赤い死神と大国皇太子は世間の荒波にさらされます
アレクは父のノルディン帝国皇帝と電話で話していた。
「父上。ここは１万トン寄付して頂ければノルディンの株が上がること間違いなしです」
「何。１万だと。冗談は休み休みに言え」
皇帝はきつい口調で言った。
「元々前皇帝の暴政のせいだろう。それで民が飢えるのは当然だろうが。
その国を手に入れるつもりなら援助もするが、ボフミエなどいつ潰れてもおかしくない国には手は出さんよ。
貴様もそんな国に肩入れするのは出来れば止めよ」
皇帝は言った。
「そんな短絡的な事ばかりではこれからの世界では生き残れませんよ」
暴虐のノルディン皇帝にこういうことを言えるのはアレクだけだった。
「ノルディン帝国もドラフォードを見習って少しは無駄な事にも付き合わないと。
たまには良い国になるのも今後の政略的にはプラスではないかと思いますが」
アレクは諦めずに言う。
「ふんっ下らん。それが本当に帝国の為になるのか。
貴様が暴風王女に誑かされて骨抜きにされたという貴族が多くて困っているが」
「言わさせる奴には言わせておけば宜しいでしょう」
皇帝の言葉には相手にせずにアレクは言った。
「ふんっ。まあ良い。貴様をボフミエに貸しているのも、ボランティアの一環だ。
貴様の好きなように穀物をくれてやる。
ただし、５千トンだ。それ以上は１粒も出さんぞ」
「ありがとうございます」
アレクは頭を下げた。
まあ元々５千トンしか手に入るとは思っていなかった。
１万トンは吹っ掛けた数字だ。５千トンが手に入ったから良しとすべきだろう。
自分がこのようなボランティアのような事をするとは思った事も無かったが、戦争ばかりが皇族の仕事でもあるまい。
何故かここでオーウェンらといろんなことをやるのが楽しかった。
少し変わった事にアレク自身は気づいていなかったが。
そこへ憔悴しきったペトロが帰って来た。
「アレク様。トリポリ王は全く取りつく島がありませんでした」
「何。ペトロ君。それはどういう事かな」
アレクの下にはヴァイオリンの得意なペトロ・グリンゲン公爵令息がついていた。
「アレク様の事もお話ししたんですが、ノルディン皇太子のアレク様のいう事なら聞くが、ボフミエの外務卿のいう事は聞かないと。あいにくとトリポリも穀物は不足で１トンたりともボフミエには出せないと」
「何だと。あの野郎。こちらが下手に出れば舐めやがって」
思わず手を握りしめると周りの花瓶がアレクの魔力に反応して割れた。
「ヒィィィ」
思わずペトロは震えあがった。
今までクラスメイトで演劇で音楽だったペトロとはアレクとはそんなにかかわって来なかったが、
赤い死神を怒らせたらまずい事だけは判った。
その頃オーウェンも苦戦していた。
「父上。何とか食糧２万トンどうにかなりませんか」
「何を血迷った事を言っている。ボフミエなんぞにそこまで穀物をやる理由はないぞ。オーウェン」
「しかし、このままでは多くの民が飢え死んでしまいます」
「それを何とかするのが内務卿のお前の役目だろう。
今まで何を遊んでいた。そこまでひどいならとっくに動いていないとおかしい手だろう」
確かに父の言うとおりだった。オーウェンは何も言い訳できなかった。
「それとGAFAには手を出すな」
「GAFAですか」
「GAFAが担保している穀物。取るのは簡単かもしれないが、その後死ぬぞ」
国王は言った。
「しかし、民の命と商人の利益では民の命に軍配が上がるのでは」
「商人とは言え、GAFAは巨大組織だぞ。下手をすれば王族の首さえ挿げ替えしかねない」
国王が忠告する。
「貴様がドラフォードの国王になるつもりならばな」
「まあ、肝には銘じておきますが、ジャンヌやアレクをいつまでも抑えておけるかどうかは自信がありませんが」
オーウェンは言う。
「暴風王女と赤い死神か」
頭を押さえてピーターは言った。
確かにあの二人は何をしでかすか判らなかった。
押さえつけるのも大変だろう。
「GAFAの強さは実際にやってみないと判らんからな。このドラフォードでもGAFAとは事を構えたくない」
ピーターは言い切った。
GAFAがそれだけ気にする事があるのかどうかはオーウェンには判断できなかった。しかし、ジャンヌとアレクをいつまでも静かにさせておく自信はオーウェンにはなかった。
「まあ、気を付けましょう」
「そうだな。GAFAとやり合えばクリス嬢の命もどうなるかは判らんぞ」
「何ですって」
一瞬にしてオーウェンの頭に血が昇った。
オーウェンの最愛のクリスに万が一があったら…。
「クリスに手を出したならば壊滅させます」
オーウェンは言い切った。
自分に似て謀ならばまだまだ青いがその能力はあるオーウェンが言うのだ。
いくらGAFAと言えどもオーウェンを怒らせたらただでは済まないだろう。
それに暴風王女に赤い死神正義の騎士とくれば確かに戦力的には対抗できるかもしれない。
しかし、商人であるGAFAは平気で卑怯な手を使ってくる。
卑怯さで言うとまだ青いオーウェンでは太刀打ちできないのでは無いだろうか。
ピーターはため息をついた。
「オーウェン。貴様には１万トンの食糧をやる。それで何とかしろ」
「ありがとうございます」
オーウェンは礼を言ったが、圧倒的に足りなかった。
クリスは平気でGAFAにクリス自身を差し出しかねない。
それだけは何としても避けなければならなかった。
オーウェンは自分の力の無さを嘆いた。
