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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

堕落した家の令嬢が成り上がり騎士の家に嫁ぐ話

とある大陸のとある王国に、一人の貴族令嬢が一人の騎士と結婚式を行った。


「新婦、入場」


祭壇の前に先に立っている新郎、そしてやっと入場してきた新婦。

二人はこの結婚式で初めて出会った。

貴族令嬢の名はテレサ・ヘインズワース。もうすぐテレサ・ブリッグスになる。元ヘインズワース家の令嬢であった彼女は堕落しかけた家から救うために国王がブリッグスの下に嫁ぐように進めた。まだ十三歳の彼女は家主が犯した罪と関係ないと国王は決断した。

その反対に、ブリッグス家はダンという騎士が戦果を挙げて立ち上げたばかりの家であった。国王はダンを信頼している。そんな彼が立ち上げた家を応援したいと思い、堕落しかけた家ではあったが幼いころから貴族教育を受けたテレサを嫁がせたらブリッグス家にとっても良いことだと判断してこの結婚を進めた。


そして二人は結婚した。だが、その結果は国王が描いた未来と異なった。




結婚式から一週間、テレサは王都から少し離れたブリッグス家の屋敷に暮らし始めて八日間目の朝を迎えた。


「今日もいい天気のようですね」


窓から覗いた太陽の光を見てテレサは呟いて、そしてベッドから降りて支度した。本来メイドなどが手伝うはずだがブリッグス家にはその人員が無かった。国王はお手伝いの人員を派遣すると提案したが家主のダンが断った。

支度が終わり部屋から出たテレサは食堂に向かった。


「おはようございます。奥様」

「おはよう。アルフレッドさん」


食堂の中に初老の紳士、ブリッグス家の執事のアルフレッドが待っていた。彼はテレサを席にエスコートして、屋敷の料理人が用意した朝食を彼女の前に持ってきた。


「どうぞ、召し上がれ」

「ありがとう。ダン様はやはりもう行かれたのですか?」

「残念ながら左様でございます」

「そうですか。でも、仕方ありませんね。では、いただきます」


朝食を食べながら、テレサはブリッグス家にまつわる事情をもう一度考えた。


ブリッグス家は二年前、王国が東の国と戦争していたとき、当時小隊長で庶民の成り上がりのダンが戦果を挙げて貴族の資格を得て立ち上がった家であった。今は休戦の状態ではあったが裏に両国も動いていた。そのため、隊長になったダンは今も忙しい。結婚式の翌日の朝から、テレサはもうダンと面と向かって話すことはなかった。初夜も二人は別々の部屋で過ごしていた。


結婚式で出会ってその翌朝までの間のテレサのダンへの印象は騎士そのままであった。令嬢たちが夢見る騎士ではなく戦場に立つ騎士。主君のため、国のため、民のため、守るもののために身を挺して騎士道を貫く戦士。そんな彼は休戦だからといってただ黙るはずがなかった。ダンは彼なれに彼のできることをやっているのであろうとテレサは思った。そんな彼には貴族社会の事情や貴族の資格そのものに興味はない。

ではなぜダンはテレサと結婚した?


(それは主君である国王の命令や彼が立ち上げたこの家にお仕えている者たちと同じ理由なのでしょう)


ブリッグス家の屋敷にはダンとテレサの他にアルフレッドを含めて五人の家来しかいなかった。彼らは戦争により身寄りを失った者たちでダンが家を立ち上げて自分の家に受け入れたのだ。


(その点、私もアルフレッドさんたちと同じ身寄りを失った者ですから多分ダン様は私をそんなふうに思っているのでしょう。家族を失った私達にとってはここにいるみんながその家族の代わりだと思っている。そして私に与えられた役目は家の夫人。あくまでただの肩書。それでも私は……)

「ご馳走様でした」


朝食を食べ終えたテレサは席から立ち上がり部屋の窓へ向かった。その後ろに執事のアルフレッドが食品を片付けている音を聞きながら、テレサは窓の向こうの中庭を眺めていた。そこには緑の貴族屋敷の庭がなく、代わりに荒れ果てた土地があった。五人の家来の中に庭師がなかったのだ。テレサは荒れている庭を見て決意した。


「うん、我ながら妙案だと思うな。アルフレッドさん、中庭に皆で花を咲かせましょう」

「はい?」


その突然の発案にアルフレッドは呆気に取られただけであった。


***



時をさかのぼり、ダンとテレサの結婚式のすぐ後。ダンとテレサはブリッグス家に向かっている馬車で二人きりで対面していた。二人の間に言葉がなかった。


「...」

「...」


沈黙の中のまま、馬車はブリッグス家の屋敷に着いた。馬車から降りた二人は五人の屋敷の家来たちが出迎えた。ダンは一人一人テレサにお使いを紹介した。


執事のアルフレッド

侍女双子のレイとメイ

料理人のアンマリー

門番のドレイク


メイとドレイク以外の家来たちはテレサを歓迎した。ドレイクはどうでもいい風であったがメイは明らかにテレサを目の敵にしていた。その理由はその時のテレサがまだ分からなかった。そのメイの態度にアルフレッドは注意したがメイは真面目に聞いていなかった。そして、家の者の紹介が終わってダンはテレサを寝屋に案内した。


「ここを好きに使っていい。いや、この屋敷全体に好きに暮らしていい。何かほしいものがあればアルフレッドのじいさんに相談するんだ」

「分かりました。ダン様は?」

「オレは他の部屋に寝る。それに、仕事で大抵の時間に屋敷にはいない。戻るのもいつも夜中だ。だからオレのことは気にしなくていい」

「そう...ですか。分かりました」

「...それじゃ」

「あ、あの!ありがとうございました!もし会えたら、ずっと礼を言いたいと思っていました」

「任務を執行しただけだ...すまなかったな」

「ダン様は...なぜ騎士になられたのですか?」

「...自分の守るものがなかったから、他人ヒトの守るものを手伝いに守ることにした。その他人ヒトがたまたまこの国の王だっただけだ」


それだけ言い残してダンは部屋を出た。だが、その最後の一言にテレサはなんとなくダンという人となりを少しだけだが掴んだ気がしていた。


***



「…ン!おい、ダン!」

「…聞こえてるから大声出すな。ドレイク」

「あんたがぼーっとしてたからだろうが。疲れたのか?らしくねえな」

「ちょっと…思い出しただけだ。それより、屋敷に異常は起きなかったな?」

「ああ、今日もいつも通りだった」

「なら……いいか」

「あんたの方は……よくは見えねぇな」

「まあ、な」


ブリッグス家屋敷の前、真夜中。ダンは本日の仕事を終え帰ってきた。門の前に愛馬のランブルから降りて門番のドレイクに屋敷の近情を聞いてるときダンはふと自分が結婚した日を思い出した。あれから一週間経った。ほの一週間。もう一週間。ダンの中に結婚した認識が曖昧であった。


(保護のための結婚だ。何を今更気になってんだ、オレは…良くならない事態から目をそらすつもりか、甘ったれが)


そう考えてるときに、ダンの横に妙なものが目に入った。


「中庭の土、手入れされてる…」

「んあ?あぁ、あれか。ありゃ奥さまの仕業だ」

「テレサが…?」

「詳しくは中のやつらに聞くといい。ランブルはオレが帰すからオメェは早く休んどけ」

「それじゃ、頼んだ」


ダンは馬をドレイクに任せて屋敷の中に入った。


「おかえり〜。軽い夜食を用意したから寝る前に食べてね〜。どうせ仕事の間ろくに食べなかったでしょう?」


そう言ってダンを出迎えたのはブリッグス家の料理人、アンマリーであった。


「ああ、助かる。アン。アルのじいさんは?」

「久しぶりの運動に腰がいっちゃったから早めに休ませたよ」

「中庭の土が手入れされたことと関係してるか?」

「そう。テレサちゃんがね、いきなり花を咲かそうと言い出してね〜。みんなを集めて作業したのさ〜。あ、わかってると思うけど、テレサちゃんはあたしたちに無理はさせなかったよ。逆に自分ができる以上の作業をしようとしたからアルフレッドじいさまが必死に止めようとして張り切りし過ぎになっちゃった」

「そうか……中庭に花、か……」

「もしかして、嫌?」

「嫌じゃねぇな。花は、いい」

「なら良かった。それじゃあたしあの門番に夜食を渡しに行ってそのまま寝るから、あんたも食べ終わったら体洗ってすぐ寝なさい。おやすみ〜」

「ああ」


アンマリーが出ていくのを見送った後、ダンは言われた通り用意された食べ物を食べ、体を洗って、そして自分の寝室に向かった。その途中、ダンはある部屋の前に足を止めた。


「テレサ……?」


その部屋の半開きになった扉から机に寝落ちしたテレサの姿が覗かれた。ダンは自分の気配を殺し、無音で部屋の中に入った。テレサに近づいたら、その横に書くものの本が置いてあった。これを書いているうちに寝てしまったなとダンは察した。

ダンはゆっくりテレサの体をベッドに運び布団をかけた。そして、ふとテレサの書いたものに気になったダンは机の上に置いてあった本を持ち上げて中身を読んだ。


(これは……なるほどな……)


中身を見て驚いたながらも、ダンは暖かい気持ちになってゆっくり文字を一つ一つ目に通していった。そして、ダンは思った。


(オレも……まだまだ頑張らねぇとな……)



翌朝

テレサは目を覚ました。


「あれ…?いつの間にベッドに入ったのかしら…?」


自分は書き込み中のはずだったと寝ぼけた頭で曖昧の記憶を探ったテレサはそう思い部屋の机に向かった。そこに確かに昨夜に書き込んだ本があった。だが、テレサは違和感を感じて中身を確かめた。そして、あることに気づいて、涙が出そうになった。


「…っ!読んで、くださったんだ……!」


その後テレサは支度していつも通り食堂に向かった。そして、いつも通り執事のアルフレッドが彼女の朝食を準備していた。


「おはよう。アルフレッドさん。腰は大丈夫なんですか?」

「おはようございます。奥様。ご覧の通り、問題ありませんのでご心配には及びません。奥様の方こそ、なんだか上機嫌なんですな」

「えへへ。実は……ダン様と"交換日記"を始めました」

「はい?」


テレサが明かした出来事にアルフレッドは二日連続に呆気にとられた。





東の国との休戦状態、その裏側に、ゲリラ活動が行っていた。最初から、休戦になったのは両国の資源が尽きたからであった。資源がまた満ちた時には戦争再開だと両国家が思っていた。戦争再開の時少しでも有利になるためにゲリラ活動で敵の準備を遅れさせたのだ。それがダンの多忙な原因であった。

国王はダンを信頼している。故に、ダンは国家の任務だけではなく、国王自らの依頼をもこなしていた。それは戦争再開の時を一日でも延ばすことであった。国王は国家の方針と反対に戦争を止めようとしていた。休戦の状態を完全な和解にして平和を望んだ。つまり、ダンの相手は敵国の者だけではなく、自国の者も相手していた。そのおかげでダンがブリッグス家屋敷に帰られなかったことも多々あった。


ダンが仕事で忙しい一方で、テレサはブリッグス家屋敷から出ることはほとんどなかった。本来貴族の者は社交に参加することで他の家と繋がりを得て自分の家の地位を固めるもの。それが国王のテレサをブリッグス家に嫁いだ狙いだった。

しかし、テレサは国王の意思を実行するより、ダンの意志、すなわちブリッグス家の志を守ることに決めていた。

かつて、二人の結婚の初夜にダンがテレサに言っていた言葉。ダンが騎士になりブリッグス家を立ち上げた理由。それがダンの原点であり騎士道の基礎でもあった。そしてそのままブリッグス家の掟になった。ブリッグス家夫人としてそれを守るのが使命だとテレサは国王に言った。テレサの決意を聞いた国王は自分の意思を諦めてテレサの手助けすることにした。その意志は自分の役目、民を守ることに繋がっていたからだ。


ダンは仕事帰りによく人を拾ってきた。戦いや争いに巻き込まれた人々だった。テレサはその人たちの面倒を屋敷で見ていた。その時、五人の家来もテレサを手伝っていたため、テレサは国王と会う時間が出来て、その人たちの大切なものを取り戻す手伝いが出来た。取り戻せた人たちは次々とブリッグス屋敷から出て自分の人生をもう一度歩んでいった。それこそがダンのやりたかったこと。テレサはそれを理解し、騎士として国王の手伝いに忙しいダンを変わってやり遂げた。ダンの意志を守るために。


その間、ブリッグス屋敷の中庭も立派になった。それはテレサや家来たち、そしてブリッグス家に来た人たちのおかげであった。ブリッグス家に来た人たちの大切なものを取り戻すのにそれに関しての情報が必要で、当の本人たちから聞き出せなくてはならなかった。そのためにテレサが取った手段はみんなでやる中庭の世話。共同活動により他人への思いやりを芽生えさせて閉じた心をもう一度開けさせるのがテレサの考えだった。その考えが実をむすび、ブリッグス家から出る者に中庭で咲かせた花を送るのが習慣になった。


こうしてダンとテレサはそれぞれ自分で決めた自分の役目を果たしてきた。が、そのためにもブリッグス家の世間の立ち位置が少しずつなくなっていた。


そして、ダンとテレサの結婚式から四年、ブリッグス家の終わる刻は目の前に来てしまった。


国王やダンがどんなに頑張っても状況は戦争に向かっていく。六年間も延ばせたが、両国の意思を変えることが出来なかった。そしてとうとう、東の国の軍が王国へ向かって動き出した。

だが、国王もダンも諦めていなかった。彼らは国家の軍議と別で戦争を延ばせさせる悪あがき、つまり時間稼ぎを企んでいた。それは王国の騎士団と東の国の軍が激突する前に先導した東の国の軍隊を退けさせることだった。そのために、ダンは騎士の名を捨て、放流の武装団として迎え撃ちしなかればならなかった。


「ダンよ、本当にすまなかった」

「他の方法がなかったら仕方ない。最初から騎士になるのはあんたの手助けするのに一番都合が良かった。それが邪魔になったら捨てるしかない」

「君にはいつも助けられた。わがままを聞いてくれた。なのに私は君に何もしてあげられなかった。主君として資格だ」

「よせ。あんたのわがままに付き合うのはオレが決めたことだ。あんたは空っぽのオレを満たしてくれた。死人のように生きてきたオレに生きる意味を与えくれた。家をくれた。家族との出会いを与えてくれたんだ。ま、オレは家のことを嫁に任せっきりのダメな旦那だったんだが、十分以上に与えてくれたんじゃねえか」

「家と家族、か。それに関してはどうでしょうね。私のせいでもうすぐバラバラになるぞ」

「最初からバラバラだったんだよ、オレたちは。そしてそのバラバラのものを一つにしようともしない家主のオレの責任だ。が、オレ的にはバラバラのままでもいいんだがな」

「それで君の家の者たちは納得できるか?」

「できないだろ。だが、あいつならうまくやれる」

「テレサ君、か。私の望んだ形と異なってしまったが、確かにある意味彼女のおかげでブリッグス家の者たちは助けられるかもしれん」

「ああ」

「では、もう考え直しはしないんだね?」

「ああ。ダン・ブリッグスは騎士失格でブリッグス家は今年にて滅びる。正直言ってオレが思ってたより長く持つ方だ。ホントにオレには勿体ねぇ女だ。国王、オレの逆賊の話が広まった時、あいつを頼む」

「うむ。もとよりそのつもりだ。安心して堕ちてこい」

「恩に着る。では、ブリッグス隊出陣する!」


こうしてダンは王の役目(わがまま)を通すために、逆賊になると決めた。


テレサはこんなことになることをずっと前から悟っていた。だから事前に国王から話を聞いても驚いてはしなかった。貴族社交に参加しない家は長く持つことは無理な話だからだ。だからテレサはブリッグス家に来た者はいずれ家から出る方針で接していた。それは五人の家来も例外ではなかった。テレサの前にダンに仕えていたこともあって、他の人と違ってなかなか出ていく様子がなくダンに一生尽くすつもりだとテレサは見えたが、それでもテレサはいずれブリッグス家が堕ちた時彼らが生きていけるように裏で動いていた。


執事アルフレッド

元傭兵であった彼には妻と息子がいたが、彼に恨みがあった敵兵に妻が殺され、息子は行方不明になった。仇を打ったものの、生きる気を失い戦の亡霊になりかけた彼はダンが戦から離させた。戦から離れたものの、アルフレッドは息子を探すのは既に諦めていた。小さい子供が一人で生き延びる可能性は極めて低いからだ。

だが、テレサは探していた。そして、息子を見つけられないが、息子の嫁と子供、つまりアルフレッドの孫を見つけることができた。息子は海の向こうの大陸まで逃げることができて、生き延びていたが、長くは生きていけなかった。だが、生きてるうちに自分の家族をつくることができた。


「なぜ、忘れていたのでしょう。私とあいつの息子だ。生き延びるに違いなかったはずなのに、自分が情けないです。奥様、本当にありかどうございます」


料理人のアンマリー

酒場の店主の娘であった彼女は実家の酒場で一人の騎士と出会って結婚した。が、その騎士は戦争で命を落とした。絶望の中で人生を諦めて自殺しようとしたがダンが知らせに来たダンが止めた。

テレサはアンマリーと女同士、そして同じく騎士の妻の絆を結び、そして二人で一緒にアンマリーのもう一度生きる気力を取り戻した。


「あの人は言ったわ。国なんぞ守るつもりはなく、あたし(マリー)を守るために戦いに行くんだ。とね。あたしが死んだらあいつが本当に無駄死になるわね。妻として、旦那の意志を守る。あたしも、自分をもっと大事にするわ。あの人が愛してくれたマリー(あたし)を。そして、久々にお父さんに甘えてくるわ」


侍女双子のレイとメイ

二人は戦争で故郷を失い、両親と離れ離れになり、ダンと出会う前に奴隷として生きてきた。酷いな扱いでメイは人間不信になり、ダンが救ってくれた後ダンだけを信じていた。メイはダンに好意を抱きテレサに妬んでいた。テレサはメイの気持ちを気づいて、それでも自分のやることを止めなかった。国王の助けでテレサ二人の両親の居場所を掴んだ。


「…何のつもりよ…?私たちを追い出そうとする真似しちゃって……」

「すみません。でも、ブリッグス家はもうすぐ落ちる。だからその前に皆さんには新しい居場所を探さないと」

「だからどうして!?どうしてあんたはこの家が潰れるのを見過ごしたって言うのよ!!?あんたならこの家を守れるはず!!ダン様を支えられるはずなのに!!!ねえ!!どうしてよ!!??どうして……関係ない他人の事情なんて気にするのよ……この家の者だけ……ダン様だけを考えていれば……どうして………」

「……確かに私はブリッグス家が存続できるために国王が嫁がせた。それが貴族の夫人の努めでもあります。ですが、あの夜、ダン様と話した結婚式の夜に聞いたダン様の意志。私は貴族の家の夫人ではなく、ダン・ブリッグスの妻になると決めました」

「ダン様の……意志……?」

「他人の大切なものを手伝いに守る」

「!!」

「メイさん。私はこの家の者たちを考えていますよ。思い出してください。この家の者たちはみんな元々他人です。血のつながってる家族だってただの他人と思っている人もいるでしょう。ですが、他人であった私達をダン様が救ってくれました。居場所をくれました。自分以外の他の人がいるから手伝ってもらえることができます。他の人がいるから孤独から救われることができるのです」

「それだったら……恩を返さなければならないじゃない!?一生をかけて!」

「そうですね。でも私は何をやっても、一生かけても、この恩を返すことはとうていできないと思っています。だから、諦めました」

「諦めるって……」

「その代わり、私はダン様と一緒に彼の意志を貫くことを決めました。例え彼の側にいられなくても、何より大事なのはダン様の志、その(こころ)を守ること。それがダン・ブリッグスの妻としての役目です」

「そんな……自分の幸せを犠牲にする考え方なんて……分かんないよ……」

「本当にそうですか?メイさんたちはアルフレッドさんに次ぐ最もダン様にお仕えしました。それにダン様は他人を誰彼構わず助けるわけではありません。他人の大切なものを手伝いに守る。あなたにはあなたの大切なものがあって未だにそれを諦めきれていません。ダン様は信じています。あなたがまた立ち上がり、自分の手で大切なものを取り戻すことを。ずっとダン様を見てきたあなたなら分かるはず。だからあなたも信じてください。自分自身の大切なものを」

「うぅぅ"……パパ、ママ……本当に……会えるの……?」

「ええ。あなたが勇気を出せば必ず」

「うううわあああああんんんん!!!」


こうしてテレサは一人一人家来たちを説得させ、みんなが前に進めるように背を支えて押した。ブリッグス家がいなくてもその家の者たちは自分たちの人生を歩める。ブリッグス家の(こころ)と共に。


そして、ブリッグス家に夜が訪ねた。テレサは無性に中庭を散歩したいと思っていた。皆で咲かせた花、皆に何を送るか選ぶためにも見に行った。着くとテレサの前に先客がいた。


「ダン...さま...?」

「...ああ。久しぶりだな。テレサ」


四年ぶりにブリッグス夫婦がちゃんとお互いの目を会って話した。生活の中に一方的に相手を見ていたことはあったがちゃんと話すことはなかった。四年ぶりの再会と言っても過言ではない状態であった。そう思っているのか、テレサは慌ててなってきた。


「あの...えっと...そ、そうでした。あの、お帰りなさいませ」

「ああ。ただいま」

「...へへへ」

「ど、どうした?急に」

「あ、いいえ、あの...初めてちゃんと迎えることができたと思って、何か...嬉しくて...」

「...そうか。たしかにこういうのも悪くねえな」


ぎこちないでありながらも二人はお互いの存在をたしかに感じていて感服になっていた。沈黙が落ちても心地悪さが全然感じず二人で中庭の花を眺めていた。


「みんな、いい花を咲かせたな...」

「ええ。傲慢なことにも、自慢の子たちだって思ってしまいました...」

「いいさ。オレもそう思っているから……帰る度に日に日に立ち上がって咲いていく姿が誇らしい……」

「うん。そういえば今日も...話してもいいかな...」

「ああ、聞かせてくれ」

「では、まずはあの話から...」


四年間ろくに会話していなかった二人にも日々の生活を繋いでくれたものがあった。ブリッグス夫婦を繋いでいたもの。それはテレサが始めた"交換日記"であった。そのためか、四年ぶりの会話でも二人の間に気まずなはなく本当に四年の間夫婦として過ごしてきたかのように見えると影から見ている家来たちは思っていた。


「だから……どうして私たちの話ばかりなのよ……」

「似たもの夫婦と言いましょうね。使者の身としては、ご自分のことをもっと考えてほしいものです。しかし、まさか"交換日記"というのは奥様が私たちや屋敷に来た人たちの話を書いているだけで旦那様からは自分のサイン以外に何も書いていなかったなんて。これでは交換日記と言えますかね?」

「ええ、それは間違いなく交換日記なのよ。騎士というのはね、本当の騎士は何よりも大事するのは自分の騎士道なの。それを通すためなら自分の身を挺しても躊躇わない。そういうダンがその日記を読んだ。ただそれだけでテレサちゃんにとって意味があるの。主人がまだ生きてるってね」

「アンの言う通りだ、アル爺、メイ子。これはダンの野郎が自分のことだけ考えたから招いた結果だ。だから余計な後悔はするんじゃねえぞ。いいか、レイ」

「………そうだね」


そして、家来たちは二人に時間をあげるつもりでその場から離れて行った。一方で楽しそうに話してるテレサとそれを微笑みしながら聞いてるダン、そろそろテレサの話が終わる頃ダンは花を見つめながら言った。


「……すまない」

「…前に、それも聞きましたね。一回目は私の家族を救えなかったこと。今回は何の謝罪ですか?」

「お前を、家のみんなを放置してきたこと」

「ダン様は……ただ私たちを放ってるわけではありません。皆が平和に生きられるために頑張ってきました。だから……」

「そうか…」

「はい…そうです」

「そうなのか…ありがとうな」

「役目を全うしただけです……なんてね。どういたしまして」

「もうしばらく……側にいてくれねえか…テレサ」

「はい……いつもお疲れ様でした……ダン様」


こうしてブリッグス夫婦の最後の夜が過ぎていた。


翌朝、ダンはテレサとレイ以外の家来たちに見送られ出発の準備していた。


「全くレイったら、寝坊とかありえない。もうダン様に会えないかもしれないのに……」

「気にするな。メイ、色々とすまなかったな。レイと一緒に元気でやってくれ」

「ダン様……私は忘れない……あなた様のこと……ブリッグス家の皆のこと……テレサのことも……本当にありがとう……」

「アン、お前の飯うまかった。今まで言えなかったがご馳走様でした」

「はい〜お粗末様でした。あたしに生きるチャンスをくれてありがとうね。あんたも自分の命を粗末にするんじゃないよ。テレサちゃんを泣かせたら承知しないから」

「アルじいさん。今までお世話になった。あんたが教えたこと、幾度もなくオレと部下たちの命を救ったんだ」

「戦の経験だけが長いので、役に立てるなら何よりでございます。この老いぼれに、生きる意味を与えてくれて、そしてこれからの人生を捧げる存在を見つけてくれて心から感謝を申し上げます。例え家がなくなろうとも、旦那様と奥様が我々に継いだブリッグスの魂は決して滅びはせん」

「ありがとう。それじゃ、ランブル!」


ダンはドレイクが持ってきてくれた愛馬を呼んでその背中に乗り上がった。


「じゃあな、ドレイク」

「ああ、またな、ダン」

「テレサ、行ってくる」

「はい、行っていらっしゃいませ。ダン様」


そしてダンはブリッグス家を去った。

それを続くように、アルフレッド、アンマリー、レイとメイも屋敷を出て行った。テレサとドレイクを残して。


「ドレイクさんはこれからどうするのですか?」

「さてね。まあ、また宛のない旅でもするかなぁ」


門番のドレイク

旅の剣士で、街道でダンと決闘したら負けたから賭けの結果としてブリッグス家に使わせた。ダンが親友と思っている男である。ドレイクはダンの頼みで家を国内の敵から守ってきた。


「あんたは、王宮で侍女になるってな」

「はい。国王には色々お世話になりましたし、侍女としてお手伝いできればと思って」

「相変わらずマジメだな。あんたもあいつも。ま、最後までは残るつもりだろ。付き合うぜ」

「ふふ。では、門の守りはいいので家事を手伝ってくれたら嬉しいな」

「へいへい。わかりましたよーっと。奥さま」


テレサとドレイクはブリッグス家の最期の時を迎えるまで今まで通り家を守ることに決めた。





半年後

東の国境でブリッグス隊が盗賊団に化した噂が王都まで広まり始め、ブリッグス家が落ちるのも時間の問題だった。だがその時にダンが予想外の事態と出くわした。

一つはレイの同行。ブリッグス屋敷から去って隊と合流して移動中にレイがダンの前に現れた。本来の男の姿で。レイは侍女の格好で侍女の仕事をしていたがその実メイの姉ではなく兄であった。理由も分からないが奴隷になっていたときから自らで女物を着ていると妹のメイが言っていた。屋敷では妹と反対に明るくて茶目な侍女を振る舞っていたが、ダンの前に現れた彼は戦いに行く男の顔を見せた。


「何のつもりだ?レイ」

「……兄ちゃんを連れてかえるために一緒に行く」

「何?」

「ブリッグス家は終わる。でも、それは兄ちゃんが終わるわけじゃない。作戦の目的は敵軍を退けさせること。それができた次第に必ず兄ちゃんを連れて帰る」


まっすぐダンの目を見て発したその言葉にダンは強い意志を感じた。そしてそのまま行くダンは彼の意志に応えた。


「好きに付いてくるといい。オレは待たんぞ」

「…!はい!」


ここまではまだいい。屋敷でドレイクに剣術を学んだレイは十分な戦力になった。


だが、二つ目の予想外にダンの作戦が狂わしになってしまった。それは作戦中にダンが敵軍から"拾いもの"を拾って本隊と離れてしまった事態であった。


「ったく。悪い癖は早めに治すもんだな……このままじゃ、国王との約束をまもれねぇや……だが、やっぱやっちまうんだなオレは…!!」


ダンは一ヶ月にその"拾いもの"を守りながら敵軍の追手を巻いて本隊に帰ろうとした。そしてついに王国の最東端の村である本隊の拠点にようやく戻れた。だがその時に、敵軍もすぐダンの後ろに付いてきた。ダンは作戦失敗を宣言し、撤退の命令を下した。少人数の組に分かれて退くことになり、ダンは"拾いもの"をレイに託した。


「悪いが、レイ、こいつを持って行ってくれ」

「こいつは……!ダン兄ちゃん!!」

「どうやらこんな時でもオレはオレのままらしい。ホントお前らに申し分ねぇ。行き先は……お前に任せる。頼んだぞ、レイ」

「この…!なんで……!ちくっしょー!やっぱオレは……ボクは……」

「……レイ、こっち見ろ。いいか、オレはお前が誰よりも男らしいと思う」

「兄ちゃん……?」

「どんなに自分をおめかししても、どんなに女々しいと見られても、お前は誇り高き男だ。妹を魔の手から守ろうとしたその強い意志が昔から隠しきれねぇからな。だからオレはお前ら双子を助けたんだ」

「メイに言わないまま……一緒に守ってくれたんだね……」

「お前の男の意地は誰よりも強かった。お前はオレの自慢の弟分だ」

「……分かった。必ずこいつを安全な場所まで届かせる。だから、死ぬなよ。ダン兄ちゃん」

「ああ。ありがとな、レイ」


俯いたレイにダンは彼の頭を撫でた。その時、ふっとレイに扱ったものを目に入って、ダンはまた優しく、そして誇らしく笑った。そして最後に言った。


「強く生きろよ」


レイを含めブリッグス隊は撤退を始め、ダンだけが残された。ダンは一人で殿を勤めようとした。


「いや、一人じゃねぇな。いつも悪いが、付き合ってくれねぇか?ランブル」

「ヒィィェッ……!」

「そうか。んじゃ、もう後ろに何もねぇ…!久しぶりに暴れて行こうぜ!!!」


ダンとランブル、一人と一匹が一騎になって千三百人の軍隊に突撃しに行った。それを見た東の国の兵たちはバカにしたが、ダンとランブルの姿が近づく度に、彼らの普通ではない圧力をだんだん感じてきた。慌てて弓兵を出して矢で落とそうとするが、ダンは持った槍でほとんど全ての矢を弾き落とした。三、四本がダンとランブルに刺さったがそれだけで彼らは止めなかった。全ての矢が落とされてランブルは高く跳んで敵陣の真ん中に大きな波動を起こし周りの敵兵を飛ばしながら着陸した。ダンは槍で敵兵を次々と薙ぎ払った。

槍の一振りで数十人の兵が薙ぎ払った。

馬の一踏みで大地が振れて周りの兵が飛ばされた。

その様は人の業と思えないと東の国の軍兵が悟った。その一騎は誰にも止められず暴れた嵐のように見えた。

一騎当千。

ダンとランブルの一騎の力は正に千人力に当たる英雄だと。


だが、それは本当に英雄の姿なのか。その一騎は無傷ではなかった。敵を払う度、自分たちも傷を受け、どんどん自分の血と相手の返り血に浴びさせたその姿は、

一人殺せば人殺し、

十人殺せば兵士、

百人殺せば将軍、

千人殺せば英雄、

では千人以上を殺せば何というであろう。


「バッ、バケモノッ……!」


東の国の兵の一人がそう言った。傷だらけにもかかわらず止めもしなかった一騎は生き物の皮をかぶった化け物に見えた。

確かにダンは敵を殺す度自分の正気を少しずつなくしていく。無我夢中であった。

五百人目を殺して、ダンは敵の正体を忘れた。

七百人目を殺して、ダンは戦っている理由を忘れた。

九百五十人目を殺して、ダンは相棒(乗っている馬)が倒れたことを忘れた。

千人目を殺して、ダンは"ダン"を忘れた。


気づいたらそこに"何か"が千人の死体の上に立っていた。血まみれで、傷だらけで、武器を持つ力も持たないひょろひょろの"何か"。それなのに、残りの生存者は誰一人その"何か"にとどめを与えることができなかった。目の前に広がった出来事はあまりにも残酷で、体が動けなかったのだ。その内、一人の兵士が"何か"と目があって、自分がこれから死ぬと驚きながらも抵抗する気力が何もでずただその死を受け入れるだけだった。


"何か"がその兵士に近づき、手を伸ばそうとその時、足元にあるものを目に入った。野ばらの花。すると同時にどこからもわからず、あるいは空耳かもしれない、風と共に少女の声を聞こえた。


『ダン様……』


そして、"何か"はダン(自分)を取り戻した。その瞬間、伸ばせた手が元の場所に戻り、力なくただただ足元の野ばらの花を見つめていた。


「こんな血まみれな場所にも……花は咲くもん……だな……」


小さな声で呟いたその言葉は不思議なことに周りの兵士に聞こえて、全員同じことを考えた。

嗚呼、この人はもう死んだ。と。

最後の最後に人間性を取り戻したダンを見て、たくさんの仲間が殺されても関わらずその場にいた兵士たちはダンとランブルに向けて敬意を払い見送った。


ダンの死亡の知らせは二週間後に王都に届いた。国王はいくつかの高位貴族の者と共にブリッグス屋敷に知らせに来た。

知らせを聞いてもテレサは表情を一つ変えなかった。この結果は覚悟の上。泣いたらダンのやったことを無駄にしてしまう。

ダンが仕事に没頭し、テレサに構えなかったのはテレサ自身としての社交の位置を保つためでもあった。実家が堕落して落ちこぼれ騎士の家に仕方なく嫁がせた悲劇の令嬢。そのようにブリッグス家が滅んでもテレサが貴族社会に復帰する可能性を残すために。

周りの貴族はダンの表の日頃だけを知ってテレサの反応に納得した。

次はダンの逆賊としての事実を夫人の前に公にしていればブリッグス家は正式に滅ぶ。その時、一人の男が国王の護衛騎士を抜けて屋敷の門を通って中庭に入ったのをテレサが見た。


「レイ君……?」

「......ただいま戻りました。奥様。そして、本当に申し訳ございません。私が側にいながら、旦那様を連れ帰ることができませんでした。私たちを逃がすために旦那様は...一人で...」

「待って...どういうことです...?私たちって...」

「...旦那様に任せられまして、こちらの方をお連れ帰りました」


レイは今まで胸に抱いていたものを下ろした。五歳も満たない男の子であった。それを見たテレサ、ドレイク、そして国王は息を呑んで動揺した。テレサに至っては膝を下ろして男の子に抱きついた。そして、今まで我慢してきた気持ちが涙と叫びとともに漏れ出した。

貴族たちや騎士たちは何が起きているかまるで理解できなかったが、ダン・ブリッグスという男を知る者たちは男の子の存在の意味を痛いほど理解できていた。できてしまっていた。

国王は一つの決意をして、確認を取るために今も泣き叫んでいるテレサに近づき優しくその肩に手を置いた。


「テレサ、いや、ブリッグス夫人。失礼ですが、一つ確認させてくれ。その子は何者?」

「...ダン様の...私たちの...息子です!!!」


そのテレサの宣言にその場にいた者たちはさらに驚いた。ブリッグス家に跡継ぎが存在する。それはつまり、ブリッグス家はまだ建て続ける。貴族たちにとって都合が悪い。


「ちょっと待ってください!一体どういうことだ!?なぜブリッグス家の子息が...!?」

「失礼ながら、自分に説明させてください。自分はブリッグス家の私兵、門番のドレイクと申す。実は、若、ご子息様は生まれて間もなく何者かに攫われたのです。そのショックのあまり、奥さまは屋敷に引き篭もり、旦那さまは若の行方の手がかりを見つけるためにこの四年間仕事に没頭して色々な場所に回っていました。そして、ついに半年前に手がかりを見つけ旦那さま自身がお出でになられました」

「その件、私も聞いた。だが、家の名誉を守るためにダンは内密にしてほしかったというので、できるだけ情報を押さえた」

「では...ご子息を攫った犯人は...」


国王は目線をレイに向けて、レイもその意図を理解し言葉を発した。


「東の国です。前の戦争に活躍した旦那様の弱みを握るのが目的でした。それで...旦那様は...自分の隊を連れて東に向かい、国境で東の国の先導隊と激突しましたしました!!私は...その間に敵の地に忍び込み若を救出して、旦那様が時間を稼ぐ間に若を連れて戻りました」


と言うのが嘘である。ブリッグス家を存続させるために、ダンの逆賊の噂を否定する話をその場で国王たちが作り出した。それに伴う代償を承知の上で。


「聞いたか!?諸君!!東の国は軍隊を我らの国に向かわせ、それを騎士ダンとブリッグス隊は私事を含めながらも撃退してくれた!だが、彼らは必ずまた来る!ならば、我らの取るべき行動はただ一つ!ダンの死を無駄にしないためにも、東の国に報いを与えようではないか!!」


王国の騎士として行動を認められたダン、東の国の軍に唐突したことで戦争が始まってしまったのだ。





十二年後

東の国との戦争が五年目に王国の勝利で幕を下げたが、両国にとって犠牲が多く出た。完全に潰される前に東の国の代表が降参を宣言し、ほとんどの土を王国に奪われたがまだ国として成立できていた。そして、王国にようやく平和が訪ねた。その裏に不穏な企みが立てられているのが誰も知られずほどに。


一方で、ブリッグス家ではテレサ、ドレイク、レイの三人はダンが託した少年を育つことに専念していた。最初は無表情で無機質な少年でしたが、三人の努力と主にテレサの愛によって少年は人間としての感情を、心を取り戻せた。

少年の名はスカイ・ブリッグス。そうテレサが名付けた。少年の正体はダンしか知らなかったこともあり、スカイは本当に自分がブリッグス家の子だと信じていた。テレサもそのつもりで、スカイにブリッグス家の志を叩き込んだ。

その結果、スカイの他人への思いやりは強くなり、人のために行動できる勇敢な少年になった。十歳から、剣の師であるドレイクに兄弟子のレイと武者修行という名目で色々なところに連れ回れ、色々な人と出会えた。そしてスカイはブリッグス家以外の人たちと絆を作り始めた。

この出来事を全て、テレサはかつてダンと交わした交換日記に書き込んだ。ダンに前みたいに家の者、増して今回は子供と思っている者の様子を伝えられるようにと祈りながら。

ブリッグス家に来て十二年目、十五歳のスカイは大きな事件に巻き込まれ命を危険にさらされることになった。が、ドレイクから学んだ剣術と作り上げた絆のおかげでスカイはその危機を乗り越えた。その時テレサは見た。スカイは他人(ひと)のために思い、動いた。そして、その他人(ひと)たちもまたスカイのために涙を流し、喜んでくれた。テレサは悟った。もう潮時だと。


ブリッグス屋敷の中庭で、テレサはドレイクと話していた。


「もうすぐ事態が動きます」

「らしいな」

「こちらの準備も整えました。後のことは頼みますね、ドレイクさん」

「……おう」

「……私のわがままに付き合わせてすみません」

「約束してたからな…気にすんな。お前と…奴らと過ごした時間は悪くなかったぜ。それに……ガラじゃねぇが、あの小僧のこれから先を見てみたい。本気で思った」

「うん。以外じゃないですよ。あの人も私も昔からドレイクさんが面倒見のいい人だと思っています。だからついつい甘えてしまいました」

「ったく。こっちとらそう言われて賭けまでしてまた負けてんのによ。ホント、呑気な人たちだ」

「うふふ。でもあなたがいてくれて嬉しかったと思います。これで今後のことも安心することができました」

「だったらよ……オレがお前をも攫いたいと言ったら?」

「………本当に、今までありがとうございました。ですが、私は最期まであの人の妻として役目を果たしたい」

「これで三度負け、か。ま、知った結果だけどな」

「あの人は多分、今私があなたの手を取った方が喜ぶでしょうが、さんざん待たされましたし、最後に一回抵抗してもバチは当たらないと思いません?」

「おうよ。そしてあいつに言ってやれ。全てがテメェの思い通りに動くと思うな。ってね」

「うん!」

「えへへ。そんじゃ、またな、テレサ。お前ら二人と出会えて良かったぜ」

「ええ。こちらこそ。いつかまたお会いしましょう」


テレサはドレイクに中庭の花を一本渡して別れを告げた。屋敷からスカイが出てきたのをみて、ドレイクはレイが待っている門に向かった。


「母さん!」

「スカイ、準備はできましたか?忘れ物はないですか?ハンカチはちゃんと入れました?」

「大丈夫、準備万端だよ!」

「ならいいわ。長い旅になりますから身体に気をつけてね」

「それは母さんもだよ。一人になるんだから、仕事しすぎるとか無茶はしないでね。本当は母さんも連れていきたいんだけど……」

「大丈夫よ。今までも国王はよくしてくれたんですもの」

「ごめんね、母さん。でも僕もっともっと強くなりたいんだ。そしたらさ、騎士になってブリッグス家を立て直すんだ。母さんには安定な生活を……」

「スカイ」

「母さん…?」

「そんなに焦らなくてもいいから。そろそろ本当のことを教えてくれませんか?あなたはなぜ強くなりたい?」

「……遠い記憶で、大きい背中を見ていた。でも、その背中がどんどん遠ざけていく。僕はどうしてもその背中を追いかけたいんだ」

「うん、偉い。人を思う気持ちも大切ですが、自分の思いを忘れてはいけません。ブリッグス家の志はそういう意味ではありません」

「他人の大切なものを手伝いに守る……本当の意味とは?」

「はい、残念。母さんが言えるのはここまでです。その答えを見つけるためにも、振り替えずに修行に頑張りなさい」

「うん。僕、頑張るよ!」

「いい子ね。ご褒美にこの花をあげます」

「ええ〜」

「……これから何があってもあなたは私たちの自慢の息子です。どこにいてもブリッグスの魂はあなたと共に。愛してるよ、スカイ」

「……ありがとう。母さん。じゃ、僕そろそろ行くよ」

「うん。いってらっしゃい」


スカイはドレイクと仲間と共に海の向こうの大陸へ旅立った。屋敷でテレサは一人残っていた。


そして半年後、事態が動いた。高位の貴族たちは国王に対して反乱を起こし、クーデタを始めた。国家の方針と真逆の意志を持つ国王は邪魔になり革命の名のもとに暗殺されたという。そして、国王の傘下の家も次々と潰された。そして、ブリッグス家にも革命軍がやってきた。その頭首としてあがった貴族が自ら出向いて、その理由はテレサの勧誘であった。ダンが還らぬ者になって、テレサは国王の副官もして王国の内政を手伝っていた。その腕と知識は男にも負けず、王国の前進におおきく関わった。国王の傘下に入った他の家はほぼ抵抗なし降伏した。たった一人の貴婦人、私兵も領地もなく、力づくで簡単に伏せるだろうと頭首は思っていた。

屋敷でテレサは彼らを待っていた。状況は把握していた。その頭首や革命軍の誰よりも。だからテレサはいきなり貴族が革命軍を連れて訪ねてきても動揺もせず至って冷静であった。


「流石だな」


と頭首がテレサの態度を見てますます惚れてしまい、その能力だけでなく、ゆっくり見ていたテレサの美しさや若さにどんどん欲望に沈んでいく。

最初は状況説明や自慢話、テレサが自ら望むように貴族は大袈裟な素振りで自分自身を仕立てていた。

テレサは嫌な顔を見せず、微笑みを保つまま話を聞き流した。その間に、彼女の胸にはダンとの交換日記がずっと締まっていた。

そして本番の勧誘に、頭首はテレサに美味い条件を次々と並べ、しまいには自分の第二夫人にするとまで言い出し、テレサに触ろうとした。

それをテレサは今まで見せない冷たい視線と声で薙ぎ払った。


「気安く触るな。私を誰だと思っている?ブリッグス家夫人、ダンが妻、テレサ・ブリッグス。夫以外に私を触れるいい人間など誰一人いない。身ほどを弁えなさい、下衆」

「きっ、貴様っ!!調子に乗るな…っ!!!」


テレサの言葉で頭に血が上った頭首は力任せでテレサにかかろうとしたが、その瞬間屋敷中に炎が舞い上がった。一瞬で逃げ道も残さず屋敷中は火の海になった。突然の出来事に、頭首と革命軍が混乱して何が起きたか全くわからなかった。

テレサは簡単に彼らに説明した。

曰く、前々からこの革命の企画を知って、自らを囮にして道連れを計画したとのこと。炎は知り合いの魔術師に屋敷中に魔法陣を頼んだこと。裏ではもっと色々動いたが、そこまで説明する必要はなかった。


「まあ、あなたを道連れしたところで他の貴族が乗っ取るだけでしょう。ですから、私がしたことはただの悪あがき」


とテレサは言ったが、テレサの本当の目的は他にある。それはスカイの自由への道。ブリッグス家の息子にしてしまったスカイにこの動乱に巻き込むのは心外。彼を逃すために、テレサはこの動乱に乗ってブリッグス家を本当の意味で焼き滅ぼすと決めた。事前にスカイを他の大陸に逃せたことを知っているのは信頼できるわずかな人しかいない。ここで、大くの焦げた死体が転べばテレサとスカイはその中に混ぜて心中したということになるだろうというのがテレサが書いた台本だった。


(他人の大切なものを手伝いに守る。それは、その他人が大切だから幸せになってほしいんです。スカイ、あなたならこの答えに辿ることはできるよ。ダン様の背中を追いかけるあなたなら、きっと、私たちより良い方法を見つけられる。そしてダン様、ごめんなさい。あなたの願いに反して、私は自分の幸せを手放してしまいました。それでも私は……)


火の海の中で、テレサはただただ自分の大切なものを考えていた。静かで、涼しい顔で、まるで煙の苦しさや炎の熱さを感じないようで。


「ふっ、ふざけるなぁあああっ!!!私は、こんなところで、死ぬわけにはいかんのじゃああああああっ!!!」


それに気に食わなかったのは頭首の貴族。怒りと悔しさに身を任せ、勢いでテレサに襲いかかった。テレサは怯えもせず、運命がされるがままに目を閉じ、身体を動こうともしなかった。その時、不思議な炎がテレサを守るようにテレサの周りに舞い上がり、襲いかかった頭首はその炎に振られ腕を焼けた。彼は悲鳴をあげて、幻覚を見るように炎から出た煙は人の形に見えた。


「…ッダン……ッブリッグス……」


そう言い残して、貴族は気絶した。テレサもこの出来事に驚いたが、間もせずに飲み込み、再び微笑みながら交換日記を抱きしめて目を閉じた。


「ありがとう……」





革命が行われた次の日。革命軍の頭首を努めた貴族は前国王の最も信頼されている騎士の家、ブリッグス家の屋敷にて死亡した。その事実を確かめるために革命軍は焼けた屋敷の探索を行った。そこに数多くの黒焦げた死体を見つけ、頭首とその隊及び、ブリッグス家のものたちと思われた。

ブリッグス家は前国王の忠実な心がために、国王に続く頭首を道連れに心中した。夫人のテレサと後継ぎのスカイはここに死亡したと革命軍は結論付けた。

が、探索で革命軍はこの世のものではないことを目にしていたのであった。焼けた屋敷に、黒焦げになった死体。どれがだれなのか確信もできなかった。中には最早人間の形を保つことができず灰になったものもいた。

それなのに、彼女は、テレサの死体は黒焦げにならず、火傷一つもなかった。服も丈夫なまま。まるで、ただ眠っているような美しい姿の死体が残っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、目が静かに閉じていた。

テレサの死体を見た探索隊は恐怖を感じた。中庭まで焼き尽くした大火事。建物も崩れ、その下に埋められたのにも関わらず、傷一つもないその姿は人間のものではないと全員思っていた。

化け物騎士の夫と悪魔令嬢の妻。

そう呼ばれることになった。

怖くてその死体を移動することもできない隊士たちはテレサの死体をその場で土に埋めることにした。


こうしてブリッグス家は滅んだ。

この知らせ、世界中に広まるのはまだまだ先だが、その日の夜に、いくつかの人たちが同じ夢を見ていた。

他人のはずの自分を躊躇うことなく救い、心を癒せる場所を与えたくれた男。

その隣に、男がくれた場所にて他所者の自分を受け入れて自分の心にもう一度生命の火の種になるものを探してくれた女。

どっちも恩人といえる人たち。記憶の中では二人がこうして並んでることはなかったはず。

なのに初めて見た二人の並んだ姿はとてもお似合いで、愛しくて、まるで長年並んでいた夫婦であった。

それを見た者たちは察した。


嗚呼、二人はようやく会えることができたんだ。


そして二人はブリッグス家の者たち(みんな)に微笑んだ後、一緒に遠くへ行った。その中にスカイは、いても立ってもいられなくなり二人に追いかけた。

スカイは思い出した。遠い記憶で、子供の頃死にかけた自分を救ってくれた男、ダンのことを。小さきながら自分を背負って守ってくれた人。いつか、またその背中に抱きつきたくて追いかけ続けた父親。



「待って……っ!!母さん!!父さん!!!待ってくれ!!まだ……っ!まだ何もしてあげられないのに…っ!!まだ何も伝えてあげられないのに…っ!!置いていかないでくれ!!!」


目を覚ますとその人たちは泣いていた。その中にスカイも含めていた。スカイは自分の寝室から出てある人物を探し、建物の外にその人物を見つかった。


「先生!!」

「騒ぐな小僧」

「でも……!母さんが……!!父さんが……!!」

「分かってる。多分、みんなは同じモンを見た。それで、お前はどうしたい?」

「僕は……俺は……!!」

「スカイ君……?」

「おい、どうした?いきなり部屋でて……レイさんも何か変な様子で……っ!?」


建物からスカイの旅の仲間たちは出てきて、泣いているスカイを見て仲間たちは戸惑っていた。

スカイはどう説明していいか分からず、自分の気持ちも整理できていない状態だった。しばらく沈黙のまま、一人の仲間の男がスカイの頭にシーツを被させた。


「今は何も言わなくていい。オレたちも何も見てねえ。だから、我慢するな」


そう言いながら、彼はスカイの背中を軽く叩いた。それが後押しになってスカイはシーツを自分に渦巻いて泣いた。一人の仲間の女子は小さくなったスカイの背中を優しくなでていた。

ドレイクはそれを見ずとも背中から感じた気配で察した。小さく笑いながら、左手に一杯の酒を空に捧げながら言った。


「お前の言う通り、オレたちはもう大丈夫だ。長い間引き止めて悪かったな。遅れた新婚旅行、楽しんでこい」


ドレイクは左手の一杯をのみつくして、右手に持った二つの盃に入った酒を空に浴びさせた。







とある地の焼けた屋敷の中庭にて、花畑で眠っていた令嬢が瞼を開いた。誰かの気配を感じてそこに向くと、騎士が彼女を太陽の光から守るよに大きい身体を張って近くで本を読みながら座っていた。その少し離れた場所で彼の馬がのんびり道草を食べていた。


「起きたか」

「……遅く、なりました?」

「早すぎだ。このアホ」

「えへへ。やっぱりですか……でも、こういう伝言もありますよ。全てがてめぇの思う通りに動くと思うな。だそうですよ」

「似てねぇ……だがまあ、よく頑張ったな」

「はい。あ、もう全部読んでくれましたか?」

「ああ。いい人たちと巡り合ったな。それに、若くにしていいことしてきたもんだ」

「でしょう」

「まるで自分のことようだな」

「私たちの自慢の息子ですから。あなたの背中を追いかけていると言いましたし、いつかは超えられるかもしれませんよ?」

「その日が楽しみだ」

「まるで自分の夢のように言っていますね」

「オレたちの誇りだからな。もう本当に大丈夫そうだな」

「ええ。もう私たちの役目はお終いです。後はこの世界が彼らの生き様を見守ってくれるのでしょう」

「そっか。そんじゃ、行くか」

「はい」


騎士は馬に乗って、そして令嬢に手を差し伸べて彼女を抱き締める形で乗せていた。まるで絵本の騎士と姫様のように。


「ゆっくり行きませんか?」

「そうだな。もう焦ることはないからな。道中、今度はお前の話を聞かさてくれねぇか?」

「いいですよ。その代わり、今度は聞くだけではなく、貴方のことも教えてくださいね」

「あまり喋るの上手じゃねぇが、努力する。その前にこれ言っとくか」

「うん」


緑の道、青空の下。ゆっくり馬が歩きながら、二人は見つめ合って微笑みながら再会の言葉を口にした。


「ただいま、テレサ」

「おかえりなさいませ、ダン様」

最後までお読めいただき、ありがとうごさいました。

長くなりましたがいかがでしょうか?

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


ここ最近、仕事が忙しいので暫く読み切り作品を書こうと思います。

では、また次の機会に。

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