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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第三章 『光に暴かれるもの、闇に守られるもの』
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第八話 『あらゆる世界に満ちるもの』

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ! え、えぇぇー……。わああああああああああああああああああああああああああああ!」


「やっかましいわアホ。驚くんか困惑するんかどっちかにせえ」


「い、いやいやいや。だってお前、なんでここに……。ていうか、何してんだよ」


「あんたの様子がぼちぼち気になってな、神官長に神託を出して、あんたが一人になる状況をセッティングしたんや。ほんで、近未来予知の力使てここ通るてわかったから、暇つぶしにそこらのチンピラにちょっかいかけて『暴漢にからまれるヒロインごっこ』しとってん」


「はた迷惑にもほどがあるわっ!」


 じゃああの二人は加害者じゃなくて被害者だったのかよ。


「しかしなぁ、あんた、あの脅し文句はなんやねん。聞いとるこっちが情けなぁなるで。ほんであれやろ。あわよくば助けたお礼にそのへんの宿屋でベッドインしたろとか、そういう下心があったんやろ。なんてやっちゃ。恥を知れ、バカたれが!」


「すべての元凶のてめえが言うんじゃねえよ。いいか、こんな悪ふざけは二度とするなよ」


「はいはい、わかったじょ」


 この野郎。まだおれをおもちゃにしたいか。


「まあ、んなことはどうでもええ。あんたこの前『聖域』に行ったそうやな。イっくんに聞いたで」


「聖域? イっくん? なんのことだ?」


「あー、やっぱちょいボケとんな。ほれ、思い出さんかい。世界樹の間でクウが神器の笛を吹いたら、廃墟になった未来都市みたいな場所に出て、あんたより少し年下の男の子と会うたやろ」


「…………言われてみれば、そんなこともあったな」


「記憶があやふやなんはしゃあないわ。正しい手順で聖域へ行ったわけやないからな。まあでも、特に変わり内容で安心したわ」


「そうだ。そのイっくんとやらが言ったことで気になることがあるんだけどさ、ラトナってのはお前以外にもいるのか?」


「おるにはおるな。簡単に言うと、ラトナっちゅうんは商標みたいなもんや。転世神になれる資格のあるもんに声かけて、双方の合意のもと転世の力とラトナの称号を授けて転世神になってもらうねん。ま、フランチャイズみたいなもんやな。案外ぎょうさんおるで、ラトナって」


「神様を量産するな! そしてがっかり感が半端ねえ!」


「んん? もしかして、『ぎょうさん』と『量産』をかけたんか? 悪いけど、あんまうまないな、それ」


「かけてねえよ、どこに注目してんだ、憐れむような目をおれに向けるな!」


「ついでに言うとな、自分はオリジナルのラトナ様や。本社みたいなもんやな。どや、ありがたみあるやろ」


 えっへん! とラトナは腰に手を当てうっすい胸を張る。

 ありがたみって、お前の話のせいでありがたみなんかかけらもねえよ。


「ていうかお前、この世界じゃかなり恐れられてるじゃねえか。名前を口にしただけで神官連中が恐れおののいてたぞ。一体何したんだ?」


「なあに、たいしたことはしとらん。神官共が妙なこと企てんよう記憶を読み取って弱み握って、下手なことしたらばらしたるからなと脅しをかけたくらいや」


「陰湿すぎるわ! しかもやることが小せえ!」


「ちなみに、ルシカの人に知られたくない秘密もちゃんと知っとるで。どうや、教えたろか?」


 もはや悪魔のささやきだった。

 ここは善良なる青少年として、この悪魔のささやきを断固拒否しなければ。


「いや、べつに、知りたくない、けど?」


「ほほう、よう言うた。善良なる青少年として悪魔のささやきを断固拒否しよったな」


「当たり前のように人の心を読むな!」


「せや、心で思い出したけど、カイやクウとはどんなかんじや? ちゃんと自分が言うたように、絆を結び合えるようがんばっとんのか?」


「まあ、その糸口みたいなのはつかめたってかんじだな」


 絵を使ったコミュニケーションについてラトナに話す。


「ふうん、なるほどなぁ。間違いではないけど、正解でもないな」


「どういうことだよ」


「これ以上は言えん。ただ、前にも言うた通り、二人を絆で結び合わせるためには、あんたが転世の代償として失ったもんを取り戻すことが必要不可欠なんや。それは忘れたらあかんで」


「そうは言ってもなあ。まるで見当がつかないんだけど」


「まずはカイやクウとしっかり向きあうことや。そうすれ自ずと答えは見えてくるやろ」


「向きあうっていっても、あの二人はかなり危険じゃないか? 今朝もそうだったけど、なんで神霊はあんなやばい力を持っているんだよ」


「簡単に言うとな、神霊っちゅうんは自然界のエネルギーに直接働きかけることができるんや。もちろん、人間もその中に含まれるで。せやから神霊は、人間にとって畏敬の念を抱かれる存在たりえるんやな。まあ、とんでもない力を持っとっても、それを制御できるかどうかはわからんけどな」


「神言って力も、自然界の力みたいなもんなのか?」


「いや。神言は神霊の人格に根本がある力のことや。神霊の個性っちゅうか特性っちゅうか、そんなもんやな」


「……ちなみに、カイとクウの神言ってどんなものなんだ?」


「それはあんたが自分で知らなあかんことやで」


「まあ、そうなるよな」


 重く、ねっとりとしたため息が出る。


「ったく、なんなんだよ。もうわけがわからん。二人のことも、大聖殿の連中も、この都のことも。意味不明なことだらけだ。おれにどうしろっていうんだよ」


「嘆いてもしゃあないやろ。そもそも、あんたが自分の意思でこの世界に来るて決めたんやから」


「語弊があるぞ。たしかにおれは別世界へ行くことを望んだけど、こんなイカレた世界へ行くなんて一言も言ってない」


「そんなにイカレた世界か、ここ」


「イカレてるって! さっき大通りでおれが何を見てきたのか、心でも記憶でものぞいて見てみろよ」


「あー、あんなもん日常茶飯事やないか。そんなつまらんことでガタガタ喚いとったら生きてかれへんで」


「日常茶飯事だと? ふざけんな。あんな光景、おれがもといた世界じゃ……」


「あんたがおった世界でも本質的には同じ事が日常的によう起こっとるやないか」


「は?」


「強者が弱者を搾取し、いたぶり、嬲り、見世物にして慰み者にする。ようあることやろ。なんもおかしなことはない。目に見える形はちがうかもしれんが、本質はおんなじや。それともなんや、あんたの世界では誰も彼もが笑顔でお手てつないでニコニコしながら歌を歌って死ぬまで平和に暮らせとんのか?」


「それが、神様の言うことかよ……」


「だいたい、あんた自身にも心当たりはいくつかあるやろ。せやから別の世界へ行きたいなんて思ったんとちゃうか?」


 悔しいが、反論できない。


「ついでに言うとな、人間に嬲られとったモンスターは『亜人』って呼ばれとんねん。亜人や、亜人。意味わかるか?」


「……知りたくもないし、考えたくもないな。でも、知らなくちゃいけないんだろ?」


 せやな、とラトナは真面目な表情でうなずいた。


「あれらは元々は人間や」


 うそだろ、と言いたかった。でも言えなかった。喉がからからに乾いて、声が出せなかった。


「この都の主産業は法石の製造やけど、もう一つあんねん。それはな、法石を生身の人間の体に埋め込んで、特別な力を持った亜人に作り替えることや。言うたら亜人生産やな。周辺地域から奴隷狩りしたり、あるいは都の貧困層を人身売買したりして素体となる人間を集めて、亜人に改造するんや。能力の高い亜人や愛玩用の亜人は大陸の特権階級連中に高値で売れるらしいからな。それでこの都も潤っとるっちゅうわけや」


 正気の沙汰とは思えない。

 以前、シオンが言っていた言葉がありありとよみがえる。

 この都の連中は、信用できない。


「お前は、そんな非人道的なことを見過ごしているのか?」


「かんちがいすんな。自分は転世神や。この世界の守護神やないし、ましてや正義の味方でもない。世界の根っこが崩れんようバランスをとらなあかん時には転世者を寄越したりして手助けするけどな、それ以外は手も出さんし口も出さん。あんたをこの世界に送る前に言うたやろ。特別な力を持たしても、世界のバランスを崩すだけやみたいなことをな」


「だからって、あんな悪逆非道を見過ごしていい理由にはならないだろ」


「それはあんたの考えや。平和な世界で何不自由なく『生きてこれた』あんたの理屈や。この世界の連中には通じん」


「だからって……」


 そこから先の言葉は、何も思いつけなかった。ラトナの言ったことは、間違いではないからだ。

 やりきれない思いで口を閉じた時、ラトナのほうからアラーム音が聞こえた。ラトナはスカートのポケットからスマホを取り出し、アラームを切る。


「もう時間か。ほな自分はこれで帰るから、あんたもしっかりやりや」


「帰る?」


「あんたがもともとおった世界にな。見ての通り自分は高校生やからなあ。なにかと忙しく、慌ただしく、そして充実した青春を謳歌しとんねん。どや、うらやましいか。うらやましいやろ」


「べつに」


「ほうほう」


 ラトナはにやりと笑みを浮かべる。こいつ、また人の心を読みやがったな。


「ところであんたな、この世界に来てから体の具合がおかしい思たことあるか?」


「いや、特にないけど」


「ふうん。まあええわ」


「何かひっかかる言い方だな」


「ひっかけとんねん」


 ラトナは腕を組み、その金色の瞳をまっすぐこちらに向ける。


「あんたは今んとこ正解に向かって進んどる。せやけど時間は永遠にあるわけやない。正解にたどり着く前に時間切れになることも十分あり得るんや。それでもあんたはあの子らを完全な神霊にして、守ったらなあかん。それがあんたの責任やからな」


 ええか、とラトナは語気を強める。


「世の中にはな、あんたの理解を超えた悪意が存在すんねん。そういうもんからあんたはあの子らを守らなあかんのや。そのためにも、あんたがそういうもんから目を背けたらあかんねんで」


 理解を超えた悪意、か。思い当たるものが多すぎる。

 神官長。議長。大聖殿の神官達。都の人々。そして……。


「そうだ。エポラッテってやつについて聞きた」


「エポラッテ!」


 するとラトナは「ぎゃはははははははははは!」と盛大に笑いだした。捧腹絶倒を体現するように腹を抱えて身をよじらせ、地面に倒れ笑い転げている。


「ははははは! マジかあいつ! ははははははは! あー、おもろいわー。ほんでキショいわー」


「おいおい、いきなりどうした。どういうことだ?」


「まあ、なんや。あいつのことは無視しとけ。うっとうしかったら問答無用で殴り飛ばせ。それが一番や。関わるとろくなことがないし、そもそもろくなことをせんからな」


 ラトナのスマホが再びアラーム音を鳴らす。


「あ、あかんあかん。ほんまにもう帰らな。ほななー」


 そう言った直後、おれの前からラトナの姿は消えた。


「結局、なんだったんだ……」


 とりあえず大聖殿へ戻ろう。今はそれしかない。

 歩きながら、以前ルシカが言ったことを思い出す。

 おれの役目は、儀式が行える状態になるまで神霊と一緒に暮らすこと。

 時間は永遠にあるわけじゃないというラトナの言葉と、何か関係があるのだろうか。


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