第十話 『なすべきことは』
結界の核が放つ光が増しているのだろうか。世界樹の間は不自然なほどに明るかった。
祭壇のそばには神官長が立っていて、祭壇の上にはルシカが横たわっていた。おれ達が来るかもしれないと思っていたのか、神官長は特に動揺した素振りを見せなかった。
「神霊達を助けに来たのか」
「ああ」
「それは許されない。都を守るためにはあの神霊達を結界の核に取り込ませなければならないのだ」
「都を守るためなら、自分の娘も犠牲にするのか」
「これは彼女の意思だ。貴様が神霊の間を出るのを止めなかったことも、その罰を受けることも、すべて彼女が自分の意思で決めたことだ」
「ルシカはわざとおれを見逃したのか?」
「私の言葉が信じられないのなら、本人から直接聞くといい」
神官長はルシカの頭に触れ、祈りの言葉を発する。
ルシカは目を覚まし、体を起こして、こちらへ顔を向けた。
「そんな……。ソウタ、様? シオンも。それに、あなたは、まさか」
ルシカの目はイサオをとらえていた。
「君の父親は、君が生きていくだろうこの都を守るため、俺と彼女が絆を結べるよう協力してくれたんだ。なのに君は自ら命を絶とうとしている。父親も残念に思うだろう」
「何をえらそうに。こんなことになったのは、全部あなた達のせいじゃない!」
ルシカは祭壇から下り、イサオに向けて手を広げ、祈りの言葉を発する。直後、鋭い風の音が聞こえ、イサオの体は突風の塊をくらったように吹き飛び、倒れた。
「お父様は、あなた達を信じていた。けれどあなた達は絆を結べなかった。それどころかあんなことになって、お父様はそれでもあなた達を助けようとして、光に焼かれて死んでしまった」
ルシカの声は怒りと悲しみに震えていた。
「でも私は、お父様が選んだ道は正しかったんだと信じたかった。だから私は、再び転世者が現れたら、お父様が成し遂げようとしたことを成したいと思った」
ルシカは涙に濡れた目をおれに向けた。
「あなた達なら、今度こそ絆を結び合えると思った。だからあの時も、あなたが世界樹の間へ行くのを見逃した。でも、だめだった。転世者なんかを信じたことが、そもそも間違いだったんだ!」
感情を爆発させるようにルシカが叫ぶ。その時、こちらへ向かってくる猛烈な足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。
議長だ。剣を握りしめて突進する議長と、その背中にへばりついているエポラッテの姿が見えた。
「エポポ! なんてこったい! ドゲザエモンめぇ、生き返ったのかぁ? よぉし、今度こそぶっ殺してやるぞ! やれ、ギチョー! あんちきしょうをぶっ殺せぇ!」
「承知いたしましたぁっ!」
議長は勢いよく跳躍し、両手で剣を構え、おれめがけて斬りかかってきた。
やばい、と思った瞬間、シオンがおれをかばうように立ち、槍を振りぬいて議長の攻撃を弾いてくれた。
「クソがっ! ややこしい時にややこしいジジイだな、てめえは!」
シオンは議長と向きあい、臨戦態勢をとるように槍を構える。
「よお、議長様よ。あんたさっきそいつの第一の下僕とか言われてたな。都のトップだなんだって威張ってたくせに、情けねえ野郎だぜ」
「ほざけクソガキ。私は権力者に取り入ることで奴隷からここまでのし上がってきたのだ。これが私の生き方であり、美学だ。貴様ごとき屑にはわかるまい」
「わかりたくもねえよ。ソウタ。こいつの相手はあたしがする。あんたは早く二人を助けな」
「わかった。でも無理はするなよ」
この場をシオンに任せ、祭壇へ向かう。
しかし行く手を遮るように、ルシカが立ちはだかった。
「これ以上、儀式の邪魔はさせません」
ルシカはおれに向けて手のひらを広げる。しかしそこで彼女の動きは止まった。
「……そんな。どうして」
驚愕がルシカの顔をゆがませる。彼女はおれの背後にある何かに目を奪われていた。
おそるおそる振り向くと、そこには神官の衣装と思われる黒衣をまとった男が立っていた。
端正な顔立ちと優し気な目元は、どことなくルシカに似た印象を感じさせた。
「お、お父様……」
「あまりこういうことはしたくないが、足止めには十分だろう」
イサオの声だ。神言を使って、ルシカの父親に変化しているらしい。
それがルシカにとって、どれほど残酷で衝撃的なことなのか、おれにも容易に想像できた。
「そんな、そんな……。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろああああああああああああああああ!」
ルシカは狂ったように絶叫し、イサオのもとへ走った。
「颯太。行け」
イサオが言う。その直後、ルシカは怒りのままに拳を彼にたたきつけた。
おれがなすべきことは、カイとクウを助けることだ。だからおれは、祭壇へ走った。
そして、最後の関門と言わんばかりに立ちはだかる神官長と対峙した。
「なぜ貴様は、そこまであの神霊達を助けたいと思うのだ」
「前にあんたも言ってたじゃないか。子どもを気にかけない親なんていないって。おれの親はそうだった。だから、おれもそうでありたい。だから助けるんだ。あんたがどうなのかは、わかんねえがな」
いつだったかの意趣返しだ。
「……なるほど。貴様にそんなことを言われるとは、思わなかったな」
神官長は仮面を外し、その素顔をおれに見せた。
一目で親子とわかるほどに、神官長とルシカはよく似ていた。
「二人はまだ完全に同化されていない。貴様の意思と覚悟が本物なら、迎えにいくといい」
「いいのか」
「私の役目は、この都を守ることだ。貴様にあの二人を完全な神霊に成長させる可能性があるのなら、それに賭けるまでだ」
それに、と神官長は目を閉じる。
「二人を助けたいと思う貴様の心は、私にも少なからず理解できる」
ほんのかすかなものだけど、神官長の口元に優し気な笑みが浮かんだ。
その直後、彼女から生々しくグロテスクな音が聞こえた。
腹を突き破るように、血にまみれた刃が現れた。
「この裏切り者め! ドゲザエモンの味方をするのか! 許さないぞ!」
神官長は苦痛に顔を歪めながらも、両手で刃を握りしめる。
行け、と彼女の目はおれに訴えていた。
「このぉ! 離せ、離せ! 死ね、死ね、死ねぇ! くたばれ! クソがクソがクソがああああああっ!」
凶悪な叫び声を上げるエポラッテにかまわず、おれは祭壇の上に立つ。
そして、ラトナに託されたノートの最後のページを開き、水鏡に姿を映し出した。
このノートがおれと二人の絆を示すものなら、おれを二人のもとへ導いてくれるはずだ。
そう信じ、おれは叫ぶ。
「カイ! クウ! 今行くからな!」
両手の甲の紋様に炎のような熱を感じた。
それと呼応するように、結界の核である光の玉が輝きを放つ。
水鏡はその輝きを反射し、世界樹の間を一瞬にして光で満たした。




