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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第一章 『世界に示す絆の姿』
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第三話 『水鏡』

 気がついた時、おれは仰向けになって水面に浮かんでいた。

 結局、森林公園の池に戻ってきてしまったのだろうか。

 ――いや、ちがう。

 ここはまったく別の場所のようだ。

 おれの目に映ったのは星空ではなく、はるか高いところで広がっている樹木の枝葉だった。

 青々とした葉が茂り、そのすき間からは木漏れ日のように光が差し込んでいる。

 けれどここは屋外ではないらしく、枝葉の向こう側に石造りの天井が見えた。ゆるやかな丸みをおびていることから、ここはドーム状の建物の中らしい。

 とりあえずここから出ようと体を動かす。

 すると、とても浅いところで足がついた。水の高さは足首程までしかなく、水面は鏡のようにおれの姿をはっきりと映しだしている。

 どうやらこれは底の浅い水槽、いや、水鏡といったものらしい。

 正面には祭壇と思われる石造りの立派な台座があって、その奥には開け放たれた両開きの扉とうす暗い通路がある。後ろを振り向くと、奇妙な姿の大きな樹木が見えた。


 それは、一本の木を中心に、前後左右にある四本の木が螺旋を描くように曲がりくねりながら伸びていた。


 五本の木はずっと高いところで一つに絡み合い、それぞれの枝葉を伸ばしていた。

 よく見ると、五種類の異なる形をした葉っぱが見える。樹木よりさらに高いところには、やわらかな光を放つ球体が見えた。小さな太陽、とでもいうかんじだ。

 五本の樹木は水鏡の中心あたりに生えていて、水の中へ直接根を張っている。


 とりあえず、濡れた服を乾かさないと。


 水鏡から出て、濡れた服や靴を脱ぎ、祭壇らしき台座に置く。

 服をばたばたとあおいで水を飛ばしながら、周囲の様子を眺めた。

 建物全体は石造りのものらしく、壁のつくりや柱の形状から中欧や東欧の聖堂といった印象を受ける。

 小学生の頃によく眺めていた世界の名勝といった類の本に載っているものとなんとなく似ている感じがした。

 生活の気配がなく、音楽ホールのように広々としていることから、宗教的な施設とみてまちがいないだろう。


 だとしたら今の状況はかなり危ない。

 不可抗力とはいえおれはここに無断で侵入、いや出現し、パンいちになって濡れた服をばたばたさせているのだ。聖域を汚す悪魔だと見られても文句は言えない。

 ここに神様的なものが祀られているのなら、どうかおれを許してほしい。

 そもそもラトナがまともな場所におれを送っていれば、こんな悲劇は起こらなかったのだ。

 苦情があるのならそちらに回して、おれに罰を下すのはやめてくれ。


 そんな儚い祈りを捧げながら服を乾かしていた時、大きな物音が聞えた。


 振り向くと、扉のそばに立っている人の姿が見えた。

 長く艶やかな黒髪であることから、女の人なのだろう。

 白を基調とし、金や銀の装飾が施された修道服のような衣服を着ている。

 首には黒い石をつないだ銀色のネックレスを下げていた。

 足元には祭器のようなデザインの水差しが転がっていて、中からは水が流れている。


 おれは無言のまま、彼女の顔を見る。

 彼女は両手で口元をおさえ、こちらに目を向けていた。


 かなり距離があるのでその表情までは見えなかったけど、おそらく彼女の顔は悲劇的な困惑を浮かべているのだろう。一体何が、彼女の心を乱したのか。


 まあ……、おれしかいないわな。

 よし、決めたぞ。

 おれはもう神様なんか信じない。

 くそくらえだ、バカ野郎。


 とにかく今は、一刻も早く事情を説明し、あらぬ誤解や疑いを解かなければ。


「あ、あの、どうもすいません。おれはその、決して怪しい者じゃ……」


 たどたどしい口調で話しかけながら、濡れた服を抱え、ゆっくりと歩み寄る。

 だんだんと彼女の顔立ちが見えはじめた。

 おれより少し年上といったところか。

 すっきりとした切れ長の目は、やはり困惑の混じった視線を向けている。

 普通の表情であれば、まさに聖女というかんじの顔立ちだろうに。そのことがなんとも悔やまれる。


 突然、彼女の目からぽろぽろと涙がこぼれ出した。

 顔は朱に染まり、呼吸とも嗚咽ともつかない音がもれている。


 これはどういうことだろう。

 悲鳴を上げて逃げるか、怒りにまかせて殴りかかってくるとかなら、まだ理解できるのだが。


「えっと、その、なんかすんません! いろいろとすんません!」


 わけもわからず謝りながら、おれは彼女のそばを走り抜けた。

 両開きの扉を通り、暗い通路をひたすら走った。

 どこへ行くというあてもないが、やみくもに全力で走り続けた。



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