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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
終章 『空を見上げて』
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第二話 『晴天』

 梅雨の中休みといった具合に青空が広がった、六月のある日のこと。

 おれは一人で図書室にこもり、黙々と自習に励んでいた。今月末からいよいよ期末考査が始まる。おれにとって死活問題である期末考査が始まるのだ。なのでここ最近は最終下校時刻まで図書室で自習することが日課となっている。

 古文の文法の意味不明なところでつまずいているうちに、下校のチャイムが鳴った。荷物をさっさとかたづけ、図書室を出て、一人で下校する。

 学校から最寄り駅までの道の途中で、ふと立ち止まり、空を見上げた。

 夕焼けと夕闇が絶妙に調和し、それぞれの光と闇が果てしなく広がる空いっぱいに美しく共鳴しあっている、見事な黄昏時の空だった。このところ雨が続いていたから、なおのことこの空は心に染みた。


 そうだ。

 あの世界では、もうじき日没の鐘が鳴る頃だろうな。


 自然と、そんなことを思い浮かべる。

 駅につき、ホームへ進んで、電車に乗る。

 車窓を流れる風景を眺める。

 なんだか意識がふわりとして、現実感がなかった。


 駅に到着し、電車を降りる。去っていく電車の騒々しい音が聞こえた時、明日の一時間目に英語の授業で小テストをすることを思い出した。帰りの電車の中で予習しておこうと思ってたのに、すっかり忘れていた。

 ホームのベンチに座り、鞄から単語帳を取り出す。向かいのホームに上り電車が到着するのと同時に予習は終わり、改札へ進む。改札の手前に来たところで、下り電車が来るというアナウンスが流れた。改札の向こう側にいる人たちは急ぎ足で改札を通っていく。元気だねぇ、とへんな余裕をかましながら、おれは悠々と改札を通って駅の外へ出る。

 その時。何かが視界のすみにひっかかった。

 立ち止まり、振り返る。

 改札の向こう側に、見覚えのあるセーラー服を着た女子高生のグループが見えた。

 後姿だったけど、それが県内有数の進学校の制服であることはすぐにわかった。彼女たちの多くは入念に手入れされた艶やかな黒のロングヘアで、知性と品性と教養がそこはかとなくかもしだされている。まあ、これはおれの偏見なのかもしれないが。

 しかし、あきらかにどう見ても異色の頭をしている人物が一人だけいた。

 彼女は、淡い栗色のショートヘアで、鳥の翼みたいにぴょんぴょんと毛先が跳ねていた。

 文字通りの、異色の頭である。


 まさか。


 そう思った時、彼女は立ち止まり、こちらへ振り返った。

 ほんの一瞬、おれと彼女の目線が重なる。

 彼女の金色の瞳には、確固たる意志の光が宿っていた。

 その口元には、確信めいた微笑みが浮かんでいた。


「おーい、ラッたーん! 電車来たよー!」


 先に進んでいた女子が彼女に呼びかける。


「おおー、今行くわー」


 彼女は何事もなかったように走っていった。

 ……いや、ラッたーんって。マジか。マジなのか、おい。

 ったく。まいったなぁ。

 ほんと。


 目の前に鏡がなくてよかった。おれは今、正気とは思えないようなひどい顔をしているだろうから。

 ほんと、なんなんだろな。体中から力が抜けていくみたいなのに、心からは溢れんほどに力がこみ上げてくるような、この奇妙で心地よい感覚は。

 そのためだろうか。気がつけばおれは走っていた。どこへ行くとか、いつまで走るとか、そんなこと考えず、もうアホみたいに走っていた。

 どこなのかよくわからないこじんまりとした公園に来たところで立ち止まり、今にもぶっ倒れそうなくらいに息を乱しながら、それでも楽しくて楽しくてしょうがねえというくらいに顔をはつらつとさせて、空を仰ぐ。


 夕陽は今にも空の彼方へ沈もうとしていた。

 西の空は本日最後の一仕事とばかりに燃えていた。

 東の空は暗闇を静かに広げながら、一つ、また一つと星の光を灯していた。


 きっと今頃、カイとクウは、二人で同じ空を見上げていることだろう。

 二人で、一緒に。日が沈む空を。星が輝く空を。朝焼けに燃える空を。透き通る青空を。

 これからも、ずっと。


 駅の改札で彼女が見せてくれた微笑みは、確かな予感を感じさせた。

 だからおれは、この空の下で生きていくんだ。

 いつかきっと、おなじ空を見上げられると信じて。


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