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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第一章 『世界に示す絆の姿』
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第一話 『世界の絆』

 神様的な力が働いているからだろうか。おれは地面を歩くように水面を歩くことができた。

 池の真ん中あたりまで歩き、ラトナの前に立つ。すると彼女は小さく息を吐いた。


「転世する前に、警告せなあかんことが三つある。まず第一に、転世してもチート能力を授けることはあらへん。己の身一つでどないなこともどないかせえ」


「マジか。そういうお得なチート能力のサービスはお約束ってもんだろ」


「アホなことぬかすな。なんの苦労も努力もしとらん奴に、なんで神のごとき力を授けたらなあかんねん。そもそも、そういう特殊な力を手に入れて、あんたはそれを正しく活用できるんか。金にしろ権力にしろセックスアピールにしろ、強すぎる力は混沌を生むもとになる。悪魔と三つの願い事みたいなもんや。ああいう話は大抵バッドエンドで終わるやろ」


「まあたしかに。言われてみればそういうものかもな」


「けどまあ、日常生活が送れる程度に言語能力は調整しといたるわ」


「調整とか言うなよ。なんか怖いじゃねえか」


「ほんで第二に、あんたに用意するんは別世界への片道切符みたいなもんや。やっぱもとの世界へもどしてくれて言うても、自分はなんもせえへんで」


「じゃあ、一度転世したら、もうこの世界には帰れないってことになるのか?」


「その覚悟ができんのなら、転世はせんことや。で、第三や。転世の代償として、あんたにはあんたとこの世界を結びつけとる絆を失ってもらう」


「絆?」


「簡単にいうと、この世界で生きとる間に心や魂に深く刻まれた思いのことや。人によってその形は異なるけど、大体は記憶とか技能とか知識とか、そんなとこやな。それを失わんとこの世界との結びつきが強すぎて、別の世界へ転世させられんのや」


「その、絆とやらを失ったら、どうなるんだ?」


「どないもならん。記憶であれ技能であれ知識であれ、それが絆やったちゅうことを認識できんようになるだけや。辛さも悲しさも感じんから、気楽なもんやで」


「いやいやいや、それってなおのこと恐ろしいじゃねえか」


「ほな、やっぱ転世はやめとくか」


「……やめるって言ったら、どうなる?」


「そらあきらめるしかないわな。ただし、自分と出会ってからの記憶は消させてもらうで」


「どうやって?」


「このまま池にどぼん! と落ちて気絶してもらう。目覚めた頃にはすっきり忘れとるやろ」


「もっとやさしい方法はないのかよ!」


「ないことはない。でもやりたない。ここまで手間暇かけたのにやっぱやめるってなったら自分の腹の虫がおさまらんからな」


「ただの憂さ晴らしじゃねえか」


「自分としてはな、あんたに転世してもろたら助かんねん。さっきも言うた通りその世界は転世者を欲しがっとるから、なにかと特別扱いしてもらえるで。この世界では普通の人間でしかないあんたでも、向こうの世界へ行ったら特別な存在になれるんや。悪い話やないやろ、な?」


「その気にさせようとしているな」


「そらな。あんたかてその気があるから、この話にのってきたんやろうしな」


「最初はそのつもりだったんだけどな……」


 別世界への片道切符。

 一度行ってしまったら、もうこの世界には戻れない。

 つまりそれは、この世界で死ぬってことと、同じことじゃないか。


 となると、さすがにためらってしまう。

 勢いにまかせて家を飛び出した直後なら、それでもかまわないと言ったかもしれない。

 しかし落ち着きを取り戻した今となっては、どうしても迷いやためらいが生じてしまう。


 しばらくの間、沈黙が続く。

 その意味を理解したように、ラトナはうすい笑みを浮かべた。


「どうやらあんたは、この世界から出られんみたいやな」


 おれは否定も肯定もできなかった。


「せやけどあんたはこの世界が好きっちゅうわけでもない。この世界から離れるんがこわいだけや。現状に甘んじて抜け出せんだけや。希望や可能性を求めて新しい世界へ挑もうっちゅう覚悟がない。せやからあんたは前へ進めん。それどころか逃げてまうんや」


 古傷をえぐられるような痛みが心臓に走り、鼓動が乱れる。


「いつまでも同じ場所に留まったまま、現状への不満をぐちぐちつのらせながらだらだらと生きていく。そんな人生をこれからも送るんやろな。ほんでまた、この言葉を胸に刻むことになんねん。生まれてこなきゃよかったんだ、てな」


「黙れっ!」


 おれは思わず叫んだ。

 そんなことをしても意味はないとわかっている。

 でも、叫ばずにはいられなかった。

 ラトナが言ったことは、おれが何度となく自問自答したことだからだ。


「ええか。どんな世界であれ、自分の人生を決められるんは、結局は自分だけや」


「わかってる。わかってるさ、そんなことは……」


 おれは自信をなくしていた。

 今まで散々自分を否定され、踏みにじられてきたから。

 誰よりも信頼し、認めてほしいと思っていた人達にさえ。

 この世界には、もう、おれを認めてくれる人はいない。

 認めてほしいと思える人もいない。


 だからもし、この世界以外に、おれを求めている世界があるのなら――。


「行くよ」


 その意思を示すように、おれはラトナの目をまっすぐ見た。


「ほお。ほんまにええんやな。男に二言はないな」


「もちろんだ」


「その覚悟に責任は持てるな。後になって泣き言も恨み言も言わんな」


「なんだよ。今度はそっちがビビりだしたのか?」


「ほう。言うやんけ」


 ラトナは不敵な笑みを浮かべる。


「わかった。あんたを転世させたるわ。目を閉じて、体の力を抜いて、頭の中を空にせえ」


 言われた通り、おれは目を閉じて体の力を抜き雑念を振り払う。

 少しの間をおいて、何かがほほに触れた。

 たぶんそれは、ラトナの手だろう。

 夜の空気に触れて冷たくなった細い指先を感じる。

 ほのかに甘い香りもした。

 それは学校でたまに感じることのある、女の子の匂いによく似ていた。


「忘れたらあかんで、ソウタ」


 暗闇の向こうから、ラトナの声が聞こえる。


「自分の人生を決められるんは自分だけや。自分を信じ、意思を強く持って生きるんや」


 ああ、とうなずいた。

 その時だ。


 どぼん!


 おれは池の中に沈んだ。


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