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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第一章 『世界に示す絆の姿』
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第六話 『ちいさなトモダチ』

 今までの流れを整理して考えると、おれはルシカにはめられたということになる。

 その結果として、おれは地下牢に放り込まれているわけだ。

 動物の檻みたいに通路側の壁は一面が鉄格子になっているので、外の様子を見ることができる。見張りはいないらしいが鍵はかかっているので、脱出は不可能だ。

 できることもなければすることもないので、眠って時間を潰そうかと思ったが、ここにはベッドはもちろん布団のようなものもない。

 石造りの床と壁と天井、そして鉄格子があるだけで、他には何もなかった。

 うん。本当に、何もない――。


「は、はは、ははははは……」


 かわいた笑いが自然と漏れる。なんかもう、笑うしかなかった。

 勢いで家を飛び出してからなんやかんやあってこの惨状だ。

 笑う他にどうしろってんだ。

 一通り笑うと、おれは鉄格子をつかみ、腹の底から全力で叫んだ。


「ちっくしょおおお! 出せ、出しやがれ! おれは無実だこらあっ!」


 地下牢におれの絶叫が響き、やがて消え、静寂がもどった。

 どんなにあがいても無意味だと言うように、沈黙が冷たく満ちていく。


「ったく、ラトナのやつ。おれをもっと丁寧に扱うよう御神託とやらで言っとけよな……」


 深くため息をつき、鉄格子に寄りかかって目を閉じる。

 その時だ。

 すぐそばから、妙にねっとりとした気味の悪い声が聞こえてきた。


「いけないよぉ、ため息なんかついちゃ。幸せが、逃げちゃうよっ! うふふっ」


 わざとらしい甘みのある、アニメのマスコットキャラクターのようにに性別の判断が難しい声だ。

 声の主を確かめようと、目を開けて外の様子を見る。

 しかし、どこにも人の姿は見られない。


「うふふっ。ここだよぉ、こぉーこっ」


 さっきと同じ声が足元から聞こえた。

 おそるおそる目を向けると、おれの腰くらいまでの背丈がある、人に似た姿をした生き物がいた。

 それはじつに珍妙奇天烈な生き物だった。

 地獄絵図に描かれている餓鬼を思わせるような顔で、耳は左右に飛び出すように伸びている。

 まん丸な目玉は異様に大きく、ところどころに黄土色のヤニがこびりついていた。

 口元は下品などら猫のように歪んでいる。肌は枯れ葉のようなくすんだ茶色で、指は病的に細い。

 四頭身といったところだろうか。顔だけがやけに大きかった。

 白と赤を基調としたピエロ服のようなものを身に着け、頭には紙くずでつくったような王冠をちょこんと乗せている。


「な、なに? なんなの、お前」


 そいつは二つの目玉をぎょろりと動かし、ピョンピョンとリズミカルに飛び跳ねた。


「おいらかい? お、い、ら、はぁ……、エポラッテさ! ジャジャーン!」


「いや名前じゃなくて、どういう生き物なのかって聞きたいんだけど」


 するとエポラッテは大層ご立腹というふうに腕を組み、ぷいっと顔をそらした。


「おいらが名前を教えてあげたんだから今度はあんたがおいらに名乗るのが礼儀なんじゃないかっておいらは思ったりするんだな!」


 クソムカつく態度だが、言ってることはそれなりに筋が通っている。


「颯太だよ。それがおれの名前だ」


「ソウタ、ソウタかぁ……。ぷっぷー! ヘンな名前ー! エポポポポー!」


 一昔前のぶりっ子みたいに口元を手で隠し、エポラッテは飛び跳ねる。


「なんなんだよ、お前は。バカにしに来たのならさっさと失せろ」


「あららぁ、そんなこと言わないでおくれよぉ。おいらはさぁ、あんたとトモダチになるために、がんばってがんばって、ここまで来たんだよ?」


 テヘっ、とエポラッテは紫色の舌を出してウィンクする。

 うん。キモい。


「お断りします」


「おいらとトモダチになるってんならさー、あんたをここから出してあげるのになー」


 エポラッテはピエロ服のポケットから一本の鍵を取り出した。


「ぜひ友達になってください。お願いします」


 自分でも情けないとわかっているさ。でもな、背に腹は代えられないんだ。


「うーん、うーん、どうしよっかなー。さっきあんたはー、断るって言ってたもんなー。ちゃんとけじめをつけてー、誠意を見せてもらわないとー、おいらは信用できないなー」


「…………どうすりゃいいんだ」


「うーん、そだなー。おいらはさ、自分より高いところに頭がある奴のお願いは聞きたくないけどぉ、低いところに頭がある奴のお願いなら、聞いたげてもいいかも。かもかも?」


 おれはそれほど頭の回転が早いわけではないが、こいつが何を求めているのかはすぐに理解できた。

 この上なく屈辱的なことではあるが、ここを脱出するためにはやるしかない。

 おれはひざまずき、手を床について、頭を下げた。

 つまり、土下座した。


「友達に……、なってください。お願いします」


 野郎。

 この借りはいつか必ず返してやるからな。


「うっぴょー! エポポポポー! そっかそっかぁ、そんなにあんたはおいらとトモダチになりたいのかぁ。うむ、よろしい! それではたった今からぁ、あんたはおいらのぉ、ジャジャーン! トモダチだぁい! うれしいなったらうれしいなあ。エッポッポッポッポー!」


「ちょ、あんまり騒ぐな。それより早く鍵を開けてくれ」


 しかしエポラッテはおれの頼みを無視し、奇怪な踊りを踊りながら歌い始めた。


「おいらーはぁ、エぇポラッテー、ちいさぁなトモぉダチぃー、うふふっ。あんたぁは、ソウター、おおきぃなトモぉダチぃー。おーいーらーはーあんたの、たぁめにぃー。あーんーたーはーおいらの、たぁめにぃー。ささえあいーたすけあいーうふっ、生ーきーてーいーくーるるるるー」


 なんだろう。全力でぶちのめしたい。今ほどこの鉄格子を憎く思ったことはないな。


「おい! そこにいるのは誰だ!」


 通路の奥から大声が飛んでくる。見ると、軍服のような服を着て槍を持った若い兵士がこちらに向かって走っていた。ルシカが言っていた憲兵というやつだろうか。

 エポラッテはカエルの鳴き声みたいな悲鳴を上げると、鍵をおれのほうに投げつけた。


「おいらにできるのはここまでだ。幸運を祈ってるよ、うふふっ」


 すたこらさっさ、という表現の実演みたいにエポラッテはあっという間に走り去った。


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