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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第四章 『転世者の結末』
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第九話 『刻限まで』

「シオンに言われるまで全然気づかなかった。おれは転世してから一度も眠ってない。食事だってろくにとってなかった。なのに眠気や空腹は全然感じないし、そのことに疑問さえ持たなかった。教えてくれ。おれの体はどうなってるんだ」


「簡単に言うとな、今のあんたのその体は自分がつくったコピーなんや。コピーの体にあんたの魂が結びついとるっちゅうことやな」


「なんでそんなことを」


「理由はいろいろあるで。一つは防疫や。本来のあんたの体にはあんたがおった世界特有のウイルスや細菌がうじゃうじゃくっついとるやろ。それがこっちの世界に入ってしもたらヤバい疫病のパンデミックが起こるやないか」


「なんか、妙にリアルな理由だな……」


「大事なことやぞ。あんたがおった世界でも黒死病とかスペイン風邪とか社会を激変させるヤバい病気が流行ったことあるやろが。あれな、別世界からの転世者が原因なんやで」


 マジかよ。転世者ってそんな危険な存在だったのか。


「ちなみに、あんたの服や持ち物は全部本物や。物は簡単に消毒やら殺菌やらができるからな」


「なるほどな……、ん? ちょっと待て。それじゃあ、もとの世界にいるおれの本当の体は、まさか」


「翌日のニュースにでもなったんちゃうか。怪奇! ニュータウンの森林公園で意識不明の全裸の男子高校生発見! ってな。ネットではもう個人情報特定されて実名と顔写真晒されて、眠れる森の裸の王子様とか言われとるかもしれんなあ。はっはっは」


「はっはっは、じゃねえ! なんつー恐ろしいことをしてくれたんだ!」


「いやはや、時代はほんま恐ろしいもんになったなあ」


「恐ろしいのはてめえだろ! おれもう完全に社会的に死んだじゃねえか!」


「は? 何言うとんねん。転世したあんたに、もといた世界のことが関係あるんか?」


「それは……。で、でも、おれの家族に迷惑が」


「家族のこともどうでもええ思たから、あんたは別世界へ転世するて決めたんちゃうんか」


 ラトナが言っていることは、すべて正論だった。反論の余地などまったくない。

 全部、おれの意思で決めたことなんだ。


「ま、そういうことが言えるようになっただけ、あんたも少しは成長したっっちゅうことや。心の成長は魂の記憶として残るからな、次の世界へいった時に役に立つやろ」


「次の世界?」


「おお、せやせや。本題に入らんとな。気の毒やけど、あんた、もうじき死ぬで」


「は?」


 本当に、は? としか言えなかった。

 ラトナの言葉はあまりにも突然すぎて、理解がまったく追いつかない。


「この世界でのあんたの役目は、神霊を生み出して、完全な神霊に成長させることや。そのために必要なぶんだけの時間しか活動できんようにコピーの体には時間制限がかけられとんねん」


「ちょっと待て。なんでそんなことを」


「そらそうやろ。そもそもあんたは本来この世界には存在せん人間なんや。言うたら異物や。それを長く世界にとどめといたら、世界のバランスが崩れてまうやろ。別世界の人間は、そこにおるだけで世界の理を乱すからな。せやから影響を与えん最小限の活動期間を設定せなあかんのや。目安としては一か月くらいやな」


「そんな大事なことは最初に言えよ!」


「もといた世界が嫌で逃げ出した根性なしにんなこと言うてみい。どないなるんや」


 おれは何も言い返せなかった。根性なしがそんな事実に直面したら、自暴自棄になるに決まっている。


「ほんまはもっと長持ちするはずやってん。けどあんた、昨日の夜に神官長の『禁術・神殺しの光弓』をくらったやろ。あれが決め手になったなあ。即死レベルのダメージやで」


「なんで神官長がそんな物騒な技使えるんだ! いろいろおかしいだろ!」


「神に仕える神官だからこそ、神を制御できる力を持つんは当たり前やろ」


「ていうか即死レベルって言ったよな。じゃあなんでおれはまだ生きてるんだ?」


「心当たりあるんちゃうか? よう思い出してみい」


 そう言われ、なるほどと気づいた。

 たしかにおれは、あの時に死を覚悟した。実際、体の感覚が消えていったから死にかけたんだと思う。

 でも、クウの声が聞こえた。

 クウがおれを助けてくれたんだ。


「間一髪のところであんたはクウに助けられたんや。クウの神霊の力があんたの体の崩壊を止めてくれたんやな。それが可能になったんは、あの時あんたがクウと絆を結べたからや。その右手の甲の紋様がその証や」


「……でも、結局おれはもうじき死ぬんだろ」


「せやな。それはもう避けられん」


 体中の力が抜け、その場にへたり込む。


「なに情けない顔しとんねん。ちょっとは頭使えや。なんで自分はあんたにこんなこと言いに来たと思う?」


「いやがらせだ」


「アホ」


 ラトナはバシッとおれの頭をはたく。


「まだあんたに可能性があるからや。カイとクウを完全な神霊に成長させる見込みがあるから、わざわざ助言しに来たったんやぞ」


「本当、なのか……?」


「実際あんたはクウと絆を結べたやろ。意識できとらんやろうけど、あんたはあの時、転世の代償を取り戻せたんや。今はもうわからんようになっとるかもしれんけどな」


 実際その通りだ。死が間近に迫った極限状態だったらしいから、無理もない。


「ええか。あんたがせなあかんことはあきらめることやない。あきらめんことや。転世の代償がなんやったんか思い出して、カイとも絆を結び、カイとクウを結び合わせて、完全な神霊に成長させる。手順さえわかったら一時間もかからんことや。それができんままあんたが死んだら、あの子らもタダではすまんで」


「どう、なるんだよ」


「この都を守護する結界の一部として取り込まれる」


 ラトナは世界樹の彫像を見上げる。


「あんたも世界樹の真上に輝いとる光の玉は見たことあるやろ。あれはな、今までこの都で生まれた神霊達の力の結晶体、結界の核みたいなもんや。完全な神霊になれんまま転世者が死んだら、神霊は結界の核に取り込まれ、結界を構築するエネルギーになる。当然、記憶も人格も全部失われるやろ。自分が何者だったんかもわからず、この都が滅びるまで、ずっとずっと結界の核に囚われ続けるんや」


「そんな……、そんなことって、あるかよ……」


「あるんや。せやから言うたやろ。あの子らを守れるんは、あんたしかおらんのや。あんたがほんまにあの子らを大切に思とるんやったら、行動せえ。終わりはもうすぐそこまで迫っとんのや」


 その言葉を最後に、ラトナは消えた。最初からいなかったみたいに、彼女は消えていた。

 けれど頭には、彼女の言葉がしっかりと残っていた。


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