第十一話 『たどりついた答え』
昨夜と同じく、今夜もシオンがクウの遊び相手をしてくれた。昨夜は一晩中絵を描いていたので、今夜は大聖殿前広場で体を動かして遊ぶことになった。脱走のおそれがないためか、見張りは一人もつかなかった。夜は境界の浸食が激しくなるため、大聖殿の周囲も危険地帯になるからだろう。
おれ達はこの世界で広く親しまれているボール遊びをやった。サッカーに似たスポーツで、案外楽しめた。おれも人並みにボールを使った遊びは知ってるから、今度いろいろと教えてあげようと思った。
そう。いろんなことがうまくいって、その時まだおれが生きていたら。
たくさん、いっぱい、遊んであげよう。いや、遊びたい。クウと、カイと、みんなで。
最後の時が来るまで、一緒にいたい。
夜明けが近づき始めた頃に、クウは力尽きるように仰向けに倒れた。その顔にはそれはもう満足げな笑みが浮かんでいた。
「せめて部屋に戻るための体力は残しとけよ」
そう言いながら、クウを抱きかかえる。
「あはは、ごめんごめん。ほんと楽しくって。早くカイも一緒に遊べるようになったらいいのにね」
「ああ。そうだな」
「……ソウタ? なんであたしの顔をじっと見てるの?」
「いや。なんでもないさ」
おれが見ていたのはクウの顔じゃない。彼女の胸元にある、世界樹の紋様だ。もちろん今は衣の下に隠れていて見えないし、あのクソ野郎に脱がされていた時にも何も見えなかった。けれどおれの右手の甲には、ちゃんと紋様が浮かんでいる。あるいは、特定の条件が整わないと見えないのかもしれない。
シオンと別れ、神霊の間へ戻る。クウはすでに眠っていて、おれは彼女をカイの隣に寝かせた。ふと思いつき、二人の手をそっと重ね合わせる。こうすれば二人が結び合われているように見えなくもない。もちろんこれは不正解だ。これはただの接触で、絆を結び合ってるとは絶対に言えない。
絆を結び合うには、心と心を通わせ合う必要があるのだから。
テーブルの上にはスケッチブック代わりに使っていたノートが置いてある。開いてみると、ほとんどのページにクウが絵を描いていた。思えばカイはここ最近まったく絵を描いていない。
互いに絵を描きあうことが鍵になるのではと思ったりもしたけど、きっとこれもはずれだったんだろうな。結局、絵の具も色鉛筆も手に入らなかったし、黒一色の絵ばかりになってしまったし。
……だめだ。一人だと悪いことばかりが頭に浮かぶ。
気分を変えようと思い、ノートと鉛筆を持ってソファに座る。窓から入り込む未明の空の薄明りを頼りに、おれはノートの最後のページに絵を描いた。カイとクウ、二人の姿を描いた。
大聖殿なんてしみったれた場所を出て、どこか広い草原の上で、青く澄んだ空の下で、心地よい風に吹かれながら、無邪気に、純粋に、生きる喜びを胸に抱いて笑いあっている。そんな状況を思い浮かべながら絵を描いた。
おれは自分の理想を絵に託した。
もはやそれくらいしかできなかった。
ページに小さな染みが広がる。一つ、また一つ。
何やってんだおれは。こんなことでどうすんだよ。ラトナも言ってたじゃねえか。
二人を守れるのは、おれしかいないんだ。
わかってる。頭では理解できている。だけど、心の震えは止められない。
本当に情けない話だ。
十五年も生きてきて、別の世界に転世までして。
それでこのざまだ。
結局おれは、何もできないまま終わるのか。




