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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第五章 『絆』
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第十一話 『光あれと』

      ◇            ◆            ◇


 そこは、ただ光だけが存在する場所だった。

 ありとあらゆる存在を、光がかき消しているのかもしれない。

 時間も、空間も、存在しない。宇宙の終焉か、あるいは生誕を思わせる。

 そんな特異な世界にあって、おれは自分を保つことができた。

 自分の体が、意思が、ここにあることを実感できる。確信できる。


 おれは、生きている。


 どこからか声が聞こえてきた。意識の中に入り込むように、頭に、心に声が響く。

 いくつもいくつもいくつもの声だ。言葉にならない声が、心の叫びが、無数に響く。

 悲しみに満ち、苦痛にもがき、それでも希望を捨てきれず救いを求めている。そんな声だ。

 この数知れぬ声は、結界の核に取り込まれた神霊達の心の残滓なのだろう。

 おれは自分の両手の甲を見る。そこには紅と青の紋様が浮かんでいた。

 二人はまだ、消えていない。

 この光のどこかに二人がいると信じ、おれは声を出した。


「どうしてカイとクウが同じ時間に目を覚ましていられなかったのか、やっとわかったんだ。それは、おれがそう望んでいたからなんだ」


 転世の代償を知り、神霊の力を知った今だから、答えを導き出せる。


「神霊は、転世者の心を形にしたものだったんだ。そして神言は、転世者の望みを反映した力なんだ」


 カイは自身の心と自然界の力を共鳴させていた。

 クウは自身の心と人間の心を共鳴させていた。

 ちょうど、自然の姿や人間の姿に自分の心を重ね、心のままにそれらの姿を描き出すように。


「二人はおれの心だったんだ。だからおれは二人とむきあいたいと思えたし、目を背けたいとも思った。おれには自分の心としっかりむきあう覚悟がなかったんだ。自分の弱さや、もろさ、愚かさを直視することができなかった。きっとその心の弱さが、二人が結びつく妨げになって、同じ時間に目覚めていられない原因になったんだ」


 だから二人は絆を結び合うことができなかった。

 でも、今はちがう。


「おれはもう逃げない。おれはおれの心とむきあって、背負って、生きていく。そう決めたんだ」


 両手を広げ、目を閉じ、暗闇の向こうに二人の姿を思い描く。


「二人に出会えたから、おれはもう一度、生きていく覚悟を取り戻せた。だから今度は、おれが二人を助けたい。こんな形で二人の命を終わらせたくない。もっと、もっと、二人に生きてほしい。生きてりゃ辛いことも苦しいこともたくさんある。でもさ、楽しいことや幸せなことだって、あるんだ。二人はまだまだ楽しいことも幸せなことも知らないだろ。だからたくさん知ってほしい」


 だから。


「一緒に帰ろう」


 両手が燃えるように熱くなる。でも、それだけじゃない。

 その熱と共に、おれの手を握る小さな手の感触を感じた。

 目を開けると、空から降り立つように現れたカイとクウの姿が見えた。

 二人は、青と紅の瞳をおれにむけていた。


「僕はこわかった。僕の心が、何もかもを受け入れられなくなることが。どんなに美しい世界を見ても、心が何も感じなくなってしまうことが」


「あたしは人の心がおそろしかった。好き勝手に形を変えて、無邪気に残酷に傷つけてくるから」


「わかるよ。二人の気持ちはわかる」


 それはおれの心の弱さなのだから。


「でも、もう大丈夫だ。これからは二人が一緒なんだから」


「僕は、生きていけるの?」


「あたしは、生きていいの?」


「もちろんだ。どんな命だって、生きていくために生まれてくるんだから。大丈夫。二人の命と心は、もう二人のものなんだから。自由に、生きていけるよ」


 カイとクウは互いに顔を見合わせ、ほほ笑みあった。

 そうだ。

 生きていくんだ。

 一緒に――。


      ◆            ◇            ◆


 気がつくと、おれは祭壇の上に立っていた。

 視線を下げ、水鏡を見る。

 その水面には、おれと、おれの両隣に立っているカイとクウの姿が映っていた。

 光の瞬きを感じ、目線を上げる。世界樹を背に、結界の核である光の玉が浮かんでいた。

 光の玉は明滅を繰り返した後、まるで爆発したかのように閃光のごとき強烈な光を放った。

 光はありとあらゆるものを一瞬で飲み込んだ。目を閉じる暇さえなかったが、その光が直接目にあたっても痛みはまったく感じず、むしろ陽だまりのような暖かさを感じさせた。

 体を、心を、光が照らす。

 体を形作る細胞一つ一つにまで生命の力をいきわたらせるように。

 果てしない未来への希望を心に宿すように。


「ぐえあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 背後から凄まじい絶叫が響いた。

 それは、エポラッテの叫びだった。


「お、ヲぉ、おい、ラ、ハ、オいラ、わ、を、オ、俺、はぁっ!」


 命果てる寸前の、最後のあがきのごとく、奴は叫ぶ。


「エポポポポポポポポポポポポおポポポポポポポポポポポポポポポポオぽぽオポオポオぽポポポポポポぼっふぉほふぉほほおっおおおおおおおおオヲおおおおおあああああああアあああアああああああっっっ!!!!!」


 奴の叫びが静寂の彼方へと消えた時、光もまた消え去った。

 どこからともなく、鐘の音が鳴り響く。高らかに。祝福を授けるように。

 世界樹は光の花を一斉に咲かせ、光り輝く花吹雪を散らしていた。


「どうやら、成し遂げたようだな」


 イサオの声が聞こえた。彼は横たわっている神官長のそばに座っていて、彼女の傷を癒すように腹に手を当てている。

 彼の隣にいたルシカは呆然とした表情を浮かべたまま、涙に濡れた目を光り輝く世界樹に向けていた。

 少し離れた場所にいたシオンと議長も、ルシカと同じように世界樹を見上げている。かなりの激戦が繰り広げられたらしく二人とも傷だらけのボロボロだったが、それにかまう様子はなかった。


「おれは、二人の絆を結べたのか……」


 カイとクウの顔を交互に見る。

 二人もおれの顔を見た。

 二人は目覚めていた。

 二人の瞳は、紅と青の対眼になっていた。

 互いが絆で結ばれたことを示すように。


「あの光の爆発は、結界の核が二人に取り込まれる際に起こったものだろう。二人は結界の核を自身に取り込み、核そのものとなった。二人は正真正銘の守り神となったのさ」


 イサオは天を仰ぎ、鐘の音に耳を澄ませるように目を閉じる。


「結界の核に囚われていた神霊達の心は、これをもって解放されたんだろう。この鐘の音は、彼らが救われたことを祝福しているのかもしれないな」


「それじゃあ、あの子の心も……」


「ああ。きっとな。だから俺は聖域にもどるよ。彼女が待っているだろうから」


 イサオは祭壇に立ち、手を差し出す。おれは彼の手をしっかりと握った。


「本当に、ありがとう。あの子にもよろしく言っといてくれ」


「颯太も、元気でな」


 イサオは水鏡に姿を映す。


「待って!」


 ルシカが彼を呼び止めた。イサオは振り返らず、口を閉じたまま彼女の言葉を待つ。


「私は、あなたと、あの転世者を許さない。あなた達のせいで、お父様は死んだのだから。でも、お母様を助けてくれたことは、感謝している。だから、ありがとうと言わせて」


「礼を言われるようなことはしていない。けれど、その言葉は受け取っておく」


 イサオは短く息を吐き、歌を歌った。歌が終わると同時に、水鏡から勢いよく水が噴き上がり、白い霧が一面に広がる。

 ほんの一瞬だけ、イサオはこちらに振り向いた。

 霧のせいでよく見えなかったけど、彼は何かの言葉を送るように口を何度か開いていた。

 彼が伝えようとした言葉が何だったかはわからないけど、それでもおれと彼が絆を結び合っていたことはわかった。

 やがて霧は消え、イサオの姿も消えていた。

 おれはカイとクウの手を握り、光の花をいっぱいに咲かせた世界樹を見上げた。


 そうだ。

 おれは、今度こそ、守れたんだ。


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