第五話 『不在の太陽』
自分の姿しか見えない奇妙な空間を、どこまでもどこまでも落ちていく。
落ちていく先に体を向けると、はるか遠くに小さな光が見えた。
その光の先にあるのが、聖域なのだろうか。
体勢を変え、その光を目指して走る。
あと少しで光に届きそうになった瞬間、光ははじけ、目の前が真っ白になった。
◇ ◇ ◇
気がついた時、おれは六角形の巨大な貯水池の前に立っていた。
周囲には、朽ち果てた近未来都市の廃墟が広がっている。廃墟を覆いつくすように植物は生い茂り、それらを優しく包み込むように透き通るような青空が広がっていた。日のぬくもりは感じるけど、やはり太陽の姿はどこにも見えなかった。
「ラトナ様からの知らせ通り、なんとか無事に来れたようだな」
少年の声が聞こえる。振り向くと、以前ここで出会った少年が立っていた。彼がイっくんなのだろう。
彼のそばには、車椅子らしきものに座っている少女がいた。
おれと同い年くらいだろうか。学校の制服らしき紺色のブレザーと灰色のスカートを身に着け、白のハイソックスとまだ光沢のあるローファーを履いている。
この暖かな空気の中で、少女は安らかに眠っていた。丁寧に一本に編まれた長い黒髪は肩から胸にかけられて、彼女の鼓動にあわせてゆるやかに揺れ動いている。
「イっくん……」
「イっくんと呼ぶな。俺はイサオだ。まったくラトナ様は。よしてくれと言ってるのに」
「えっと、なんかごめん。ていうか、ラトナ様って呼んでるのか。ずいぶん敬ってるんだな」
「俺と彼女にとって命の恩人だからな。そういえば、まだお前の名前を聞いてなかったな」
「おれは一橋颯太だ。あらためて、よろしくな」
イっくん、もといイサオと握手を交わす。彼の手は、カイやクウと同じように熱かった。それに反応するように、おれの両手の甲に浮かぶ世界樹の紋様は静かに輝いた。
「ラトナ様から事情は聴いている。あの都へ行きたいんだろう」
「ああ。だからイサオの力を借りたい。そのための代償は払う。だから、頼む」
イサオは手を離し、小さく息を吐く。
「なら、もう一度あの歌を歌ってくれ。今度は、彼女のために」
イサオは、車椅子に座ったまま眠り続ける少女の肩にそっと触れる。
彼の希望にこたえるため、おれは歌った。
イサオに、眠る少女に、届くと信じて。
きっとこの歌は、彼らにとって特別な意味のある歌なんだろう。
おれと、カイとクウにとって、絵を描くことが特別な意味を持っていたのと同じように。
最後の歌詞を発し、歌声がこの世界から消滅する。
少女は眠ったままだった。まるで魔法にかけられているみたいに、その眠りは神秘的な雰囲気さえ感じさせた。
「……同じ転世者の颯太なら、あるいはと思ったんだけどな」
「イサオ、大丈夫か? すごく苦しそうだけど」
「すまない。少し休ませてくれ。しばらくすれば、お前をあの都へ送れる程度には回復するはずだ」
イサオは貯水池のそばへ歩き、腰を下ろす。おれも彼の隣に座った。
しばらくの間、おれとイサオは何も話さず、貯水池の水面に映った太陽のない青空を見つめていた。
「イサオは、おれと同じ転世者なのか?」
彼と話ができるのもこれが最後になるかもしれない。だから、思い切ってたずねた。
「ちがう。転世者は、彼女のほうだ」
イサオは車椅子に座って眠り続けている少女のほうを見る。
「俺は彼女が生み出した神霊だ。以前、颯太と一緒にいた少女と同じ類のものだ」
「……あの都にいた時に聞いたんだ。一度神霊が失われたことがあるって。その神霊は、イサオなのか?」
そうだ、とイサオは答えた。
「教えてくれないか。あの都で、二人に何があったのか」
イサオは貯水池の水面に目を移し、考えるように腕を組む。
「時間つぶしには丁度いいだろう。それに、俺と彼女の話が、何かの役に立つかもしれない」




