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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第三章 『光に暴かれるもの、闇に守られるもの』
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第九話 『そこにある命の意味は』

 心身ともにくたくたになりながらも、どうにか日没前に大聖殿へ到着する。正門の前にいた憲兵たちはおれを見ると恭しく跪き、門を開けた。そういえば、どうして昨日の夜は誰も正門にいなかったのだろう。普通は夜も見張りがいると思うんだが。

 まあいいか。とりあえず、神霊の間へ戻ろう。

 神霊の間の扉の前に立った時、かすかな物音が聞こえた。どうやらカイが目を覚ましているらしい。

 よし。ここは何事もなかったという感じで、ただいまを言うか。


「ただいま……」


 そう言いながら扉を開ける。


「う、ふ、ふ。お、か、え、りっ!」


 妙に甘ったるく気色の悪い声が聞こえた。エポラッテだ。奴は寝台の上であぐらをかき、その正面には正座しているカイの姿があった。


「まったくう、あんたって奴は悪い奴だねえ。倒れたカイをポーイっ! てほったらかしの知らんぷりしちゃって、そのくせ女と楽しく二人っきりでいちゃいちゃお出かけなんかしちゃうんだからぁ」


「あ、あの、エポラッテさん。ソウタはきっと用事があって……」


 おどおどした感じでカイが言う。するとエポラッテは「んん! えへん! えへん!」とわざとらしく咳払いをしてギョロリとした目玉をカイに向けた。


「うふふ。さぁーまっ?」


「あ、ご、ごめんなさい! エポラッテ様!」


 カイは奇怪なバケモノに向かって土下座する。床に頭をこすりつけ、ガクガクと体を震わせた。

 洗脳か、マインドコントロールか。カルト教団の教祖と信者を思わせる光景だ。


「おいてめえ! うちの子に何を吹き込んだ!」


「べぇっつにぃ!ぬぁぁぁんにもぉぉ? おいらはさ、アンタが帰ってくるまでカイと楽しくおしゃべりしてただけだよぉ? ね、カぁイぃ?」


 カイは素早く頭を上げ「はい」と緊張した声を出した。


「あーあ。今日はカイといっぱいおしゃべりしちゃったせいで、もうすっかりお疲れ様になっちゃった。ホントはアンタと大事なこといーっぱいお話ししてあげようと思ったんだけどねぇ。しょうがないよね。この埋め合わせはまたいつか! はい! じゃー今日は解散!」


 エポラッテは寝台から飛び降り、ひょこひょこと尻を振りながら扉を開けて出て行った。


「カイ、大丈夫か? あいつに何かされ」


「来ないで!」


 カイは叫び、怯えた目をおれに向ける。


「ソウタ、どうして黙ってたの? 最初の式典の日、僕のせいで、大変なことになったんでしょ」


「それは……」


「エポラッテ様は、僕のせいでたくさんの人が傷ついたって言ってた。今朝だって、僕のせいで、大変なことになったって……。僕は、とても危険な存在だって、そう言ってた」


「ちがう! そんなことはない! カイは何も悪くないんだ。カイだって、誰かを傷つけたいなんて思わないだろ」


「思わないよ。でも、僕は、僕が何をするのか、何をしてしまうのか、わからない」


 そうか。そうだよな。

 一番怖い思いをしているのは、カイ自身なんだ。

 自分の思いとは関係なく、自分の力が暴走してしまう。そして誰かが傷ついてしまう。

 その誰かを傷つけたぶんを、カイは全部背負ってしまうんだろう。


「エポラッテ様は、僕の力は誰かを傷つけ、壊し、殺してしまう、呪われた力だって、言ってた。僕みたいな危険な神霊は生まれてこないほうがよかったって、誰もがみんな思ってるって、言ってた」


 涙を流しながら、カイは言葉を続ける。


「でも、エポラッテ様は、そんな僕にも生きる意味はあるって言ってくれた。僕が犯した罪は永遠に消えないけれど、その罪を背負って生き続けることが償いになって、やがて罪が許された時に、僕は完全な神霊になるって、そう教えてくれた。エポラッテ様は、僕が完全な神霊になれると信じてくれた……」


 カイは崩れ落ちるように倒れた。窓から差し込む夕陽は一日を締めくくるように、最後の輝きを放っている。


「ソウタは、僕を、信じて、くれる……?」


 涙に濡れた青い瞳が、おれをのぞき込む。返事をする前に、カイは眠りについた。

 カイを寝台に寝かせ、ため息をつく。

 おれは何をやっているんだ。

 親に信じてもらえないことの苦しみは、よく理解していたはずなのに。

 カイにあんなこと、言わせるなんて。

 自己嫌悪に苛まれている間に日は完全に沈み、神霊の間は暗闇に閉ざされる。

 しかしすぐに明かりが灯り、ほどなくしてクウが目を覚ました。


「あー、よく寝たー。って、どうしたのソウタ。ずいぶんやつれてるじゃない」


「いや……、今日はいろいろ仕事が大変だったんだ。それで少し、疲れただけだ」


「ふうん、そうなの。お疲れさんね。それで、カイは今日どんな絵を描いたの?」


 そういえば、そのことをすっかり忘れていた。


「今日は描けなかったんだ。いろいろと忙しかったから」


「そう。まあいいわ。そのぶんあたしがたくさん描いたげる。昨日は初めて外に出たし、シオンとも友達になれたし、いろんな絵がいっぱい描けそうなの」


 クウは眠るカイのそばで絵を描き始めた。

 クウが描いたのは眠りの森や星空、そして初めてできた友達であるシオンの姿だった。やはり彼女は人物の特徴をとらえるのがおそろしく上手い。目に見える外見だけではなく、そのものの本質をとらえているからだろうか。

 ただ、クウが描く絵にはどれも色彩が欠けていた。まあ黒の鉛筆しかないからしかたないのだけど、もし色鉛筆を用意しても、彼女はモノクロの絵しか描けないだろう。

夜の間しか目を覚ましていないのだから。

 それでも、完全な神霊になれたとしたら、クウも日が出ている間に起きていられるのだろうか。

 そうなることを信じて、がんばるしかないんだろうけどさ。


「それにしても、クウは本当に人物を描くのが上手いな」


 でしょ、とクウは声を弾ませる。


「カイが風景を描いて、クウが人物を描いたら、きっと素敵な作品に仕上がるだろうな」


「いいわね、それ。やってみましょうよ。じゃあまずあたしがソウタとカイを描いてあげるね」


 クウはノートの新しいページを開き、鉛筆を心地よく走らせていく。

 その様子を見ている時、おれは何かひっかかるものを感じた。


「よし、できた! あとはカイが景色を描いてくれれば完成ね」


 ノートには並んで立っているおれとカイの姿が描かれていた。絵の中のカイはちゃんと目を覚ましていて、元気いっぱいな笑みを浮かべている。おそらくクウはカイの性格を自分と同じようなものだと考えているのだろう。おれはまだ、カイのこんなに明るい笑顔を見たことがない。


「ん? どうしてクウは描いてないんだ?」


「しょうがないでしょ。あたしは自分がどんな姿なのか知らないんだから」


 そういえば、カイもクウも自分達の姿を鏡で見たことはなかったな。


「……ちょっと貸してくれ」


 クウからノートと鉛筆を借り、描かれたカイの隣にクウを描く。それを見て、クウは言った。


「へえ、あたしとカイってけっこう似た姿してるのね。ていうか、ソウタって絵がすごく上手じゃないの。まるでもう一人のあたしがそこにいるみたい」


「そいつはどうも」


 ほめられて悪い気はしないが、正直なところ複雑な気持ちになる。

 物心ついた頃からアホみたいに絵を描き続けてきたが、結局それには何の意味もなかったからだ。

 でもまあ、こういうところで役に立ったのは良しとするか。


「ねえ、もっと他にも絵を描いてよ。ソウタがどんな絵を描くのか、見てみたい」


 せがまれるままに、この世界で出会った人々や目にした風景を描く。もちろん、今日の昼間に見たあのおぞましい光景は描かなかった。あんなもん、見せられるか。

 ついでに言うと、おれがもといた世界についても描かなかった。

 やがて、夜明けが近づいて来たらしく、クウは小さくあくびをした。


「ねえ、ソウタ。明日は昨日みたいに、外へ出られるかな?」


「大丈夫。そのうちきっと自由に外へ出られるようになるさ」


「だね。はやくそうなればいいな。そしたらまたシオンにも会えるし、あたしが描いた絵も見てもらえるし、もっとたくさん、友達も……」


 そのままクウは眠った。

 彼女の願いをかなえるためにも、おれはふたりを完全な神霊に成長させなければならない。

 だけどこの都には、ふたりが守らなければならないほどの価値があるのだろうか。

 答えがみつからないまま部屋の明かりは消え、日の出を告げる鐘の音が鳴った。


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