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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第四章 『転世者の結末』
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第一話 『今宵もご機嫌な小さなトモダチ』

 クウがシオンにさらわれた。今の状況はこの一言で説明できる。

 しかしおれは状況がまったく理解できていなかった。

 今、目の前で起こった事態を受け入れることができなかったからだ。


 クウはシオンを慕い、シオンもクウに好意を持っていたはずだ。

 クウは都の守り神となる神霊で、シオンはこの都で暮らしている人間だ。

 わからない。シオンがクウをさらう理由も、動機も、わからない。


 近くにいたルシカは床に膝をつき、生気をなくした目を虚空に向けていた。きっと彼女もおれと同じ心境なのだろう。どうすればいいかわからないし、どうすることもできない。

 鳴り響く鐘の音に混じり、慌ただしい足音が続々と近づいてくる。ほどなくして、神官や憲兵が神霊の間に押し寄せてきた。最後に神官長が堂々たる様子で現れ、シオンが落とした石を拾い上げる。


「なるほど」


 そう言うと神官長は石を手のひらに乗せ、おれのほうへ顔を向ける。


「この石から霊力の残滓を感じる。これは間違いなく法石だ。当然、あの娘に生成はできない。何者かがこれをあの娘に渡し、神霊をさらわせたのだろう。貴様はこの計画にうまく利用されたというわけだ」


 何も反論できない。今の状況では、そう考えるのが自然だろう。

 神官長は寝台へ向かい、眠っているカイを抱きかかえた。


「カイをどうする気だ」


「世界樹の間へ連れていき、結界の中で保護する。これ以上神霊を失うわけにはいかないからな」


「失うって、クウはまだ……」


「準備が出来次第、私はさらわれた神霊の処分に向かう」


「処分って、まさかクウを殺すのか?」


「そうだ。我々の目的はこの都を守ることであり、神霊はそのための手段の一つでしかない。今回の件にこの都を脅かそうとする勢力が関与しているならば、みすみす神霊を渡すわけにはいかない。何者かの手に落ちる前に処分する必要がある」


 神官長は本気で言っていることを直感し、おれは神霊の間を飛び出した。

 とにかく今は、シオンからクウを取り返さないと。

 考えてみれば妙に都合のいいことが続いていた。

 都でバケモノに襲われた時、シオンは絶妙なタイミングでおれ達を助けてくれた。

 眠りの森の神殿跡地で目覚めた時もそうだった。まるでおれ達がそこにいることを知っていたみたいにシオンは現れた。

 もしかしたら、眠りの森で初めて出会った時も何者かの意図が働いていたのかもしれない。

 それでもおれは、今の今まで何の疑いも持たなかった。まったく、どんだけめでたいバカなんだ。

 礼拝堂へ下り、通用口を抜けて大聖殿前広場へ出る。広場を全力で走り正門を出たところで、おれは重要なことに気づき立ち止まった。


 そういえば、シオンはどこへ行ったんだ?


 何も見当がない状態でやみくもに探し回っても意味ないじゃないか。

 でも、だからといって、立ち止まっているわけにはいかない。

 どうすりゃいいんだ、ちくしょう。


「うふふ。今夜はなんだか賑やかね。おまつりでもしてるのかなあ?」


 背後からねっとりとした甘みのある不気味な声が聞こえた。振り返ると、そこにはエポラッテがいた。奴は踊りを踊るように手足をぷらぷらさせながら、濁りのある巨大な眼球をこちらに向ける。


「あーららぁ。どしたのさぁ、そんなにハァ……、ハァ……なーんてしちゃってぇ。あ! エポポわかった! アンタ達、鬼ごっこ大会してるんでしょ! だからさっきシオンはプウを抱えて走ってたんだ!」


「お前、シオンを知ってるのか? どこへ行った。教えてくれ」


「まあまあ落ち着きなよぉ。急がば回れ右しなきゃだよっ! うふふ」


 エポラッテはとぼけた踊りを踊りながらにやにやと笑う。


「まず最初の質問だけど、おいらシオンのこと知ってるよ。これでもおいら都じゃ顔が広いんだ。シオンってのは小便臭くて小汚いナリをした意地汚いガキだけど、自警団の下っ端としてはそこそこ使えるって評判さ。えーと他にも知ってるような、知らないような……、うーん、うーん」


「いや、シオン個人のことはいい。今はシオンがどこへ行ったのかを知りたいんだ」


「エポポ? アンタ達、鬼ごっこ大会してるんでしょ? 駄目だよぉズルしちゃぁ、めっ! うふふ」


「してねえよ! さらわれたんだ、クウが、シオンに! 早く助けないと大変なことになるんだ!」


 エポラッテは「まあタイヘン!」とわざとらしく驚いた。


「そいつは災難だったねぇ。がんばってねぇ。おいらも影ながら応援してるよっ! フレーぇ、フレーぇぇぇ」


「いやだから、シオンがどこへ行ったのかを教えてくれ」


 するとエポラッテは両腕を組み、眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げてダン! ダン! ダン! と地面を踏み鳴らした。ほんとわかりやすいな、このド畜生は。それでも今は従わなければならず、地面に膝をつく。その時、ひどく慌てた感じの足音が近づいてきた。振り向くと、ルシカの姿が見えた。


「ソウタ様、一体何を……、え? なんですか、その、可愛らしい生き物は」


 そう言うルシカの目は、たしかにエポラッテに向けられていた。憲兵の兄ちゃんといい、この世界の人達の美的センスはどうなってるんだ?

 いや、そんなことよりも今は土下座だ。


「ルシカ、少し待っててくれ」


 両手を地面につき、頭を下げ、教えてくださいと懇願する。


「ソウタ様……」


 ルシカの憐れむような声が聞こえた。今までで一番つらい土下座だった。

 だからだろうな。エポラッテはひどくご機嫌な感じで「エッポポポポポー!」と笑っていた。


「そうそう、それでいいのさ。それでこそおいらの下僕、じゃなかった、トモダチのドゲザエモンだよ。そいじゃ教えたげるね、うふふ。シオンはねぇ、眠りの森のほうへ行っちゃったんだ。ここ最近、あのガキは毎晩のように眠りの森のとある場所に通ってたみたいだよ。おいらも何度か見たことあるんだ。だから今回は特別出血大サービス! そこまでアンタらを案内してあげるよ。さあみんな、エポラッテにぃぃ、ついてこーいっ!」


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