリスと魔王を戦わせるなんて何言っているんだ」
オーウェンが切れた。
そうオーウェンは戦神シャラザールに会ったことは無かった。
クリスにシャラザールが憑依しているのは知らない。
そして、シャラザールがいかに強いかも知らなかった。
「そうよ。戦闘狂のジャンヌならいざ知らず、クリスは深窓の令嬢よ」
こちらも知らないアメリアが言う。
「ロルフ。魔王とクリスの魔力の大きさは」
「えっ私ですか」
ジャンヌに振られて他人ごと宜しく聞いていたロルフは慌てる。
「よく判りませんが、見た限りは魔力量は同じくらいかと」
「そら見ろ。最悪、クリスを中心として私たちで何とかすれば勝てる。
こっちにはひねくれ者のジャルカもいるしな」
「姫様。私に振りますか」
半分寝ていたジャルカが目を覚まして言う。
「それよりも姫様。何か来たようですぞ」
「申し上げます」
ジャルカが言うと、閣議の扉を開いて兵士が入って来た。
「何だ」
オーウェンが聞く。
「モルロイ国から使者が参りました」
「抗議した事に対しての謝罪の使者か」
「そんな訳無いだろう。そんなしおらしい奴だったらカロエに対して卑怯な騙し討ちのような攻撃を仕掛けてくるか」
「どのみち無理難題を言いに来たに違いない」
アレクはにたりと笑った。
「何だったら切り刻んでモルロイに送り返すか」
「アレク様。さすがにそれはまずいです」
今まで黙って皆の言う事を聞いていたクリスが言葉を発した。
「どんな卑怯な国でも使者は使者なのですから。こちらから相手に合わせる必要は無いかと」
「しかし、卑劣な国だ。何だったら私が会って脅して帰そうか」
アレクがニヤリと笑って言った。
「いえ、一応どんな国でも使者は使者です。私が会います」
「しかし、いきなり攻撃してくる可能性もあるんじゃないか」
オーウェンがクリスの安全を危惧して言った。
「オーウェン、その時は私が一瞬にして抹殺させてやるよ」
ジャンヌが不敵な笑みを浮かべて言った。
テムゲは1時間くらい待たされた末に謁見の間に案内された。
そして、自分が上座にいるのに気付く。
そうか、ボフミエの小娘はカーンに恐怖を感じて上座に案内させたのかとどうしようもない勘違いをした。
命取りになる勘違いを。
「これはこれは良く来られたモルロイの使者よ」
オーウェンが鷹揚に言った。
「余は偉大なる王カーンの代理人であり、その弟であるテムゲ・ハンである」
テムゲはオーウェン以上に鷹揚に名乗った。
それを見てジャンヌらの温度が下がる。
「ボフミエ筆頭魔導師クリスティーナ・ミハイルに告げる」
次の瞬間にはジャンヌの放った火炎魔法がテムゲを襲った。
「ぎゃーー――」
火がついてテムゲはのた打ち回った。
「お姉さま」
非難を込めてクリスが注意する。
思わず舌打ちしてアレクがテムゲの上から大量の水をかぶせた。
テムゲは何とか助かってほっとした。
「何をする」
文句を言おうとしたテムゲにジャンヌが胸倉を掴んで持ちあげる。
「まずは平伏してカロエの件を謝れ」
「ヒィィィぃ」
テムゲは悲鳴を上げる。
やはり暴風王女に常識が通用する訳は無かった。
カーンが言う事の方が無茶なのだ。
後ろに立っている同行の使者たちはその様子を呆然として見ていた。
「ジャンヌお姉様」
再度クリスが強く言う。
本当はクリスも思いっきりこの男を殴りつけたかった。
自分の大切な騎士や国民を殺されたり傷つけられたりしたのだ。
しかし、使者は使者。何も知らないのかもしれない。
と思って話は聞こうとしていたのだ。
ジャンヌは仕方なしに、後ろに立っている使者たちに向けてテムゲを投げ飛ばした。
全員テムゲをもろに食らって後ろに倒れる。
「おのれ、余は親切で忠告に来てやったのに。
次はそこの暴風王女が我が王カーンに、間抜けなジャスティンのようにボロボロ…」
言葉の途中でテムゲ・ハンは5人の使者と共に雷撃の直撃を受けてはじき飛んでいた。
一瞬の事に周りの者は呆然と雷撃を放ったクリスを見た。
「おのれ、我が騎士を貶めるな!」
クリスはジャスティンをけなされた事でリミッターが飛んでいた。
我慢が限度を超えて放出された怒りが雷撃と化しテムゲらを一瞬で襲っていた。
そして、クリスがはっと我に返った時には使者たちは黒焦げになってピクピク震えていた。
後ろに控えていたロルフは恐怖に震えていた。
アレクも怖い、ジャンヌも怖い。カーンも恐ろしかった。
でも、やはり一番怒らせて行けないのはクリスだと。
構える間もなく雷撃をお見舞いされてはたまったものでは無かった。
「クリス。確かに私のやった事もひどいが、クリスはその上をいっていないか?」
「・・・・・」
ジャンヌの言葉にクリスは何も言い返せなかった。
クリスは徐々に過激になりつつあります








