第四話 『神の言葉に導かれ』
うす暗い通路を全力疾走しながら心の中でひたすら不満をぶちまける。
最悪だ。
よくわからんが、最悪だ。
とにかく今は、どこかに身を隠さないと。
幸か不幸か今は夜らしく、ところどころには松明やろうそくの明かりが見え、通路にあるアーチ状の窓からは星が輝く夜空が見えた。
思った通り、ここは何かしらの宗教施設らしい。意味ありげな紋様や文字が刻まれた石板がところどころにあるし、シンボルマークと思われる石像や幻想的な姿をした生物の彫像もちらほら見える。
この建物全体の外観はどうなっているのだろうと興味がわいてきたが、今はそれどころじゃない。
どこからともなく鐘の音が繰り返し聞こえてきた。たぶん、警鐘というやつだろう。
おれは近くに見えた石板の裏に隠れ、まだ湿っている服を着た。両手は自由にしておくべきだし、服を着ていれば少しは不審者感もなくなるだろう。
おれと彼女のファーストコンタクトも、もっとましなものになっていただろうしな。
服を着ている間にも、慌ただしい足音が時々聞こえてくる。
まったく、ひどい話だ。これぞまさに濡れ衣じゃないか。
この言葉を生むきっかけとなった人も、今のおれと同じく哀れな状況に陥っていたにちがいない。
なんて暗いことを考えていても仕方ないか。
おれはおれの意思で転世すると決めたんだ。
この状況はその結果なのだから、受け入れないと。
脱出のタイミングを見計らっていた時、小さな足音がこちらに近づいてきた。
息をひそめ、足音が遠ざかるのを待つ。
しかし、その足音はおれが隠れている石板のすぐそばで止まった。
「あの……。ソウタ様、ですか?」
落ち着いた雰囲気の女性の声が聞えた。
なぜおれがここに隠れているとわかったんだ。
いや、それよりも、なぜおれの名前を知っているんだ。
「先ほどは失礼いたしました。突然のことでしたので、つい取り乱してしまって。あの後、御神託を授かりまして、ソウタ様が転世者であることを知りました。私共には転世者が必要なのです。ですからどうか、私と一緒に来てはいただけませんか?」
先ほど、ということは、さっきの女の人か。
声に敵意は感じられないし、ここはおとなしく出たほうがいいかもしれない。
いつまでも隠れているわけにもいかないしな。
覚悟を決めて姿を見せる。
そこにいたのは、やはりさっきの女の人だった。
おれと同い年か、あるいは少し上といったところだろうか。古き良き時代の図書委員長、という感じの暖かさと柔らかさが程よく調和したつくりの顔で、派手さには致命的に欠けるものの見る人の心を和ませる良い意味での地味さ、もとい落ち着きが感じられる。こちらを見つめる瞳はおれに対する警戒か緊張のため不安定に揺らいだ光を宿していたが、その奥には確固たる芯の強さを思わせる力が感じられた。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、御神託とやらはおれのことをどう言ってたんだ?」
「ええと、たしか……、さっき逃げてったぱんいちの小僧はソウタっちゅう転世者や。生かしといたほうがあんたらにとって都合がええやろうから殺したらあかんで、このようなものでした」
あの野郎。
まあ、この際だ。今度会ったら一応ありがとうと言ってやる。一応な。
しかし……。
言語能力を調整するとは言ってたけど、普通に会話ができるんだな。
「ぱんいち、とはどういう意味かはわかりませんが、とにかくあなたが転世者のソウタ様でお間違いありませんね?」
そうです、とうなずくしかない。やっぱりありがとうと言うのはやめておこう。
「それでは、私とともに来てください。現在大聖殿は厳戒態勢に入っていますから、憲兵に発見された場合ソウタ様の身に万が一のことがあるかもしれませんので」
「憲兵とやらはおれが転世者だっていう御神託を聞いてないのか?」
「御神託を授かることができるのは、ごく一部の神官だけなのです」
再び慌ただしい足音が遠くから聞こえてくる。
彼女はおれの手を握り、足早に歩き出した。