第六話 『小さなトモダチの耳寄りな情報』
大聖殿に到着したのは、東の空がうっすらと明るくなり始めた頃だった。
おれはクウを抱いて神霊の間へ戻り、寝台にクウを寝かせ、世界樹の間で保護されているというカイを迎えに行く。
世界樹の間には神官長とルシカがいた。二人は祭壇の両隣に立っていて、祭壇の上には光の檻に閉じ込められたまま眠っているカイの姿が見えた。
「事件はもう解決したんだ。カイをそこから出してもらうぞ」
神官長は何も言わず、小さく手を叩いた。すると光の檻は音もなく消え、ルシカはカイを抱きかかえておれのそばへ来た。
「今夜のことは、くれぐれもカイ様には御内密に」
「いや、正直に言うよ」
「それは……」
おれはルシカからカイを受け取り、抱きかかえる。
「もう隠し事はしたくないんだ。おれとクウが絆を結べたのは、きっと互いの心がまっすぐに向き合えたからだと思う。だから、カイとも絆を結ぶためにも、おれは正直でありたいんだ」
ルシカに背を向け、世界樹の間を出る。
そうだ。
あの時おれは、本心からクウに生きてほしいと思った。
その思いは、ちゃんと言葉になってクウに届いたんだ。
だからクウは、おれと一緒に生きたいと言ってくれた。
心から、そう言ってくれたんだ。
おれと同じように。
きっとそれが、絆を結び合う鍵になったんだろう。
ラトナが言っていた転世の代償とやらが何なのかはやはりわからないけど、あのやり取りの中でおれは正解にたどり着けたんだ。右手の甲の紋様が、その証明なんだ。
だから、大丈夫だ。
カイとだって、絆を結び合える。
そして二人が完全な神霊になって、もう何者にも脅かされず安心して暮らせるようになって。
それで――。
そのあとおれは、どうなるんだろう。
自分でも想像していなかった疑問がふと浮かび上がり、歩みを止める。
その時、夜明けを告げる鐘が鳴り、カイが目を覚ました。
「ん……、ソウタ? どこなの、ここ。何かあったの?」
「まあ、いろいろとな。だから落ち着いて聞いてほしい」
カイをおろし、一呼吸分の間をおいて頭の中を整理する。
「昨日の昼間、都でバケモノに襲われた時、おれ達を助けてくれたシオンって女の子を覚えてるか?」
「うん。覚えてる」
「そのシオンが、クウを誘拐したんだ」
「そんな……、どうして? クウは、クウは無事なの?」
「大丈夫。ちゃんとクウは助けた。今は神霊の間で眠ってる。クウを助けに行ってる間、カイは世界樹の間で保護されていたんだ。で、今は神霊の間へ帰る途中なんだ」
「そういうことだったんだ。ねえ、シオンは? シオンはどうなったの?」
「シオンは捕まった。これからどうなるかは、わからない」
「なんとかならないの? シオンはぼく達を助けてくれたんだよ。いい人なんだよ。クウをさらったのだって、きっと何か理由があるはずだよ」
「おれもそう思う。だから、どうすればシオンを助けられるか、それを一緒に考えよう」
わかった、とカイはうなずく。
どうすればシオンを助けられるかはわからないけど、それでもやるしかない。
カイとクウという神霊と、転世者であるおれがうまく動けば一縷の望みはあるかもしれない。
最初からあきらめていてはだめだ。まずはあきらめないことが肝心なんだ。
めずらしくおれの心は前向きになっていた。不思議と心地よい安心感さえあった。
しかしそれは、神霊の間の扉を開けた直後に激しく揺さぶられた。
衣をはぎとられて全裸になったクウが、仰向けになって床の上に倒れていた。
クウのそばにはエポラッテがいた。その足元には、ぐちゃぐちゃに丸められたクウの衣があった。
「この野郎! 何してやがる!」
寝台のシーツをつかみ、クウにかぶせる。
「クウに何しやがった! このクソ野郎!」
エポラッテは濁ったギョロ目をパチパチ瞬かせながら、おどけた口調で言った。
「エポポ? おいら悪いことなんてなーんにもしてないよぉ? プウが成長したって話を聞いたから、何がどう変わったのかなー、気になるなーって調べてただけだもん」
「どうしてお前がそれを知ってるんだ」
「エポポ、エポポ、エッポッポー。あ! そっか! もしかしてぇ、アンタぁ、おいらが『イヤァーン』な目的でプウを裸に剥いたって思ったんでしょ! だからそんなに顔を真っ赤っかにしちゃってるんだ。言っとくけど、おいらそんなことぜーんぜん興味ないもーん。そういう疑いを持つ方がスケベなんだぞっ。この下劣なムッツリ助平のドゲザエモンめ! うふふっ!」
「だまれ! それよりさっきの質問に答えろ!」
「えー、おほん。その件に関しましては守秘義務があるのでお答えできかねます。うふふ。ハイ、このハナシはこれにておしまい! そんなことより、プウの体を隅々まで調べてみたんだけど特に変わったところはないんだよねぇ。だからさ、お利口さんなおいらは考えたんだな。プウとそっくりな体のカイと比べてみれば、何かわかるかもしれないって。というわけで、カイ。さっさと全裸になりな」
エポラッテの目玉がカイの姿をとらえる。カイはビクッと体を震わせ、おずおずと衣を脱ぎ始めた。
「やめろカイ。あいつの言うことなんか聞くな」
「で、でも、エポラッテ様が……」
するとエポラッテはわざとらしく大声を出した。
「なーんだ、なーんだ、なーんだっ! カイはおいらのいうことが聞けない『悪い子』かー。それじゃあおいらが持ってるとびっきりの情報も教えなくていっかー。カイにとって命に関わるとってもとぉってもぉ大事なコトなのになー」
するとカイは血相をかえてエポラッテの前へ走り、土下座して「ごめんなさい! ごめんなさい!」と命乞いのごとく繰り返した。もはや宗教的な力さえ感じる光景だった。
「ふう、やれやれ。ほんと躾のなってないガキだよまったく。ま、そこまでやられちゃしょうがないね。ほれ、耳貸しな」
エポラッテはカイの耳を乱暴につまみあげ、ごにょごにょと小声で話す。
「……そんな。そんなの、うそだ」
「信じる信じないかはアンタが決めな。ま、信じる者は救われるっていうけどね。そんじゃバーイバーイ。エッポッポッポッポ―」
エポラッテは扉を開け、神霊の間から出て行った。
「カイ。あいつに何を言われたんだ」
「クウが……、ソウタと絆を結んで、それで成長して、だから、だから僕は……、もういらないから、処分されるだろうって」
カイは恐怖に顔をゆがめ、静かに涙を流していた。
「そんなことあるか。そんなことさせるか」
おれはカイを抱きしめ、大丈夫、大丈夫と繰り返す。しかしカイの体は震え続けていた。
これはおれの責任なんだ。この世界に来たのも、カイとクウが生まれたのも。
だからおれが、二人を守らなくちゃいけないんだ。
絶対に。




