第十二話 『おなじ空を』
それから都全体は大変な騒ぎになった。
世界樹の間で起こった一連の出来事は法石の水球を通じて知れ渡り、人々は都の守り神の誕生に狂喜乱舞した。
その騒ぎの中で、おれを大罪人扱いしたことや、エポラッテを英雄扱いしたことはうやむやになった。なんとも身勝手な話だが、人間ってのはそういうもんだ。
もっとも、議長はさすがに落とし前をつけなければならないと思ったのか、何度も地面に頭を叩きつけながら土下座し、むせび泣きながら許しを乞うた。その鬼気迫る姿にカイとクウが怯えていたので、おれはほどほどのところで彼を許した。まあ、エポラッテに比べれば議長なんてかわいいものだ。
シオンは事の成り行きを見届けた後、人知れずこの場を去ろうとした。しかしクウに泣きつかれて思いとどまり、ルシカと神官長の一存によってクウとカイの護衛役となることが決まった。
二人が完全な神霊となったため、都を守護する結界は半永久的に機能することとなり、人々の安全圏は保障された。人々の信仰心が強まれば、結界の範囲も拡大していくことになる。以前ルシカが話していたように都が豊かになれば、今の歪んだ都のあり方も改善していくことだろう。
一夜にして、様々な問題に希望の光が見えた。
とはいえ、すべての問題が解決されるまでにはまだまだ時間がかかる。
それに、エポラッテが言っていた御主人様という存在も気がかりだ。
都の外部には敵対勢力が確実に存在している。あるいは、内部にいるかもしれない。
カイやクウに再び危機が迫らないとは言い切れないのだ。
それでも、二人なら大丈夫だろう。
二人は、もう、一人ではないのだから。
守り神の誕生を祝う式典が翌朝に開催されることとなり、大聖殿前広場では大急ぎで準備が進められていた。それまでの間、おれとカイ、クウは式典が始まるまで神霊の間で休むことになった。
夜明けが近いらしく、窓の外に広がる東の空には未明のうすい光が広がり始めていた。
「それにしてもさ、あたしとカイってほんとにそっくりだよね。どうしてなんだろう?」
寝台の上でクウはカイの顔を両手でつかみ、彼の瞳に映る自分の姿を見つめるように顔を近づける。
「僕にもわからないよ。でも、性格はだいぶちがうみたいだね」
「そういえばソウタもそんなこと言ってたっけ。ねえねえ、どんなふうにちがうの?」
「それは、まあ……、あはは」
「ちょっと! なんでカイもソウタと同じように笑ってんのよ!」
クウはカイの頬をぺちぺちとたたく。
カイはいたいいたいと言いつつも、楽しそうに笑っていた。
「……あのさ、カイ。あたしね、あんたと一緒に目を覚ましていられたら、いろんなことを話したり、一緒にいっぱい遊びたいって、思ってたんだ。でも、でもね。今はこうして一緒にいるだけでなんだかとてもうれしくて、楽しいんだ」
「僕も。君に伝えたい言葉がたくさんあったはずなのに、それをうまく伝えることができなくて、でも、そのことがなんだかとてもうれしいんだ」
クウはカイを抱き寄せ、額をくっつけあう。
「そうね。今はこうしてるだけでいいや。ちょっとずつ、いろんなことを一緒にしよう。これからはずっと一緒なんだから」
クウは顔をこちらに向け、晴れやかな笑顔を向ける。
「もちろん、ソウタも一緒よ」
「ソウタ。これからもよろしくね」
少し照れくさそうにカイが言う。
「ああ」
じきに、夜が明ける。
「……そうだ、もうすぐ日が昇る。二人とも、日の出を見たことはないだろ。一緒に見よう。二人にとっての最初の日の出を」
カイとクウの手を取り、東側の窓へ行く。
遠くに見える山々は、そのはるか彼方にある太陽の光を受け、隆線をかすかに輝かせていた。
「ねえ、ソウタ。タイヨウって、どんなものなの?」
「そういえば、クウは太陽を見たことがなかったな。えっと」
不意に、体が軽くなったような気がした。
「え? ソウタ、あんた、体が……」
クウが困惑した声を出す。同時に、日の光が空を走り、神霊の間に朝日の輝きが差し込んだ。
その光に呼応するように、おれの体は淡い輝きに包まれていた。
時間だ。
「ごめん。おれはもう、もとの世界に帰らなくちゃいけないんだ」
「そんな、どうして? せっかく三人一緒になったのに! どうしてよ!」
「ほんとにごめん。こればっかりは、どうしようもないんだ」
「また会えるよね?」
カイが言う。
「わからない」
そう答えることしかできなかった。
太陽の光はその輝きを刻一刻と増し、それとともに体の感覚が失われていく。
おれはわずかな感覚を頼りに両手を動かし、二人を抱きしめた。
「たとえこの世界にもどれなくても、二人のことは忘れない。二人との絆を守るためにも、おれは生きていく。生きてみせる。だから二人も、この世界で、生きてくれ」
これが最後になっても後悔しないよう、自分の心をまっすぐに伝える。
「生きてりゃ嫌なことも辛いこともあるさ。でも、楽しいことや幸せなことも、いっぱいある。大丈夫だ。二人なら、精一杯、しっかりと、生きていけるから」
二人の声が聞こえる。
けれどそれを言葉として受け取ることはできなかった。
視界がぼやけ、腕に感じていた二人のぬくもりも消えていく。
――ふたりに。
自分の声も、聞こえなくなった。
ちゃんと声は出ているだろうか。
おれの言葉は、二人に届くだろうか。
信じよう。
「おれは、カイとクウに出会えたから、もう一度あの世界で生きてみたいって思えた。だから、ありがとう。本当に、ありがとう」
今、この時まで、生きてきてよかった。
二人が生まれてきてくれて、本当に、よかった。




