第二話 『激怒する小さなトモダチ』
威勢のいい掛け声をわざとらしく上げ、エポラッテは奇怪なステップを踏むように走った。おれとルシカも奴のあとを追って走る。
「ところでルシカ。おれと一緒にいても大丈夫なのか?」
「はい。神官長より許可はいただきましたから。それにソウタ様御一人で夜中に外へ出られるのは危険です。私も神官ですので、何かのお役には立てると思います」
「ありがとう。正直なところ、一人だとけっこう不安だったんだ」
「そんな……。ところでソウタ様、あの可愛らしい生き物とは、どういう御関係なのですか?」
なんと答えたものだろうと考えた時、エポラッテは立ち止まってくるりとこちらに向いた。
「う、ふ、ふ。トモダチ、だよぉ? ねっ!」
「まあ、その、そういうことだな……」
「そうだ! せっかくだしおいらとコイツの『ユウジョウの証』を見せてあげるよ。サン、ハイっ! おいらぁぁわぁー、エぇポラッテぇー」
エポラッテは奇妙に体をくねらせて踊りだす。
「いや、今はそんなのいいから早くシオンの――」
そう言った瞬間、エポラッテは即座に怒り心頭といった形相でおれをにらみつけた。
「そんなのだと! そんなのって言ったな! おいらとアンタの『ユウジョウの証』を、そんなのって言いやがったな! おいらはアンタに会うために、弱くて小さなこの体でいつもいつもがんばってるのに、今だって、暗くて怖い夜の道を、なけなしの勇気を振り絞ってアンタのために走ってるのに! あんたはおいらの『ココロ』を踏みにじった! おいらは、おいらは深く、深ぁああく傷ついた!」
エポラッテはドカッとその場に座り込み、ここから一歩も動かんぞと言わんばかりに腕を組んであぐらをかき、ふんぞり返って「おいらは深く傷ついた! おいらは深く傷ついた!」と繰り返し叫んだ。
これ以上時間を無駄にするわけにはいかず、おれは速やかに土下座して許しを乞う。
それで気がすんだのか、エポラッテは言った。
「フンだ! あんたは本当にとてもひどくて悪い奴だよ! でも、おいらは、あんたを許す。知ってるかい? 誰かを許せるのは、強さの証なんだよ。おいらは体は弱くて小さいけれど、誰にも負けないくらい強くて大きな『ココロ』を持ってるんだ。だからおいらは、罪深いあんたを許してやるのさ」
そう言うとエポラッテはため息をつき、ゴロンと仰向けに寝転がった。
「あーあ。なーんかおいら疲れちゃったなー。もう一歩も歩けないや……。でも、アンタをシオンのところへ連れてってやるって約束しちゃったしなー。どうしよっかなー。は! そうだわ! アンタがおいらをおんぶして進めばいいんじゃないかしら?」
エポラッテは飛び跳ねるように起き上がると、眼球を爛々と輝かせる。
「そうよ、それがいいわ! おいらはアンタに道を教える。アンタはおいらの指示に従って進む。お利口なおいらと図体のでかいアンタ、それぞれの長所を合わせてすすめばいいのね! そうと決まれば善は急げ! ほら、さっさと土下座して! そうしないとアンタの背中に乗れないでしょ!」
もはや何も考えまい。おれは奴の指示通りに動き、奴はおれの頭を踏みつけながら背中に立って、両手で首をつかみ、体を背中に密着させる。首に奴の指と爪が深く食い込み、痛みと息苦しさを感じさせた。
「なあ、つかむなら肩にしてくれないか? 首だと息苦しいし、痛いんだけど」
「エポポぉ、そいつはごめんねぇ。じゃあおいらはこれでバイバイするから、あとはがんばってねー」
「…………落っこちないよう、しっかりつかまってろよ」
「エッポッポぉ! よーし、そんじゃぁ今からこれから出発進行だーいっ!」
無邪気で元気な子どもを真似るような口調でエポラッテは言う。頭に奴の唾がかかり、駅の公衆トイレみたいな臭いが漂ってきた。
なにはともあれ、おれ達はクウとシオンのもとを目指して再び走り出した。
月と星々が静かに照らす夜の草原を走り、眠りの森へ入る。ルシカは霊術を使って小さな光の玉を生み出し、周囲を照らしてくれた。おかげで以前とはちがい順調に進むことができた。まったく頼もしい限りである。彼女がいればどんなバケモノが現れてもなんとかなりそうだ。おれの背中にへばりついているバケモノもいつか退治してほしい。
眠りの森へ入ってからはエポラッテの指示に従って慎重に進む。やがて、川のせせらぎのような音が聞こえてきた。
「シオンはね、川の上流の水門のところにいたんだよ。もうすぐ着くと思うから、明かりは消した方がいいんじゃないかなー」
「そんなわかりやすい所にいるんなら、最初からそこだって教えてくれりゃよかったのに」
「うふふ。おいらってばちょっぴりさびしんぼさんなんだ。だからこうしてアンタと一緒にいたかったの。さてとー、あとは川に沿って水門へ進むだけだからね。なーんかガラにもなくシリアスっぽい展開になりそうだから、ユカイでカワイイおいらの出る幕はなさそうだね。ではでは、おいらはこれにて御免!」
エポラッテは背中から飛び降りると、調子の外れた歌を歌いながら森の奥へと去っていった。
「やれやれ、やっと失せたか。あー、重かった。肩がいてえ……」
「ソウタ様。結局あの生き物は何だったのでしょうか」
わからない、としか答えられなかった。まあ、友達でないことだけは確かだが。
奴の正体が何なのかはわからない。それでも特殊な存在であることはたしかなようだ。神霊や転世者について重要なことを知っているようにも考えられる。ラトナの態度も引っかかった。だからこそ、おれは一応奴を信用した。もっとも、奴には好意も友情も一切感じていないが。
おれとルシカは川に沿って進み、水門を目指す。ルシカによると、日が出ている間は水門の管理所に人がいるらしいのだが、日が沈むと完全に無人となるらしい。
「じゃあ、夜になったら水門を通って都の外から内部へ侵入できるんじゃないのか?」
「それは無理でしょう。森や川は境界に通じる穴が発生しやすい場所なんです。なので夜にそういった場所へ近づこうとするのは、普通の人間にとって自殺行為でしかありませんから」
自殺行為、ね。
今からそこへ行かなくちゃならんのに、はっきり言ってくれるなあ。
まあ、行くしかないんだけどさ。クウを助けるには、それしか選択肢がないんだから。




