赤い死神はトリポリの国王を脅迫して食料を提供させました
その少し前4大商会の4巨頭が魔道具で話していた。
マーマレード主導の魔導電話では無くて専任の魔導師がついたテレビ電話システムだ。
マーマレードの魔導電話は盗聴の危険があったが、こちらは専任の魔導師同志が座標を特定して4人だけで合わせるのでマーマレードに盗聴される可能性は無かった。
「マーマレードの餓鬼どもがやっと動き出しおったわ」
「遅きに失すという感じですな」
「こちらが借金の催促をして初めて気付くなど政治を遊びとしか考えていないのでしょうな」
「不足分7万トンのうちやっと1.7万トンの目途がついたとか」
「本当におままごと王朝とはよく言ったものですな」
「残り5万トンどうするつもりですかな」
「こちらに泣いてわめいて救いを求めてくるのを待ちますか」
4人はお互いに笑い合った。
彼らはマーマレードの支店が焼き討ちに会った事をまだ知らなかった。
その頃赤い死神ことアレクサンドル・ボロゾドフ、ノルディン帝国皇太子にしてボフミエ魔導国外務卿は雨の中ノルディンから手に入れた食料の一部を馬車隊で運んでいる途中だった。
あいにくの雨の中トリポリの国内に入る。
「今日も野宿ですかね」
無理やり付き合わされているペトロ・グリンゲンは野宿にうんざりしていた。
もともと公爵の息子だし、食料も粥が基本になってうんざりしていた。
野宿も最初は珍しがっていたが、5日も続くとさすがに参っていた。
「何言っている。今日はトリポリの王宮でゆっくりできるさ」
「急に行って入れるんですか」
ペトロが聞く。
「俺とトリポリ国王の仲さ。今日は絶対に接待してくれるって」
当然とばかりにアレクが言う。
今まで散々アレクに便宜を図ってきたのだ。ボフミエの外務卿になったからと言って無碍にする訳は無いとアレクは勝手に思っていた。
「そうですか。でもこの前はけんもほろろでしたよ」
1週間前に訪問した時は国王も出て来ず宰相にも会えなかった。
「俺が来たと判れば絶対に国王自ら出迎えるさ」
アレクは言い切った。
ところが王宮に乗り付けても城門は閉まったままだった。
「ペトロ。門番に俺が来たと伝えてくれ」
アレクは少し不機嫌に命令した。
いつもは来ると言わなくても大歓迎してくれたのに。
迷惑だと言ってもやめないのに。
何だこの差は。
アレクの顔の中は沸点に達しようとしていた。
「誰だ。この忙しい時に」
門番が顔を出す。
赤ら顔で既に飲んでいるようだった。
「ボフミエの外務卿のアレクサンドル・ボロゾドフ様だ。はるばる貴国の国王陛下を訪ねて来られた」
ペトロが言う。
「はんっ。そんな話は聞いておらんわ。そもそもボフミエなど潰れかけの国の外務卿などには陛下は会われんわ」
門番が言い切って窓を閉めた。
その一言でアレクの頭の中がペキっと音を立てた。
我慢の限界が来たのだ。
ドカーン
すさまじい音と共に城門がはじき飛んだ。
アレクが衝撃波を放ったのだった。
「門番もう一度言え」
降り立った赤い死神は怒りの炎を後ろに揺らめかせながら叫んでいた。
「ヒェェェぇ」
門番は後ずさった。
ペトロも驚いて腰を抜かしていた。
いや、だから彼を怒らすと良くないって…
慌てて場内から次々に人が駆け寄ってくる。
騎士が剣をアレクに向けるが、
「ほうっその方ら私に逆らうのか」
すさまじいオーラに思わずたじろぐ。
「アレクサンドル様」
そこに宰相のロータルが現れた。
「うん、やっと俺の顔を知っている奴が出て来たか」
アレクが言う。
「あなた様はどういうおつもりか。
ボフミエの外務卿につかれたと聞く。ボフミエはトリポリに宣戦を布告されるのか」
宰相が言い切った。
その宰相の横真横をファイアーボールが通過する。
それを呆然とロータルは見送った。
ドカーン
後ろに盛大な火柱が上がる。
騎士の詰め所が一瞬で破壊されたのだ。
「俺はアレクサンドル・ボロゾドフだ。
判っているのか下郎」
宰相の体を持ち上げる。
「国王はどこにいる。今すぐ挨拶に来させろ。それとも俺一人でこのトリポリの国を滅ぼしてやろうか」
アレクはにやりと不気味に笑った。
そう、そこには戦場で恐れられた赤い死神がいた。
彼に睨まれて戦場で生き残った者はほとんどいない。
「た、直ちに国王陛下に取り次ぎます」
震えながらロータルは言った。
かれは戦場のアレクの怖さを今初めて知った。
トリポリの国王ホフマン・トリポリは寵姫とベッドで戯れていた。
赤い死神が馬車を引き連れて通行しているのは知っていたが、彼はおろかにもアレクがノルディンの皇太子を首になってボフミエの外務卿に代わったのだと思っていた。
ノルディン帝国は恐ろしい国だったが、その皇太子でなくなったアレクなどたいしたことは無いと思っていて、3流国で飢饉の国の外務卿などほっておけと宰相にも言っていたのだ。
そこへ爆発音が響いた。
そしてもう一度。
何かの事故かとも思ったが、寵姫と戯れる方が良かった。
しかし、慌てたノックの音がする。
「何事だ?」
仕方なしに問う。
「ボフミエ外務卿のアレク様がいらっしゃいました」
「はんっ。ボフミエの外務卿など会わんわ」
その国王の一言に国王の頭上の屋根が一瞬にして吹き飛んでいた。
「えっ」
国王は呆然とする。
「トリポリ国王。俺を迎えもせず寵姫と戯れるなどずいぶんいいご身分になったのだな」
そして、国王の前に、黒いオーラ全開のアレクが剣を抜いて佇んでいた。
「キャー―――」
「ひぃヒェェェぇ」
素っ裸の寵姫と国王は悲鳴を上げた。
怒らせてはいけない人間を怒らせてしまった事を知った。
彼の怒りを買ったせいで滅ぼされた国は片手には収まらない事を思い出していた。
「も、申し訳ありません。連絡が行き届いておりませんで、直ちにアレクサンドル様の歓迎の宴をさせて頂きます」
国王はすさまじい変わり身でアレクの前に這いつくばった。
直ちに国を挙げての歓迎会が始まった。
アレクらの前に次々と豪華な食事がふるまわれる。
「国王よ。部下たちにもよろしく頼むぞ」
アレクが言う。
「ははあ、判りました」
アレクなど適当にほっておけと指示していた王とは思えない振舞だ。
「で、国王よ。ボフミエにはどれだけ援助していただけるのかな」
アレクが不敵な笑みを浮かべて言う。
ペトロはそのアレクに目を見開いていた。
完全な脅迫だ。
「一千トン」
ペトロは一粒ともボフミアには出せぬと係官から言われたことを思い出していた。
「はっ?良くは聞こえないな」
アレクは耳に片手を当てて聞く。
「いえ、2千トン」
国王が思い切っていう。
「うーん、最近過労がたたってかよく耳が聞こえなくなってな」
アレクがにやりと笑う。
「魔力も暴走しがちでな。下手をしてここで暴走すると王都が壊滅するかもしれんが…」
冗談では無くてアレクが言う。
クリスほどでは無いにしてもアレクの魔力もある程度はあった。
一人で下手したらトリポリの全騎士を壊滅させかねないくらいには。
「5千トン。蔵の全食料をお出しします。これ以上は我らも飢えてしまいます。
何卒お許しください」
トリポリ国王は平伏した。
宰相は真っ青になっていた。
そんな事をすれば明日からトリポリも飢えるのではないかと。
「それだけか」
ぎろりとアレクが国王を睨みつけた。
「ヒェェェ。何卒お許しください」
もう国王は這いつくばるしかなかった。
アレクは国王を睨みつけていたが、国王は震えて這いつくばっていた。
しばらくしてアレクは視線を反らす。
「まあ、仕方があるまい。それで手を打とう」
アレクは不満だったが我慢した。
あまり無理を言っても仕方があるまい。
絞りすぎて国が壊れても面倒だ。
ペトロはそれを呆然と見ていた。
アレクがボフミエの敵ではなく味方で良かったとつくづくと思った。
今後ノルディンの皇太子になろうがマーマレードの国王となろうが、アレクには絶対に逆らってはならないと心の中で誓ったのだった。








