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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第三章 『光に暴かれるもの、闇に守られるもの』
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第六話 『何も見えない夜道のような』

 まだ太陽は明るく輝いていたが、カイは目を覚まさなかった。もちろんクウも眠り続けている。

 寝台に並んで眠るふたりを見て、小さく息を吐いた。


 おれは本当に、このふたりを完全な神霊に成長させることができるのだろうか。

 ふたりと絆を結び合い、ふたりを絆で結び合わせることができるのだろうか。


 鍵になるのは、おれが転世の代償として失った、もといた世界とおれを結ぶ絆らしい。

 けれどそれが何なのか、いまだにわからない。

 どうすればそれにたどりつけるのかもわからない。

 ただ、奇妙なことに、それはすぐそこにあるような気がしてならなかった。

 何かを見落としている。もしくは、無意識に何かから目を背けている。


 ……だから、それが何なんだよ。くそ。


 仰向けになって寝台に倒れ、目を閉じる。

 暗闇の中でもおれの思考は止まることなく回っていたが、やはり正解にはたどり着かなかった。

 いつまでもいつまでも同じ場所を回り続ける時計の針のように、答えがわからないという結論から抜け出せない。

 何かきっかけが必要なのだろうか。

 今いる場所を離れなければ、答えは見つからないのだろうか。

 いや。そんなことはないか。

 こうして別の世界まで来たってのに、おれは何も変わってないんだから。


 うだうだと思考をめぐらしている間にも時は着々と刻まれ、正午を告げる鐘の音が鳴った。

 ほどなくして、扉をノックする音が聞こえる。おれは寝台から起き上がり、扉を開けた。

 そこにはルシカが立っていた。今朝あんなことがあったからか顔色は優れなかったけど、それでも彼女は普段通りの優しい微笑みを見せてくれた。


「神官長よりソウタ様へ指示が出されました。正門前までお越しください」


「カイとクウは、連れていかなくてもいいのか?」


「はい。御二方とも今は御休みになられていますし、それに今回はソウタ様だけお連れするようにとのことですので」


 わかった、と答える。それ以外に答えはない。

 寝台で眠り続けるカイとクウに目をやり、いってくるよと小さくつぶやく。おれがここにいない間にカイが再び目を覚ましたら、きっと不安な思いをするだろう。でも、どうすることもできない。おれにできることは、そうならないよう祈ることだけだった。


 神霊の間を出て、ルシカの後に続いて歩く。おれ達は一言も交わすことなく歩き続けた。今朝あんなことがあったばかりだから会話しろなんてほうが無理だろう。それでもこの重苦しい沈黙はなかなか耐え難いものがあった。なので大聖殿前の広場に出た時は少し安心した。開放的な外の空間に出れば、少しは気もまぎれると思ったからだ。

 広場では職人らしき人々が修復作業に取り組んでいた。歪に盛り上がった地面をならし、壊れた石畳を撤去して、新しいものを敷きなおしている。今回の騒動の原因はおれにあるので、ある程度の非難を浴びることを覚悟しながら広場を進んだ。

 すると、予想外のことが起こった。職人達はおれに気づくと作業の手を止め、跪き、両手を組んで祈りを捧げたのだ。もちろん、おれに向かって。あまりにも異様だった。なぜだ。理解できない。もはや恐怖しか感じなかった。罵声を浴びせられ石を投げられるほうがまだマシだろう。独裁国家の元首にでもなっちまったような気分だ。


「都の者達は皆感謝しています」


 ルシカが言う。


「今朝の地震がカイ様の御力によるものと知り、誰もがその御力の偉大さを称えています」


「本当?」


「もちろんです」


「頼むからそのことは、カイには絶対に言わないでくれ」


 今はただ、一刻も早くここから離れたかった。その一心でおれは歩き続け、正門前に待機していた馬車を見つけると逃げ込むように乗り込んだ。ルシカも続いて馬車に乗り、おれの正面に座る。


「それで、おれはこれからどこへ行って何をするんだ?」


「眠りの森へ向かい、そこの泉から世界樹の間の水鏡に使う水を調達致します」


 記憶にある限りでは、たしかに昨日の夜にクウが神器の笛を吹くと水鏡の水は吹き上がっていた。


「世界樹の間の水鏡に用いる水は、特別な水でなければなりませんから」


「なるほど。たしかにあそこの泉の水は特別な水っぽいもんな。それで、どうしておれも同行することになったんだ?」


 申し訳ありません、とルシカはか細い声を出した。同時に、馬車が勢いよく走り出す。


「おい。まさかおれがいない間にカイやクウに何かするつもりじゃないだろうな」


「いえ、そのようなことは決してありません!」


 彼女にしては珍しく声を荒げて否定した。それが演技によるものとは思えない。


「……信じられないのは、無理もありませんが。ですが、本当にカイ様やクウ様に何か危害を加えるということはありません。ありえません。本当、なんです」


「わかった。信じるよ。疑って悪かった」


 少なくとも彼女に悪意はないらしい。それに、今ここで彼女を責めても意味はないだろう。

 丘を下り、市街地へ続く大通りに出るころには馬車もゆっくりと走るようになった。ちょうど昼時だからか、大通りは賑やかな活気に満ちていた。食べ物を売る露店がまるで祭りのように並び、食欲をそそる匂いが馬車中にまで漂ってくる。

 その賑やかさをほんのわずかでも分けてほしいと思えるほど、馬車の中の空気は重かった。狭い個室に無言のまま二人きりでいるのは、予想以上につらい。

 気を紛らわせようと、おれはずっと車窓の外を眺めていた。


「いつか、クウにも見せてやりたいな……」


 自然とつぶやいてしまう。きっとクウなら喜んでくれるだろう。

 そういえば、クウはまだ何も食べたことがないはずだ。日の当たる景色だけじゃなく、おいしいものもたくさん食べさせてあげたい。


「申し訳ありませんでした」


 突然、ルシカが謝る。


「どうして謝るんだよ」


「昨夜、御二方をお止めしなかったからです」


「……やっぱり、おれとクウが神霊の間を抜け出したことに最初から気づいてたんだな」


 はい、とルシカはうなずく。やはり大聖殿の連中にはすべてお見通しだったってことか。


「教えてくれ。どうして止めようとしなかったんだ」


「それは、お答えできかねます。申し訳ありません」


「ルシカだって大変な目にあったじゃないか。それとも、今朝のことも全部狙い通りだったのか?」


「お答えできかねます」


「わからないな。君らはおれ達に何を求めてるんだ?」


「申し訳ありません」


 これ以上聞いても無駄らしい。

 ふと、昨日シオンが言った言葉がよみがえる。


 都のやつらを信じるな。特に、ルシカと神官長には気をつけろ。


 やはり彼らは何かを隠している。

 それもおそらくは、おれ達にとってとても不都合なことを。


 眠りの森へ続く橋を越えたところで馬車は止まり、ルシカは手ぶらのまま外へ下りた。


「そのまま行くのか?」


「はい。泉の水は特別な霊術を用いて集めることになっていますので」


 森へ入り、神殿跡のそばにある泉のそばへ行く。ルシカは泉の水面をまっすぐ見つめ、首に下げていた黒い法石を手に取り、独特のリズムをもつ翻訳不能な言語を発した。それは遠い異郷の地に古くから伝わる民謡のような印象を感じさせた。耳がなじんでいくにつれ、それはますます歌のように聞こえてきた。

 やがてルシカは言葉を止め、法石を泉めがけて放り投げた。法石は泉の真上で制止し、泉の水は渦を巻くようにうねりながら法石へ吸い寄せられていく。どういう原理なのかは不明だが、法石は泉の水を吸収するにつれてどんどん膨張し、人一人分はあろうかというほどの体積になった。

 その巨大な黒い正八面体の法石は宙に浮いたままルシカのそばへ移動した。まるで自分の意思を持っているかのような動きだ。


「世界樹の間の水鏡に用いる水は人が触れてはならない神聖な水なのです。ですので、このように霊術を用いて採取しなければなりません」


 おれはそんな神聖な水に全身どっぷりと浸かっていたのか。とんだ罰当たり者だ。


「あとはこいつを馬車に乗せて運ぶだけか。ん? ちょっと待って。こんなでかいのを馬車に積み込んだら、それだけでいっぱいになるんじゃないか?」


 あ、とルシカは調子の外れた声を出す。


「申し訳ありません。神官長の指示に従うことで頭がいっぱいで……、その、この霊術は術者である私がそばにいなければ維持できませんから、私が馬車から離れるわけには……」


 馬車を引っ張っている一角獣は一頭しかいない。つまり、そういうことだろうな。


「ここからおれに歩いて帰れってことだな」


「本当に申し訳ありません」


「どうせこれも神官長の指示なんだろ。ついでにいうと、こういうことをさせる理由も教えちゃくれないんだよな」


「申し訳ありません」


 ルシカはひたすら頭を下げる。それ以外の反応はできないのだろう。


「いいよべつに。結局おれはそっちの思惑に従うしかないんだからさ。それに歩いて帰れない距離じゃないだろうし。ただ、せめて地図だけでも貸してくれないか。ほとんど一本道だったと思うけど、迷わずに帰りたいんだ」


「かしこまりました」


 そう言ってルシカは法服の懐から地図を出した。


「それと、これもぜひ身に着けておいてください」


 ルシカは地図を渡すと、おれの手首に数珠のようなものを巻き付けた。感触からして石らしく、黒い輝きを見せていることから法石の類なのだろう。


「これは?」


「御守りのようなものです。ソウタ様、日が完全に落ちるまでに必ず大聖殿へお戻りください」


「そのつもりだよ。クウが目を覚ますまでには帰りたい」


「もし、日が落ちてもまだ外にいらしたら、その時は必ず明かりの近くにいてください。決して暗闇に近づいてはなりません」


「なにかまずいのか?」


「命の保証はできません」


 ルシカはそう断言した。そのことについてもっと詳しく聞きたかったのだけど、彼女は巨大化した法石とともに早々に去っていった。せめて、森を出るまでは一緒にいてほしかったんだけど。

 まあいいさ。まだ時間に余裕はあるはずだ。

 地図を広げ、ここから大聖殿までの道筋を確認する。なんとか日没までには帰れそうだ。

 ルシカの姿はもう見えなくなっていた。おれは地図を丸め、手首に巻き付けられた法石の数珠を一通り眺めてから森の外を目指して歩いた。



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