第四話 『荒ぶる心』
ルシカは首に下げていた法石を握りしめ、シオンに向けて片手を突き出す。
「これ以上は時間の無駄です。実力行使で対処致します」
これに対してシオンは腰に手をまわし、短剣を抜いてクウの首筋にあてがった。
「下手なことはするな。クウの命は、あたしが握ってるんだぞ」
おそらく神霊を攻撃できる特殊なものなのだろう。短剣の刀身は静かな輝きを帯びていた。
「クウ様を殺せば、私はいよいよあなたを殺さなければならなくなるわ」
「よく言うぜ。神霊をかっさらった以上、極刑は確実だろうが。どのみち死ぬんなら、この都の連中に一泡吹かせてから死んでやるさ」
脅しではない。シオンは本気でそう言っているんだ。そう感じた、その時。
シオンの背後にある小屋が、ゆっくりと渦を巻くように音もなく捻じれだした。まるで空間の歪みが発生したかのようだ。異変に気づいたのかシオンは振り返る。同時に小屋は空間の歪みに飲み込まれるように消え、ぽっかりとした黒い穴が開いた。そしてそこから、特徴的な紋様の面を被った人物、神官長が現れた。
シオンはクウを抱きかかえたまま即座に飛びのいて神官長と距離をとる。するとそれを待っていたように何者かが「きぇえええええええい!」と奇声を上げながらシオンに切りかかった。議長だった。議長は老齢とは思えない見事な体裁きで剣を振るい、シオンからクウを取り返して、猛烈な勢いでおれのもとへ駆け寄って来た。
「転世者様ぁっ! 御無事でございますか! とらわれていた神霊様はこの私めが、議長である、この、私めが! 救出いたしましたぞ!」
ごつくてむさ苦しい顔が大声を上げながらものすごい勢いで迫ってくる。ちょっとした恐怖体験だったが、クウの窮地を救ってくれたことに変わりはない。
「あ、はい。どうも、ありがとう……」
いやそもそもあんたどっからわいて出たんだよ、というツッコミをこらえつつ議長からクウを受け取る。クウはただ眠っているだけのようで、目立つような外傷はなかった。
よかったと一安心した時、森の奥から続々と憲兵や神官が現れ、おれ達を取り囲んだ。神官長のほうを見ると、銀色に輝く鎖に拘束されてうつ伏せに倒れているシオンの姿が見えた。神官長はシオンが持っていた短剣を拾い黒衣の中にしまうと、こちらへ近づいてきた。
「ずいぶんと、都合のいいタイミングで来てくれたな」
「監視役の目を通して、貴様の状況は把握している」
「なら、事件はもう解決したってわかるよな。この通り、クウは無事だ」
その言葉にこたえるように、クウは目を覚ました。
「ん……、あれ、ソウタ? どこなの、ここ。シオンは?」
クウがたずねる。どう事情を説明すればいいか考えた時、シオンが叫ぶように言った。
「逃げろクウ! そいつらはお前を殺す気だ!」
「え? シオン? な、なんなの。どういうことなの?」
「神官どもはお前を――」
「黙れこのクソガキがっ!」
議長はシオンのもとへ疾走し、倒れている彼女の顔面を思い切り蹴り上げる。
「やめて! シオンにひどいことしないで!」
クウはおれから離れ、シオンのもとへ走り出す。それを止めるようにルシカがクウの前に立った。
「クウ様、だまされてはいけません。彼女はあなたをさらった罪人です」
「うそ! シオンはあたしの友達なのよ。そんなことするわけない。そこをどいて! じゃましないで!」
クウが叫ぶ。するとルシカは「……わかりました」と虚ろな声で言い、クウに道を開けた。おれ達を取り囲んでいた憲兵や神官も、クウの言葉に従うように離れていく。
この変化をチャンスととらえたのか、シオンは言った。
「クウ、あたしと一緒に来い! ここにいてもあんたは都のためだけにずっと利用され続けるだけだ。あたしならあんたを自由にしてやれる!」
「おのれクソガキが、まだ減らず口を叩くか!」
議長はシオンの頭を踏みつけ、剣を振り上げた。
「薄汚い『公共物』の分際で調子に乗りおって。その首、切り落としてくれるわ!」
議長がシオンの首めがけて剣を振り下ろそうとした時、クウが叫んだ。
「どっかいけ! くそジジイ!」
「はっ! 承知いたしましたぁっ!」
その言葉通り、議長は速やかに森のどこかへと走り去った。クウはシオンのもとへ走り、彼女を拘束している鎖をつかむ。
おれもぼさっとつっ立ているわけにはいかず、二人のそばへ走った。
「クウ。落ち着いて聞いてくれ。たしかにルシカが言った通り、シオンはクウをさらったんだ」
「やめて! どうしてソウタまでそんなうそつくの?」
「いや、ソウタの言う通りだ。あたしはあんたをさらった」
「そんな……、どうして?」
「あんたを助けるためさ。さっきも言ったろ。このままだとあんたは都のやつらにずっと利用され続け、挙句用済みになったら殺されちまうんだ」
「そんなことない。そんなこと、おれがさせるか。だいたいクウもカイも都の守り神になる神霊だろう。殺す理由なんか、どこにもないじゃないか」
「都を守るために殺すのさ。前の神霊は――」
突然、シオンを拘束していた鎖が強い輝きを放ち、彼女を握りつぶすように強く締めつける。シオンは苦痛に声を漏らし、クウは混乱し悲鳴を上げた。
「これ以上は無駄なことだ」
神官長の声が聞こえる。奴はゆっくりとこちらに近づいてきた。
「な、なによ。あんた。こっちこないでよ!」
クウが叫ぶ。それにこたえるように憲兵や神官が神官長に襲いかかった。しかし神官長は落ち着いた様子で歩みを止め、祈りの言葉を短く発する。すると憲兵や神官はばたばたと倒れていった。遠くからこちらに向かって猛烈な足音と雄叫びが聞こえてくる。言うまでもなく議長だ。彼は神官長めがけて跳躍し、剣を構えて切りかかる。神官長は見向きもせず、ハエを追い払うように片手を振った。すると議長の体は風に吹かれた木の葉のごとく舞い、その辺の木に激突してぶっ倒れた。
「やはり貴様の神言は危険だ。始末しておくに足る。神霊はもう一体いるのだから、問題はあるまい」
神官長は立ち止まり、おれ達に向けて片手を伸ばし、手のひらを向ける。すると神官長の手から光の粒子が発生し、弓の形をつくった。
「おい、待てよ。何する気だ」
神官長は無言のまま、今度は光の粒子で弓矢をつくりだし、構えた。
当然、狙いはクウに向いている。
「ソウタ……」
クウが言う。その声は恐怖で震え、かすれていた。
もはやクウを連れて逃げる時間はない。
なら、おれはどうすればいい。
決断を迫られた時、神官長は光の弓を放った。




