クリスは大国皇太子の胸の中で泣きました
襲撃を聞きつけて慌てて各地の兵士が駆けつけた。
負傷者達はすぐに近くの公館に運び込まれた。
ウィルの転移によって直ちに連れて来られた医官によって虫の息だったメイはなんとか一命は取り留めていた。
その事にはクリスはほっとした。
そして、少し冷静になれた。
自らがしたことを冷静に思い返した。
この手で初めて人を殺めた事を。
自ら初めて人を殺めたことの現実がクリスに襲い掛かってきた。
戦場に立ったことは何度もあったが、自ら手を下して人を殺めたことは今までなかった。
王弟叛逆時も今回のボフミエ戦でも自ら手を下して人を殺したことは無かった。
怒りのあまり、制御が利かなかった。
そして、雷撃を自らの意志で放った事も判っていた。
遙かに離れた地にあったGAFAの邸宅を、会頭がいる邸宅を
それも在宅していると判った邸宅を瞬時に灰燼と化していた。
おそらく罪もない使用人たちを何百人も殺したはずだった。
クリスは与えられた自室で頭を抱えてベッドに腰掛けていた。
「クリスっ」
その扉を叩き壊さんばかりの勢いでオーウェンが開けていた。
途中で不吉な予感がして戻ってくる途中でクリス襲撃の件を聞いて飛んで駆けつけてきたのだ。
「無事でよかった」
オーウェンはクリスに抱きついていた。
しかし、クリスはそれに対して反応しなかった。
「クリス大丈夫か」
オーウェンがクリスから少し離れて肩を掴んで言う。
「…」
「クリス?」
オーウェンはクリスの前に跪いた。
クリスの視線と目が合う。
クリスの目は死んでいた。
目の焦点があっていなかったが、オーウェンが目の前にいるのは判った。
「オウ、人を殺めてしまったの」
クリスが下を向いて言った。
「すまない。私が傍にいれば君が自ら手を下すことは無かったはずだ」
「何の罪もない人を殺してしまったの」
クリスは呟く
「仕方が無いだろう。自衛だ」
オーウェンが言う。
「違う。何の罪もない人を殺してしまったの」
「何の罪も無い事は無いだろう。彼らはGAFAの人間で、殺されても仕方のない事をしてきたのだ」
クリスはオーウェンが襲ってきた暗殺者を殺した事を悩んでいると思った。
「そうじゃないの。暗殺者を殺したこともショックだけれどそれは仕方が無い面もあると思うの。
でも、怒りのあまりGAFAの本宅を雷撃で攻撃して何百人も殺してしまったの」
その言葉にオーウェンは驚いた。
確かにクリスは魔力が世界一だとボフミエの建国3老人に認められていた。
シャラザール山を破壊したのも知っていた。
でも、その場から何千キロも離れているGAFAの邸宅を直撃できるとは思ってもいなかった。
「仕方が無いよ。クリス。怒りのあまり、思わず暴発してしまったんだろう」
オーウェンが何でもないというように言った。
「でも、彼らには何も罪は無いわ」
「じゃあ、奴隷商人に売られたアデリナのお母さんは売られる必要があったのか」
「…」
「このままほっておいたら何万人もの人が飢饉で死んだんだ。
彼らには何の罪があった?」
クリスの目の焦点がオーウェンの顔に合う。
「だからと言って彼らが死ななければいけない理由も無いわ」
「全く責任が無いわけではないだろう。
GAFAは意図的に飢饉を起こして人々を殺そうとしたんだよ。
金儲けのために。
何万人もの人が飢えて、何千人もの人が奴隷に落とされた。
その邸宅で働いていたのだから、何も罪が無いわけでは無いと思うけど」
優しくオーウェンがクリスを見る。
「でも、私が殺していい訳は無いわ」
クリスが首をふる。
「クリス。僕たちは今施政者だ。
僕らの判断で何万人もの人が死ぬんだ。
僕も実際に戦場にも出たし、何人もの兵士を殺している。
その兵士には妻も子供もいるんだ。
でも、施政者は判断ミスで何人もの人を殺すことになるし、時には死刑のサインもしなければならない。
殺してしまったと言うけれど、それを言うなら、アレクなんて何万人も殺しているよ。
その一部を君は見たよね。
ジャンヌもそう。僕もそう。
ヘルマンだって言っていないだけで絶対に殺しているよ。
俺の父上だっておばあさまだってそうさ。
そして時には間違いもする」
そう言うとオーウェンはクリスの涙を拭いた。
「今回の件、GAFAの邸宅を攻撃してくれた件は、俺らから言わしてもらうとよくやってくれたって思うんだけど」
「でも、何も考えないで怒りに任セてやっただけだし」
クリスが言う。
「大丈夫。仕方が無かったんだよ。結果は良かったと思うよ」
オーウェンが慰める。
「でも、ショックなんだろ。僕の胸で泣いて。
僕も胸貸すだけしかできないから」
オーウェンはクリスの横に座るとクリスの頭を昔のように抱いた。
「オウ」
クリスはオーウェンの胸の中で止まらない涙に驚いていた。
オーウェンはやさしくクリスの頭を撫でた。
子供の時にこんなこともあったなとクリスは思い出していた。
クリスは泣きつかれて眠るまでオーウェンの胸で泣いていた。








