魔導帝国はクリスに対して悪巧みをします
その夜魔導師団との練習の後でアレクらが帰って来るとオーウェンが談話室でやけ酒を飲んでいた。
「どうしたオーウェン?」
アレクが聞く。
「アレク、良いところに。アルバートお前もだ」
二人に無理やり酒を注ぐ。
「いや、私は寝たいんですが…」
アルバートが言う。
「そもそもお前がクリスとしゃべらせてくれないからこうなったんだぞ」
オーウェンは杯の酒を空ける。
「何があったんだ?」
「クリスに大嫌いって言われた」
「また要らない事したんでしょ」
喜んでアルバートが言う。
「せっかく大好きって言われたのに」
「酔った勢いだったって。クリス様は何にも覚えておられないそうですよ」
アルバートは言う。
「言ったのは言ったんだからいいだろ。今までそんな事言ってくれた事も無かったんだから」
「酔って何が何だか分からなくなられたのでは無いですか?」
「心の底で思っているからああいう事を言ってくれたんだ」
オーウェンは言い切る。
「どうだか」
アルバートは信じられないという顔で言う。
「で、なんで嫌われたんだ?」
オーウェンは経緯を説明する。
「お前馬鹿だな。クリス嬢はかわいいんだから、写真が生徒の間に出回っていてもおかしくないだろ。
そこで妬いてどうする」
アレクは呆れて言った。
「じゃあお前、ジャンヌの写真を他の者が持っていても許せるのか?」
「当然だろ。相手はこの国の皇太子だぜ」
「クリス様の写真なら僕ももっていますよ」
アルバートが青いワンピースを着て笑っているクリスの写真を見せてくれた。
「うわっかわいい。なんでお前がもっているんだよ」
オーウェンはアルバートに喰ってかかる。
「クリス様に頂きました。なんかの時に使うかもしれないから、写真が欲しいとお願いしたら」
しらッとアルバートが言う。
「俺はクリスからもらったことが無いのに…」
呆然としてオーウェンが言う。
「日頃の行いじゃないですか?」
余裕の表情でアルバートが言う。
「そんな訳ないだろ」
二人は言い合いを始めた。
それを近くで聞いていた生徒がゆっくりと離れた。
シュテファン・キッツィンゲン、ボフミエの子爵家の令息だ。
彼もオーウェンらと同じクラスだった。
「いい情報を聞きました」
彼はすぐにヘルマンの部屋に向かった。
フェビアンがヘルマンに呼ばれてヘルマンの部屋に来てみると他の2人のおつきも揃っていた。
「フェビアン。お前、クリスと仲良くなったんだって」
ヘルマンが聞く。
「はい。今日図書館でお会いしまして」
フェビアンは不吉な予感がしたが、ここは素直に言う。
平民出身のフェビアンは侯爵令嬢にも関わらず、飾らないクリスが好きだった。
それに今日のあの彼氏と思われるオーウェンの前でも自分を守ってくれたあの態度に感激していた。
他の者で誰が大国の皇太子から自分を守ってくれるだろうか。
持ってはいけない物をクリスの写真を持っていたのはフェビアンだった。
普通オーウェンみたいに怒るのが普通なのだ。
なのに何も聞かずに、暴力はいけないって言ってくれるなんて。
目の前のヘルマンなら絶対に許さないだろう。
それが判っているだけにヘルマンは上司だがあまり言う事を聞きたくは無かった。
「オーウェンに殴られそうになったところをかばってもらったんだってな」
「はい」
「先日はクリスは酒を飲まされてオーウェンに抱きついたそうではないか。
私もそろそろ火が付いているのだ。何としてもクリスをボフミエ魔導帝国に連れて帰らねばならない」
もともと今回の留学は王子がクリスに求婚してボフミエ魔導帝国に連れ帰るようにと言うのが皇帝からの命令だった。強い魔力の配偶者から生まれた子供は強くなるはずだった。
ボフミエ帝国の子を産むためのクリスは大切な道具だった。
ところが来てみると暴風王女に赤い死神やオーウェンまでいて、全然ヘルマンの出番は無かった。
この辺りで何かしないと皇帝の激怒を買いかねない。
「で、何をしろと?」
「図書館の手前の研究室を1室借りておく。そこにクリスを連れてきて欲しい」
「連れてきてどうするのですか?」
フェビアンは聞く。
「カクテルか何かを飲んでもらうんだよ。そうすればこの前のオーウェンのように好きとなるはずだ。
その様子を魔導カメラに取っておいて強引に話を進めるのだ」
「下手したら外交問題になりますが」
フェビアンが気にして言う。
「後は父上が何とかするさ」
「そう、お前は言われたようにすればいいんだよ」
「本当は平民出のお前がヘルマン様の前に出るのもおぞましいのだぞ。
それを留学までさせてもらえて。その恩に応えろ」
シュテファン・キッツィンゲン子爵令息もペトロ・グリンゲン公爵令息も、フェビアンのことなどごくつぶしくらいにしか思っていなかった。
この3人に逆らうと何をしでかすか判らなかった。
それに宮殿には母や姉が下働きとして仕えていた。
その二人がどうなるか。
クリスを罠に嵌めるようなことはしたくなかったが、仕方がなかった。
「ごめんクリス」
部屋に帰って写真に謝ると聖女のようなクリスの姿が霞んで見えた。








